マルタ共和国 
一人旅  
2012年(平成24年)11月1日~2013年(平成25年)1月29日
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朝食11月3日早朝ランニングで撮影
 2013年4月19日(金)次の旅たちが迫ってきた。「マルタの旅」を完成させよう,次に旅のために毎日英語の勉強をしよう!と思っているのにできない。何かいつも追いかけられている。今日は写真をアップしよう。 
 2013年2月25日(月)あーぁ忙しくて、加筆写真リンクの作業がなかなか進みませんが。やります。次の旅の準備が始まっています。同じ繰り返しでないものにするためマルタの旅は詳細にまとめたい。
2013年2月8日(金)マルタ留学帰国~第62回別府大分マラソン大会~帰宅  
この記録を写真などで補充して完成させていきます。
【日本に帰国して思った事】  
 わずか3ヶ月遠くから日本の国を見て、日本は誇りにすべき物がたくさんあること、多くの国の人たちが日本人に対して大変友好的な事を感じました。しかし日本人が狙われるテロが発生したり、そして世界的に心配な福島原子力発電事故がまだ終結していない。帰国して多くの郵便物やポストに投げ込まれたものを整理しているとこんなパンフレットが配られていた。そして私が参加できなかった総選挙で政権が変わり、まだ原子力再稼働の動きが強まっている。
2月5日午後帰宅   「一つの事」が終わった。
2月4日 ホテルで休息 夕食はやよい軒。助かる!メニューが私好み。
2月3日第62回別府大分毎日マラソン出場 25㎞でタイムアウト
2月2日別府大分毎日マラソン受付
2月1日大分別府
・失敗:飛行機に間に合わなかった、寝坊!あと10分が2時間の眠り。やはり疲れているのだろう。でも必死に駆けつけ2時間遅れの便に換えてくれた。何事もあきらめずにやること!
1月31日大分県別府に行く準備をする。(大分県は初めてなのでワクワク)
2013年1月30日(水)日本11:59   
 着陸直前揺れが大きかった。16:01成田空港に無事着陸。フランクフルトからの飛行データ飛行距離9852㎞時間10時間58分。日本に帰ってきた!重量オーバーの荷物、フラジャイル扱いのギター、コンピューターの入った肩まで食い込む重さのバッグパック、そしてお土産の入った紙袋。ギターのケースが冷え切っていた。
 この長い旅の留守中に家の管理そして自分に関する様々なお世話をしてくれた優しい弟が迎えにきてくれると言うことだった。そして出口で迎える人の中に私のランニング仲間Mさんを見つけたとき、思わず大声を発してしまい、またジーンときた。多くの仲間の応援で自分は頑張れたと改めて感謝の気持ちで日本の地を踏んだ。
日本は寒い。弟とラーメン、餃子、ビールそして風呂で帰国をお祝いした。まだこれから書くことがある。写真を整理してこの記録とリンクさせたり次の旅に向けた準備のためのマルタ留学3ヶ月を振り返る。
今日はひとまず寝よう。
アルバム 2012.11.01スマホマルタ.トルコ
2013年1月29日(火)マルタ11:13日本19:13  
 9時定刻通り、タクシーが迎えにきてくれた、昨日は12時頃眠りに入ったが6時前起床。最後のゴミの処理、何度も見直して準備した。あのドアを閉めてタクシーが動き始めてからの何とも言えない恐怖にも似た不安。幸いにも「あっ忘れた!」もなく、そして渋滞をくぐり抜け、9時30分前に空港着。2時間前にチェックインとあるが便に寄っては早いチェックインもあると空港のチェックイン案内から読んだ。その通りルフトハンザは早々とチェックイン。13:05MALTA発FURANKUFURT経由NARITA着16:15(30日)の飛行機に乗り込むだけとなった。いつものマルタ空港のWIFIが利用できるレストランから時間の許す限りのネットタイム。(11:34ひとまず)
・超過重量28.5-23で160€!それはおかしい:羽田でも重量超過3000円くらいですんだ。1万6000円というのだから高い。これに対して自分で英語で交渉しょうと身を乗り出してアピールできたのも今回英語を勉強して得たものか。。係の人も誠実で私の不満を受けて調べてくれた。でも160€だという。引き下がらなかった日本の羽田でも同じように超過したけれどこんなに高くなかった。と言う内容で身振り手振りでアピール。係員は何か電話をしている、上司と思われる人が出てきてなにやら話している。「ok」と言って0円でいいと言う。「ルフトハンザ素晴らしい!」なんて言いながら「ありがとう。」と頭を下げた。
・肩に食い込む重たい荷物をもってフランクフルト空港でウロウロ:無料WIFIエリアがない。マルタで突然WIFIが使えなくなった。それはバッグから出し入れする時に外部のスイッチが動き受け付けないようになってしまた。それに気がついたのはフランクフルトだった。
・うれしかったお別れランandミーティング:4時LOVEモニュメントを若い と とスタートできた。そして見送りをAKIさん。Vallettaまでの約11㎞のLSDランニング初参加のはハーフも走ったことがあるという。とにかくマルタと日本の違いでランナーとし
・旅仲間KIさんからの励ましメッセージ:
2013年1月28日(月)マルタ14:52日本22:52 
 ヒヤヒヤもの出発は明後日と思い込んでいた。日本着30日が出発まで30日と思い込んだみたいだ。タクシーの迎えを10:30から9:00に変更してもらうためにecの担当者にお願いに言ったところで確認できた。明日が出発。今日は最後の買い物をして即自宅へ、荷造りを始める。昨日30㎞のラストランと思っていたら、若いKoreaのランニング仲間から一緒に走りたいといううれしいはなしがあり本日4時からVallettaまで走ることになった。明日まだ1日あるからゆとりだなと思っていた。どでかい失敗しないようにしよう。成田に着くまでハラハラだ。
2013年1月27日(日)マルタ21:50日本05:51  
  朝から気合いが入っていた。朝食をしっかりとってVallettaまでの往復ラン22㎞を走る計画だ。ランニング用リュックに水など入れて8時前にValley Viewをでる。朝日が輝く気持ちよい朝だ。スタートラインのLOVEモニュメントに向かう。光がまぶしく前方が見えにくかった。こちらに向かって歩いてくる人がいる。近づいて驚いた、クラスメイトのAKさんだった。朝の散歩をしているという。私の話をよく聞いてくれる若者だ。夜昼逆転、たばこ酒と生活が心配な若者を身近に見ているので若い人が朝散歩していることが爽やかに感じる。しかも運動靴も買いそろえたという。うれしい!一緒にLOVEモニュメントまで歩いた。
・22㎞の予定が30㎞:何度この道を走っただろう。挨拶を交わしあうランナーもいた。ただVallettaまでの往復は初めてでワクワクだった。
。一人でも自分の写真
2013年1月26日(土)マルタ22:58日本07:58 
 久しぶりに朝もおそくゆっくり眠れた。気持ちは日本帰国という想いが強くなってきたけれど、残された時間マルタ観光も楽しみたいと、今日はマルタの北部の観光地を回る二階建て観光バスに乗った。二階の見晴らしの良い席にしばらくいたけれど寒くて1階に移る。何故か眠くて美しい景色になれてしまったのかそんなに写真を撮る意欲もない。ぼーっとこのマルタでの生活を振り返る時間になった。まあこう言うことでもいいや。
・月のきれいな夜 久しぶりに走りました
・日本から持ってきた日本食ほぼ食べ尽くす
・タクシー手配完了 
2013年1月25日(金)マルタ23:58日本07:58   
 天気は雨、ec語学スクールの最終授業が無事終了。最後だからといつもよりさらに早く登校。そして授業でも発言する時間も多く自分なりに最後まで頑張れたと満足でした。「リョウが最後」と言うことを知ったクラスメイトの思いも寄らない反応に感動しました。口々に別れを惜しむ言葉を頂きました。メールアドレス、フェイスブックとこれからの交流を臨む人も多く有難かった。特に先生までが自らのアドレスを記してくれたり、フェイスブックでの交流をしたいと言ってきたり生徒として自分が一生懸命やってきたからだと嬉しかった。
トルコの空港でハッとする失敗クレジットカードが出てこなくなった、1泊しかしなかったごしごしタオルをホテルに、ひげそりをIikerの家に忘れた、イタリアでランニングウエアーと「被害」はこれくらいでとどまっています。最後気を引き締めて、成田にそして自宅に無事戻れるように頑張ります。
よろしく!
・ecの仲間達:国は違っても英語を学ぶと言う共通の目的で集まった人たち。普通の旅行でこれだけ多くの国の人と顔をつきあわせて接する機会があるだろうか。名所の建物を見て、ホテルで美味しい食事を食べてグループの人と親しくなる。自分がec語学スクールで留学して英語を学ぶ以上のことを学んだように思う。そして日本に着いて
・禅でご苦労さん:私が三ヶ月、それよりずっと長い1年の留学を終える友人がいた。その方のご苦労様会 科学の話題で盛り上がる
・マルタ在住30年の人とお話 ホームレスがいない
・若い人から頂いたメッセージ 
2013年1月24日(木)マルタ20:15日本04:15   
 無事マルタValley Viewに帰宅できた。しかしタクシーで到着が午前2:53そしてシャワーを浴びて眠ったのが午前4時過ぎ、でも後2日の残された授業は必ず出席すると決めていた。3時間でも眠れればと横になり目覚ましで起きることができた。7時過ぎ、バナナと牛乳、インスタントヌードルで朝食を済まして普通通り30分前に登校できた。これだけでも嬉しかった。同じくらいにきていたクラスメイトのKさんが大変喜んでくれた。そして矢継ぎ早にトルコでの旅行について聞いてくれた。休み時間も多くの仲間が声をかけ握手を求めてきた。特にトルコの仲間は大変嬉しそうに私の話を聞いてくれた。授業も積極的に参加できたけれど午後の授業が終わりスーパーに買い物に行ったときは限界。同じところをぐるぐる回り思考力停止状態。あと1日のところまできた。
・怖い体験:トルコAdnan Mendress空港を飛び立った。無事ミュンヘン空港に着陸。そして次はマルタ航空に乗り換えてイタリア(カタニア)経由マルタのフライト。順調に到着しても12:00近くのはずが3時間近く遅れた。ミュンヘン空港を離陸しようとエンジン音があがる、一番緊張する瞬間だがエンジン音が上がるのにそれほどスピードが出ない。何回か繰り返して機内放送が流れる。パイロットからの説明らしい。落ち着いた声だけれど、早口でなかなか聴き取れない。「エンジン」という言葉は聴き取れた。近くの女性がゆっくり解説してくれた。滑走路が凍りついて十分速度が出ないからそれを改善?するまで待つと言うことらしい。時間が経つに従い温度はもっと下がるのだからもっと厳しい状況になるのではと心配になる。
機内では子供の声もあり和やかな雰囲気だがどうなることかと皆心配は同じ。一端エンジン音がなくなり静かになるがまたエンジン音開始。本当に離陸するつもりか。安全より運行優先で無理するのではと機内は緊張した。パイロット個人の判断だけに任されていたら危険だなぁと思った。速度が出ないで失速墜落の可能性もあるのでは。ゆっくりとした詳しい説明がない。近くのアテンダントに聴いてもあまり状況をつかんでないようだ。意を決したのかエンジン音が次第に大きくなり走り始めた。もう戻れない!機体がふわりと浮上するのを感じた。拍手と指笛が起こるが自分はそんな気持ちになれなかった。いよいよ終わりがきたか。今までになく揺れも激しく疲れてぐったりしているから夢うつつだから良かったのかも知れないが、飛行機はいつ乗っても安心できない。 
2013年1月23日(水) トルコ(イズミル)15:47日本22:48  
 トルコAdnan Mendress空港で書いている。あと30分で搭乗が始まる。Iikerとトルコ式抱擁でお互いの別れの気持ちを表した。
今回の旅行の目的は、一人旅の練習パート3と言うつもりでいたが、全く予想もしないことになった。Iikerとの共同生活に仕事にまで一緒させてもらい、トルコで生きる人と間近に接するチャンスを得た。この経験は大きい。バス、電車に乗って未知の土地を歩く楽しみはなかった。その代わり、Iikerが3日間目一杯使って、イズミルの東へ西へ北へと案内してくれた。海があり畑があり山があるトルコの大地を見ることができた。そして、毎日、外食だったけれども、どの店に行ってもニンジンキャベツカリフラワーの野菜を山盛り盛りつけも同じで出してくれる。どこに行ってもトルコのお茶をきれいな透明の同じかたちのグラスにこれもおしゃれな受け皿にのせて出してくれる。そのためかランニングなしだけれど体調が大変よい。日本でもお茶を出す習慣はあるがここまで徹底していない。
・石炭ストーブ 自分の部屋も夜になると寒くなる。Iikerが私のためにストーブの準備をしてくれる。申し訳なくて、手順も覚え二人の共同作業になった。あの懐かしい石炭ストーブを思い出した。
・今日はIikerは少し緊張している。ジーパン姿から上下のダークスーツに革靴。髪もテカテカしている。イズミルのオフィスで重要なミーティングがあるらしい。
中心街、渋滞でノロノロは同じ。急ぐIikerに追いつくのに小走り。モダンな7階建てのたてものだ。警備員がしっかり受付に座っている。会議室には人が集まっていた。自分も一緒に入るとIikerは言ったけれどもさすがに断った。緊張したビジネスの場には立ち入れない。
・Iikerとの別れ:34歳Iikerは5ヶ月後くらいに結婚するそうだ。それも自分から教えてくれなかった。仕事に同行した訪問したときの話で知った。Izumirのきれいなオフィス街を抜け土産物店も立ち並ぶ道を歩いていると、Iikerが急に土産物売り場に入りネックレス売り場で何か買ったようだった。そうか彼女へのお土産かなと思ったら、「リョウ私のことを覚えていて、娘さんに」とお土産をくれた。何という心遣いだろ。今回突然の訪問はIikerと会うだけで一緒に旅行など迷惑をかけないことを第一に考えた計画だった。しかしホテルに迎えにきてから行動を共にするときの経費を自分に払わせない。これはまずい、早めにきちんと言っておかねばと、自分が使ったものは自分で払う、「イーブンでいこう。」としっかりと向き合って話したけれど「No!no problem」といって受け付けない。どうしよう。
2013年1月22日(火) トルコ(イズミル)22:38日本05:38 
  昨晩は雨の音雷の音で何回か起こされた。海が近いし大丈夫かなと、ちらっと思ったが眠っていた。だから朝の晴れた空そしてエーゲ海は爽やかだった。今日もパン屋さんでパンとゆで卵を買いトルコ茶で朝食。Iikerは朝からチーズで私にも必ず一切れチーズをくれる。チーズ食べるの当たりまえだろといった感じ。パン屋さんは直接火が見える釜で火をおこしそれで作っている。とにかく種類と量が多くそして美味しい。朝からおなじみの犬がウロウロ、社会の一員として認められているようで自由に動き、寝そべっている。今日もIikerと北の方にある代理店に向けて仕事巡りしながらのドライブ。300㎞を越える大ドライブ。帰りも遅くなりいつものネットの使える店での夕食ができなかったので更新できなかった。相変わらず運転しながらの仕事か電話での応対がひっきりなし。時には喧嘩ごしの話し方だったり聞いていておもしろいがトルコ語も難しい。でもIikerから私の挨拶のトルコ語がgoodと言われたので自信を持って話すことにした。
・きれいなオフィス巡り:会社の経営している人との交渉というのも仕事らしい。立派な門構えの会社に招かれる。Iikerが仕事とはいえ私的な友人を連れて仕事をするということもちょっと理解しがたいところもあるが、どこに行っても「ヤポンからきたお客さん」と言うことで歓迎される。社長さんが「私は英語少ししか話せないけれど」と話しかけてくれた。そして庭を案内すると言い、自分が作ったというデザートまで出してくれた。みな恰幅のいいお腹が出ている。
・トルコ茶を出してくれた13歳の少年:農業関係そしてその関係の人たちとお会いする機会が多いので年配の方が多い。だから印象深かった。その子が「What is your name?」と学校で習ったばかりの英語で質問してくれた。どこの国の子供も可愛い。回りの大人達に育てられていると言う感じを受けた。いい顔をしている。
にわかサッカーファンの知識で少年に聞いてみる。バルセロナ知ってる?メッシー知っている?その話をするとにわかにその少年は目を輝かし始めた。
・魚のサンドイッチを売る道路沿いの母娘:昼時だが店のあるようなところではないがIikerが車を止めた。道路沿いにある日本で言う「屋台」に近づきなにやら注文している。その年とった婦人が入れものから魚2匹を取り出し焼き始めた。大きなパンにたくさんの野菜を挟み焼き上がった魚を挟んでできあがり。魚のサンドイッチ。屋台の前に用意された簡易のテーブルで海を見ながら食べた。これが何と見言えない新鮮な味がした。パンと魚をこのように組み合わせてもいいんだ。手伝っている無表情の若いスカーフをした女性に「写真を撮って下さい。」と頼むとニコリとして応じてくれた。印象深い笑顔。帰り同じ道を相当なスピードで走っているとき「リョウ、見ろ、昼食べたところだ」と教えてくれた。真っ暗そこだけ明るくまだあの二人が働いていた。「母と娘」だという。一瞬で通り過ぎたが何故か気になった。
・夕食はトルコのチキン料理:
2013年1月21日(月) トルコ(イズミル)18:44日本01:44 
  今週が語学学校は自分は最終の週になる。Iikerとの会話が英語の勉強ぐらいで何もしていないが木金の授業が楽しみだ。Iikerとの旅行は多くのトルコの人と会えておもしろい。普通のツアーでは絶対に入り込めないところにいくことができる。月曜日Iikerも仕事で私のために休暇を取ると言うことをしない。だからこちらも気が楽だ。彼の仕事は農業をサポートする仕事。畑で作る作物などに関する仕事らしい。大学で農業を学びそれを生かした仕事。オフィスにじっとしているより、遠く広がる畑、牧場などを巡り多くの人と話すのが自分の仕事だという。車も携帯に電話が入ると運転しながら会話ができるシステムを装備し運転しながらひっきりなしにかかる電話で話し自分からもかけている。 今日は仕事での訪問地点にも同行した。車の走行距離280㎞。
・3つのトルコ語:「ありがとう御座います。」ご親切に感謝します。」「いろいろお世話になりました。」を覚えよう。
・握手と抱擁:20人くらいの人と握手できた。その中でIikerが握手だけの人、男同士ほおずりする人と違う対応が目についた。これも習慣なのだろうが、顔を清潔にしておくことはマナーの一つかも知れない。私みたいに顔が脂ぎっているのはどうすればいいのだろう。
・ギリシアが見える海岸:Iikerが巧みなハンドルさばきをしながら、指を指
す、「あれがギリシアだ。ギリシアはトルコと同じだ。」夕日がまぶしい。エーゲ海(Aegean Sea)の海の色と自然が織りなす芸術を見ながらのドライブ。
2013年1月20日(日) トルコ(イズミル)18:56日本01:56 
 朝8時近くに起きた。30分でもランニングと思い外に出た10mたらずのところにエーゲ海。海岸にこんな近くに門を構えて大丈夫なのかと思える程近い。でも海水は透き通り湖水のさざ波程度に波立ち静か。夢みたいな場所に自分は立っている。絵を描ける人は一日中座ってでも飽きないだろうなぁ。ユックリよりさらにユックリ走る。時々海に近づきのぞき込むきれいだ!Urlaの街は小さなアンティークな雰囲気漂う漁村。でも小綺麗で生活の近くの海水もきれい。夏場は人が集まるという。
・食事:9時Breakfastを近くのレストランでとった。昨日の夕食も同じ、Iikerの顔なじみで多くの人が声をかけてくるそのたびにIikerが「日本からきた友人」として紹介してくれる。そのたびに「日本から来ました、Nice to meet you!」としっかりと握手。もう「りょう」と覚えてくれた人もいた。夕食が野菜が豊富そして魚料理、日本の天ぷらと同じ揚げ物とマルタよりずっとと日本的な料理に驚いた。これなら大丈夫。そしてここでWIFIが使えた。失礼だけれどこんなトルコの中心から離れた街でもインターネット環境が整っている。
・放し飼いの大きめな犬が多い:ゆっくり走っていると犬がこちらを向き近寄ってくる。首輪のついた犬もいるけれどいないのもいて放し飼い。大きめの犬で脅威を感じる。でも近づいた犬は体を寄せてなぜてあげると気持ちよさそうにする。犬とも顔なじみになれば安心して走れるようになると思った。
・初めてトルコ語で挨拶:Iikerの友人に紹介される。いろんな雰囲気と立派なお顔、眼光鋭い目もある。そして英語を話さない人たちとの交流のきっかけは何だろう。こちらが少し努力しなければならない。電子辞書のトルコ語を思い出した、それを取り出し「ありがとう御座います」「Cok Tesekkur ederim チョク テシェッキュレデリム」を最後に口に出してみた。そうしたら堅い表情の人がとたんに笑顔を見せてくtれた。
・長距離ドライブ、高速道路:
・生活の違い:お湯が出ない、鍵が閉められない、トイレ流れない
2013年1月19日(土) トルコ(イズミル)18:28日本01:28  
 天気が悪い。ホテルは空いている。感じが良くて気持ちよい。
このホテルから5時間くらいかかるところにIikerは仕事で来ているという。今日12時頃に直接ホテルにきてくれるということだった。。朝のランニングも考えたけれど激しい雨と寒さで止めることにした。朝食を終えウトウトしているとフロントから電話が入るロビーにIikerが到着したと言う。 久しぶりの再会、ジーパン姿のIikerが待っていた。再会を喜びIikerの車に乗り込むKorea製の新車で感じ良し。私は貴重品だけを持った軽装。Iikerが荷物全部もってこなかったのか。と言う。今日はホテルに戻らないIikerのうちに泊まってと。もうそのつもりでいるという。再度荷造りし直して車へ。日本とは違う車は右車線で、安心して助手席に乗っていることができた。案内しながらのドライブ。マルタと同じように車が多いが穏やかだ。自分のファミリーが住む街にも立ち寄り意外にも床屋さんにに寄った。友人らしい。こざっぱりした清潔感がある床屋さんだ、他のお客さんのを見ていると日本とは違うがテクニックを感じ、そして丁寧。Vallettaでやってもらったばかりだけれど、またやってもらうことにした。
・床屋さんで昼食:丁寧に頭まで洗い、肌にまで何か塗ってくれた、実に気持ちよい仕上がりで満足。次はIiker。途中で顔に緑色の泥のようなものを塗っている、可笑しくて
・Iikerの自宅:エーゲ海(Aegean Sea)が目の前。部屋が余っているから泊まれるとIikerが言ってたとおり一人で住んでいるのに大きい。
・エーゲ海:
2013年1月18日(金) トルコ(イズミル)20:57日本03:57 
 トルコizmir(イズミル)BLANKAホテルからのアクセスです。飛行機が着陸し親切に荷物を下ろしてくれた人がその重さに気がつかないでガッツンとシートの縁にぶつけてしまいました。このコンピュータが正常に作動するか心配でしたがインターネットにもつながりサクサクと動くのでホットしました。もっと小さくて軽いコンピュータの必要性を感じました。
イズミル何か清らかな響きを感じます。そのイメージをさらに豊かにさせてくれるようなハプニングが待っていた。
 朝5時前に起床。朝食もしっかり食べて何とか6時10分発の空港行きのバスに間に合いました。無事にチェックイン、パスポートだけでOK。そして搭乗の開始のとき外は強風、雨、こんな状態で飛べるのかと少し不安になる。でも離陸直前日差しが指すほどの天気に変化。風は強いしかし力強く離陸した。技術と操縦でちょっとやそっとでは決行しない飛行機への信頼が強くなる。初めてのドイツミュンヘンに無事着陸。空港は雪で覆われていた。スリップもせずに滑らかに着陸。これも不思議だ。こんな悪条件でも安全な運行が実現している。今年初めての雪、そして初めての日本の冬らしい寒さを感じた。トルコizumir行きの飛行機に乗り換えなければならない。あまり時間がない、トイレにも行きたい、トルコはまだユーロ圏でないので出国手続きが必要なはずだと少し焦った。でも何とか搭乗に間に合った。ドイツのルフトハンザ航空の飛行機が目立つ。トルコに向かう乗客はやはりトルコの顔をした人が多い。目鼻だちがクッキリ目が黒く、立派な眉、そして男性は立派な髭がよく似合う。そして手入れが行き届き清潔感さえ感じられる。アジア人は私だけだった。トイレに行くため飛行機内全体を見渡すとやはり皆トルコの顔をしている。
 私の席は非常口、アテンダントの座席がありそこだけ二人シート。しかも景色が見えない。電子辞書などを丁寧に見ながら時間を過ごす。隣の男性も寡黙で静か。食事が運ばれてきて機内が少し和んだ雰囲気になり私も隣の男性に話しかけた。「Where are you from?」この質問から思わぬ展開になった。ドイツに仕事のため出張、仕事の帰り、アルミ枠の窓を作る会社、息子が16歳、と話が盛り上がり、私がトルコの友人に会うために来たこと、何故その友人と知り合ったのか、の話をすることができた。私より少し英語力があるけれど何度も繰り返し確かめ合いながら理解を深めていくことができた。そして私がIikerからもらった名刺を見せると、何とそこまで案内してくれると言うのだ。ホテルも自分の会社のそばだという。50歳は過ぎているだろう、でも大きな優しい目が人柄を感じた。トルコと日本の歴史的なつながりを少し勉強してきた。知らなかったけれども深い友好の歴史がある。それをオズガン(この男性の名前)は知っているのかも知れない。気楽に自力でホテル、そして自力でIikerに会うつもりで来たけれど、オズガンの親切が有難くその好意に身をゆだねることにした。
・青ざめる大失敗:オズガンが私に着いてきなさいと荷物を引き取る場所までいく。なかなかオズガンの荷物が出てこない。そのとき「ああそうだ,トルコの通貨はLiraだ。」と思いだし、この間に現金Liraにしておこうと動いた。ATMを見つけてカードを入れた。これもマルタ空港で練習済み。使えるカードと使えないカードがあること。2枚のカードをもっている。いつも買い物に使うカードをいれる。日本のATMと違って入れて吸い込まれるまでがゆっくり。あれ!このカード使えないのメッセージ、あっそうだ、このカードはマルタでもそうだった、と使えないと出てくるカードを待っていたらゆっくり出てきてこちらが取ろうとしたらまた吸い込まれた。「何これ!」カードが出てこない。焦った。オズガンが荷物を持ってきた。「どうしたの?」慌てふためく私に「No problem。」と言ってATMにある電話番号に電話をし始めた。あとからきたお客さんもオズガンの話を聞いて心配してくれてしばらくその場にいてくれた。結局カードは取り出せなく、日本に帰り再発行してもらうしかないことをオズガンが伝えてくれた。こんな面倒くさい交渉を粘り強くやってくれたオズマンに申しわけないと思った。確かそのようなATMもあるから注意して下さいと書かれたのを見たことがある。
・オズガンを迎えにきた車がきた。Izumirは大きな町。ここからバスor電車を使ってホテルまでは苦戦しそうだと思った。有難い!。運転手は寡黙だけれどオズマンとアンウンの関係らしい。そしてオズマンは「Iikerに連絡取ってあげようかと断ってきた」
「お願いします。」私が見せたIikerの名刺にある会社に電話した、そして電話に出たのがIikerだった!電話をかわり受話器から聞こえるIikerの驚き喜びの声に接して何とも言えなくなってしまった。
雨風が強まり雷まで鳴り始めた。オズマンはizumirの街並みを案内してくれた。私がランナーだと話していたから、この辺を走るといいよとか言ってくれた。日本とは逆の車は右だけれど、マルタと比べ車が穏やかに走っている。車もきれい。街並みが美しい。信号も要所要所にある。土砂降りの中ホテルに着いた。オズマンはホテルのロビーまできてくれた。名刺をくれて、私も手書きの連絡場所を渡し、別れた。個人的なオズマンの親切はトルコ全体への親近感を自分の中に印象づけた。
2013年1月17日(木) マルタ19:40日本03:12  
 3時間目の授業が終わりバス停へ急ぐ。でも迷っていた。VallettaのCathedraでコンサートがあることを知り是非いきたいと急いだのだけれど、明日から5泊でトルコ旅行を計画していた。夕食も作らなければならないしコンサートに参加すれば帰りも遅くなり、かなり慌ただしくなる。バスが来ていれば迷うことなく飛び乗ったけれど、来ない!迷った、よしトルコ旅行の準備をしっかりやろう。と歩き出したらバスが近づいて来た。でももう戻らなかった。
 明日の授業そして来週の授業3日も欠席しての旅行は自分にとって必要だと判断した。シチリア、そしてローマの旅行で得た経験をもう一度確かめるための旅行だ。今回のマルタ旅行の大きな目的は世界中を一人旅できるような方法とそのために必要な語学の勉強をすることだった。語学は見違えるほどになったとは思えない。ほとんど変わっていないと思うけれど、どんな学習をすれば良いかの手がかりは掴めたような気がする。マルタから簡単にいくことのできる国はヨーロッパ、北アフリカ、中東とたくさんあるが、自分は迷うことなくトルコに行くことにした。このマルタ滞在で初めて知り合った友人トルコのIikerの顔が浮かんだ。お互いに英語はできないけれど一生懸命勉強した日々は忘れない。大きな声でIikerが音読している横で食事をしていたり言葉は通じないけれど通じ合うものを感じていた。「りょう!Are are you ready?」とギターでの歌を聴いてくれた。Iikerから別れる時に書いてくれた住所を頼りにピンポットで他の国の一つの家を訪問する旅にしたい。バリバリ働き盛りのIikerに事前に知らせるといろいろ気を遣わせてご迷惑をかけてしまう。サプライズの訪問にしたい。明日ミュンヘン経由でトルコへいきます。
2013年1月16日(水) マルタ20:27日本04:28 
 朝激しい雨。8時過ぎのアパートを出る頃は傘はいらなかった。でも道は水が流れている。広い道はいいが狭い道は川のようになり足下がぬれて不愉快。今日はもう一つのルートで登校した。マルタは自然災害の経験がない国なのではと感じている。地震もない天気も今の時期が不安定のようだけれども、長時間降り続くこともない。もし日本のような集中豪雨があったらきっと大きな被害があるだろう。道路がほんの一時川のようになっても車が水たまりをはね飛ばし風が吹きいつの間にか道路は元に戻っている。でももう少し道路をきれいに下水も完備したら住みやすくなるだろうなぁ。今日もValletta通い。昨日は騎士団長の宮殿(The Grandmaster’s Palace)に続いて国立考古学博物館(National Museum of Archeology)を訪問した。電子辞書を片手に専門用語混じりの解説を勉強のつもりで読んだ。でも一部だけ。集中力は限界。ただマルタ、シチリア、ローマの建物を見て、今みたいにボタン一つで動かせる重機もない時代にどうしてあのような巨大なそして芸術的な建物ができたのか。その疑問に一部答えるような記述の展示に時間をかけて見た。人類の歴史はここマルタでもしっかり刻まれている。
・若い人でやはりこちらの食事ではどうもやっていけないと、マルタに来て早々、日本食レストランに行ったと話してくれた。自分はできるだけ自炊。日本食レストランは最後の「頼みの綱」の覚悟で現地での食事になじもうと努力してきた。でもメニューはほとんど固定して、他のメニューを考えるゆとりなし。
主食:パン(食パン、ロールパン等)にバター、日本的チーズ、ピーナツクリーム、蜂蜜 バナナ サラダ(大皿に山盛り):レタス、キャベツトマト、キュウリ、タマネギ、コーン、ニンジン、にマヨネーズ スープは市販のコンソメ二にたスープと時々日本からもってきたインスタント味噌汁。サラダに缶詰の魚をのせてタンパク質を補給。こちらのソーセージは大きくて食べる気がしない。日本で売っているものとにたハム(塩がきいている)そして卵を目玉、卵焼き、ハムと混ぜてスクランブル、ゆで卵、スープに卵こんなに少ないメニューを日替わりでそして飽きてきたら、外食。でも外食では何かしっくりいかない。日本でもそうだけれど特にこちらの外食を続けたら体がおかしくなるだろう。とにかく野菜が豊富なのが救い。今回体調をほとんど崩さずに過ごせたのも野菜を日本にいるときよりも多くとりように心がけてきたからだ。そして最後の頼み日本食が現地に妥協せず日本の味を提供してくれる!有難い。そして毎日缶ビールと最近ワインも少し。
2013年1月15日(火) マルタ19:16日本03:16 
  今夜Valley Viewは賑やかだ。今週から私の部屋以外は皆満杯。トルコ4名ブラジル1名ウクライナ1名。そして夕食にブラジル3名Korea2名日本人1名が来ている。それでも自分の場所は確保している。ここが一番Wi-Fiの電波が強く部屋に引っ込むわけにはいかないのだ。新人のブラジル人は18歳、歴史、哲学を勉強したいと言う。髭ずらでたばこ、酒もOK。(ブラジルでは18歳から成人という。)とにかく若者とどんな距離を保ちながら交流していくかが最初なかなかわからなかった。場違いのところに迷い込んできたような戸惑いと孤独感を感じたものだった。でもそれなりに時間が解決してくれたのだろう。
・食後の片付け:食事が済んだ。女性達が後片付けをしている。食べてさよならでなく当たり前だけれど台所をきれいにしてくれている。嬉しいことだ。
・昼食場所:午後の授業があるので昼食をとらなければならない。バナナ、パン、リンゴ、ゆで卵がだいたいのメニュー。そして食べる場所は静かに一人になれる場所を確保している。昼休み、戸外はインターナショナルな若者の大交流の場になる。最初はそこに行かなければ取り残されたような思いになったけれどあまり意味ないことと悟り自分の場所を確保した。
・話しかけてくれた若者達:昼食していると話しかけてくれたKoreaの若い(わざわざ若いと言わなくても私以外皆若い)男性がいた。最初は英語だったけれど途中から「私は日本語を学んでいます。」と流ちょうな日本語で話し始めた。「あなたとはいつかお話ししたいと思っていました。」と丁寧な言葉遣いで話してくれた。自分みたいな年でここにいることに驚きを感じていると言うことでした。今週から始まった日本人の女性が「あなたが噂の人ですか。」と話しかけてくれた。バレッタ行きのバスに飛び乗ると、落ち着いた日本人カップルと一緒になった。そして帰国までにお話する時間をとってほしいとその場でミーティングの時間と場所が決まった。本当にうれしいことだ。自分のために頑張ってきたことをそれなりに若者達が見ていてくれた。長い時間生きている者は若者のために何か力になりたい。
・Vallettaは今日も気持ちよかった。
・天気の急変:道路が水で一杯でも
・最後のテスト:やはりリスニングができない。翌日Teacherがテストの解説。一部の問題で「ここの問題でパーフェクトの人が一人、Ryo」と言われたが他の問題がダメみたい。でもどうすればもう少し良くなるかわかっているから頑張る!
2013年1月14日(月) マルタ20:39日本04:39 
 2週目が始まりました。帰国がドンドン迫ってくるようでマルタ滞在の最後をどのように締めくくるか考えました。友人からのメールに走るのはさておき旅行をと言うアドバイス。今週は語学学校が終わったらランニングの時間をバレッタ通いをしようと実行しました。学校近くのバ停留所から飛び乗り1日1ヶ所の観光。今日はThe Museum of Warを訪問。こんな地図上では点のようなマルタも第2次世界大戦での犠牲の上に今がある映像と遺品を目の当たりにしてしばし佇みました。その中で日本の天皇その頃の首相の名前など戦争の経緯などが解説されていました。
・床屋さん:帰り道脇道を入り、洗濯物が干されて、生活のにおい漂う脇道に入っていくと何と床屋さんがあった。ちょうど一人のお客さん終了。迷うことなく入りました。日本の昔の床屋さんといった感じ。座ると大きな布をさっと首に巻き、始まったかと思ったら5分で終了。ザクザクと着られた感じだけれど3種類のバリカンを使っていた。なかなかの技術だ。友達としゃべりながらちょっと手荒だけど4€(約400円)時間もかからスッキリできた。Vallettaカットで帰国できる。
・3時間目新しいクラス 
2013年1月13日(日) マルタ19:59日本03:59 
 勤めているときもそうだった。日曜日の夜は「重い」。1週間の心準備と手立てをしなければならない。土日は朝ランニングと思ったけれど起きることができなかった。気持ちよい天気で午後はランニングではなくどこかに行こうと2階建て観光バスに乗ってみた。前から一度は乗ってみたいと思っていた。ガラガラで気分爽快。でも2階建てでもバスは「頼もしく」びゅんびゅん飛ばす。ピアスを2つ付けた運転手。皆運転がうまい。でこぼこ道も何のその。水たまりも思い切りはね飛ばし走る。停留所でないところで止めておろしてくれた。対応が優しい。いつも行くアルカディアの前近くに止めてくれた。今日は1週間分。リュックも用意して買い物、重たい缶詰、牛乳、ビール、リンゴ、トマト等々。両手に一杯の荷物。やっと「我家」へ。新しいルームメイトが入居。ブラジル人18歳。ラスト2週目、気を引き締めて頑張ろう。
・蚊がまだいる:この1週間、睡眠妨害される。液体蚊取りはもう空っぽ。
・床屋がない:不快なことの一つ。日本は至る所に床屋さん。
・交通事情:不思議なことの一つ。信号がほとんどない、荒っぽい運転、やたらとクラクションが鳴る、横断歩道も少ない。でも横断歩道でないところを渡ろうとすると優しく止まってくれる車が多い。危なっかしいところをランニングしていても何故か大丈夫のような気がする。マルタでの交通事故の事情を知りたい。
・ウクライナのigor:若者が頻繁に使っているテレビ電話で大声で話す。家族との連絡に使っているようだ。例のスカイプというツールだ。インストールして使える状態になっているけれどまだ使ったことがない。若者達はドンドン新しいツールを使いこなして楽しんでいる。Igorはパーティーにも加わらずちょっと他の若者と違う。でも私によく話してくれる。私の歌をじっと聴いてくれた。
2013年1月12日(土) マルタ19:59日本03:59 
 オリオン座が見えている。Valley Viewのテラスは広い。そこから180度見渡せる景色は何と言ったらいいのだろう。そこに立つとマルタの人たちの生活の息づかいが感じられる。高速道路ではない幹線を車がひっきりなしに通り過ぎていく。遠く谷沿いの道を路線バスが走っている。すぐ下を見ると住民の人がゆっくり歩いている。昨日の賑やかさの後、若者達は静かになっている。朝まで続いたパーティーで疲れたのでしょう。静かな夜。少しは自分も楽しまなくてはとギターをもってテラスに出た。日本では考えられない暖かさ。外でギターが弾ける。夜の静かさに合わせて音を出す。長方形のテラスは舞台のようだ、星空に向かって静かに歌う、少しずつ大きくなって来たのか、近くの家の飼い犬が「ワンワンワン」。「いいぞ!」と言っているのか「止めろ!」と言っているのか? 止めました。
・布団が落ちる:天気がよく日差しが気持ちよい。早速布団を干す、そして朝食の準備をしているとチラッとテラスを見ると布団がない。マルタの天気の特徴は風にある。ちょっと前まで穏やかと思っているといきなり風が吹き始める。それを取りに行くのに300mくらい大まわりしなければとれない。この家の造りを知ることができた。
・マレーシア(スペイン国籍)?:ルームメイトSantiは立派な大人。大人に向かって失礼だけれど童顔で笑い顔がかわいい。私はマレーシア出身と言うことで日本にも近いしでも、マレーシアはスペイン語だったかなぁ、と調べて見なくてはと思いつつそのまま。なかなか聴き取りにくいスペイン風英語だけれど感じが良くよく話しかけてくれる。ところであなたの住んでいる場所どこだいとグーグルマップを出して聞くと喜んで教えてくれた。ここです「Valenciaバレンシア」。「ああそうかぁ」バレンシアをマレーシア」と聞き違えていたのだ。納得!Santiはスペインのバレンシア出身。マレーシアとは全然関係がなかった。 
2013年1月11日(金) マルタ21:39日本05:39 
 あーあ、やっと新年第1週が終了。午後の授業、先生が課題を話したことが、なかなか聴き取れず最初何をやって良いのかわからず、隣の仲間に聞いたり先生に質問したり、今日は何も話さないで終わるかなと思ったら、少しわかってきて話すチャンス得ることができた。と言うことでこの時間が終わったときはホッとしました。
 帰宅してランニング用リュックに着替えを詰め込み、Vallettaにゆっくりラン。1度はやってみたかった。観光客がなかなか足を伸ばせないスリーシティーが見渡せる突端までの観光ラン11㎞(計82㎞)。着替えは人目の着かない場所で素早くして、しばらく散歩して夕食もVallettaのレストランでとった。広くて感じの良いお店にお客は私一人。夜のVallettaもなかなか良いものだ。もう慣れたバスで迷うことなく帰宅すると賑やかな声が響いてきた。女性の声も聞こえる。まあ帰ってきたことを知らせることと若者達のパーティーを盛り上げるために、ギターを弾きながら賑やかなリビングへ。みんなが大喜びで、カメラを一斉にこちらに向ける。1曲弾いてさっと引き上げる。相当疲れている。早く眠たい。
2013年1月10日(木) マルタ19:12日本03:12 
 今日はいつもは350ml缶ビール1本でokだけれど気分がよくて2本飲んだ。トルコ2名マレーシア(スペイン国籍)ウクライナの若者と気持ちよく生活できるリズムができたことだ。昨日はトルコの美男子の若者がブラジルの女性をアパートに連れてきた。食事も一緒にしてその横で自分は「仕事」して時々話に加わった。しかし食べた後はまた重ねたまま「また始まったかな、あーあ」とため息。朝起きるとそのまま。少々なら自分が洗ってしまうつもりだったが大量。買い物をして帰宅すると台所がきれいになっていた。「あーあ良かった。」少しずつだけど自分のペースができてきたのがうれしい。それにしても彼は昨年末はスイスの女性と熱々、そして今度はブラジルの女性。学校でも会うと横に彼女人目はばからず熱々。「あーあ青春している場合ではないのでは。」とつぶやいてしまう。若者の集まり当然交流も活発。きっと楽しいことがたくさんあり、フェイスブックでの情報でパーティーなども頻繁に行われているようだ。朝起きれなくて遅効、そして欠席とリズムを崩し体調を崩して登校できなくなってしまう。目的意識がハッキリしていないと何も得られず帰国ということがあるのではと心配だ。
・職業についてが話題になった授業:自分がなりたくない職業として、TEACHERといったクラスメイトがいて皆が頷いている。。「大変な仕事だ。」これから職業に就く準備をしている人たちとはここが自分が違うと、このときばかりは英語がスラスラ出てきた「私は34年間中学の理科の教師で理科を教えてきました。理科だけでなく子供達がトラブルを抱えたとき彼らと話し合い解決してきた。今も多くの教え子達と交流しているよ。大変だけど喜びもたくさんだ。」と大きな声で発言。「Sory!あなたは教師だったね。発言取り消します。」どっと笑いが起きた。自分のいる立場が他の人とは違うことを自覚させられた場面でした。
・ロシア人のコスタが私のこれからのやりたいこと(夢)について聞いてきた。
アフリカ:ジンバブエの小学校でギターを弾きながら子供達の前で歌っているYou Tubeにアップしている動画を見てもらった。大変興味を示してくれた。
・本日のランニング10㎞(計71㎞)
2013年1月9日(水) マルタ19:26日本03:27 
 新年第1週目3日目。なかなかハードな日課だけれど何とかリズムができてきた。授業がおもしろく何とかついて行くことができているのがうれしい。特に隣のロシア人のコスタは長い逗留で顔が広くおもしろくムードメーカーで率直。大きな英英辞書をしょっちゅう引きながら私に見せてくれる。私の電子辞書には英英辞典がないけれど時々出して調べると、「Japaneseは違うよ。」明るく笑い飛ばしてくれる。何か便利だから使っているけれど、厚い辞書を持ち歩いているコスタの姿勢に感心する。私に一番近い年齢。「ソ連時代」についてもいろいろ知っているようで、興味深い。
・新しい生徒:Koreanと日本の女性、二人とも真剣に学ぼうとする姿勢を感じる。
・本日のランニング18㎞(計61㎞)新しいコース。途中でどうしてこんなところで会うのといった場所でコロンビアのサンドラとすれ違う。「ハイ!サンドラ」びっくりして「リョウ!」彼氏?と歩いていた。いいコースだと予定以上の距離を稼げる。 
2013年1月8日(火) マルタ19:50日本03:50 
 しっかり食べる、ランニング、勉強(宿題)をする。この3つを実行するために今日も頑張った。大きなスーパーに寄っての買い物は止めて途中にある小さなお店で必要なものを調達。外食はどうにもならなくなったら使う。時間通りランニングができるかどうかがポイントだ。14㎞(計43㎞)
・今日はマレーシアからの新しい入居者、顔がまた違う。自分の顔も含め一人一人の顔が「芸術品」のようだ。
・30分の休み時間必ずコーヒーを飲む。顔なじみになった売店のおばさんが何も言わなくても用意してくれる。50¢。
・午後の授業はまたおもしろかった。音楽に関する話題で自分の知らない外国の曲を聴いてその意味を語り合うという。ここに来て初めて外国の曲の歌詞の意味を理解しようと試み始めた。言葉がわからなくてもいい曲はどの国の人が聴いても快い。ビートルズの曲は年代を超えて「いい曲」だ。でもその意味その背景を知ると心を込めて歌えるようになるのではと思う。明日から音楽に興味がある人が集まるクラスが編成されると言うことで自分も参加を希望した。思いも寄らないタイミングで音楽を通じての交流、外国の歌を英語の勉強と結びつけるチャンスがきた。益々英語勉強のモチベーションが高まりそうだ。
・日本人の若い二人が「授業妨害」:何度先生が日本語を話してはダメというのにそれを無視して話す。スマホを使いながら勉強と違う話で夢中。先生が何とかしようと日本語で何と言えばよいですかと私に聞く。私もそろそろ言わねばと思っていたから「黙れ!」です。という。その後もまだ続ける。他の国の仲間は真剣に学ぼうとしている。私はたまりかねて「...君、雰囲気を壊しているよ。」と言ってあげた。注意すると言うことは本当にストレス。先生が優しく言ってくれているのに気がつかない。
情けない日本の若者が目につく。
2013年1月7日(月) マルタ19:17日本03:17   
 今日は朝から気合いを入れてスタートした。深夜電話が入り驚いた、「おめでとう」のご挨拶だった。私がマルタにいることを知らなかった友人からだった。朝食を早めに済まして少し英語の勉強をして心準備。初めて午後の授業も受けることにしたから9時から3時まで拘束される。この時間を楽しく有意義に過ごすには積極的に行かないと何となく流されてしまう。特に午後はフリートーキングが主でここで何も話せなかったり話について行けなかったら苦痛の時間になってしまう。とにかく聴き取れなかったらどうしようと言う不安がある。
 30分前に登校、仲間と新年のご挨拶と再会の喜びで明るい雰囲気。でも時間には全員そろわない平気で遅刻してくる。その中に日本人女性が必ずいる。恥ずかしげもなくガムをかみかみ入ってくる。「何かあなたちょっと違うんではないの。」と叱りたくなる。午前の授業はいつものメンバーに新しい日本人とKoreanの女性もそれに滞在の長い慣れた感じのロシア人。賑やかに授業が進められた。お互いの英語力もわかり、先生も理解してくれているので有難い。わかりやすい英語で話してくれる。
 昼食はおにぎり、パンなど準備してきた、コーヒーだけを買って食べる。
いよいよ午後の授業。ドイツ人フランス人korean日本人の国籍の人と初めまして。間違ってもいいから自分から声を出すようにした。先生がフォローしてくれる。それに一人だけドンドン話す人もいなくて私もついて行けた。授業もおもしろい。二人のペアーで自分たちと違う国の大事な行事を調べそのとき歌われる歌を調べ発表するという課題。私はkoreanの仲間と組み「フランス」について調べた。ネットの使える教室に移動。フランスではBastilleバスチーユの牢獄襲撃をきっかけに始まったフランス革命の日が最大の行事と言うことを知る。日本のことを調べたフランスとkoreanのペアーもたどたどしい日本語で「正月」「ひな祭り」など発表してくれた。
 時間もあっという間にたち、楽しく英語でいろいろなことが学べる。英語を学ぶモチベーションが高まる内容だ。ひとまず自分もついて行けたと言うことがうれしかった。今まではすぐ午前の授業が終わると下校して昼食、買い物、ランニング、夕食準備、宿題と続いた。しかし午後迄の授業を受け3時終了だから、その後よっぽど要領よくやらないと予定通り行かない。急いで帰宅そしてすぐランニングウエアーに着替え10㎞以上ラン。シャワー、夕食、日記の記述と続けた。何とか新しい生活のリズムができそうだ。とにかくランニング・宿題優先でいこう!本日のランニング12㎞迷路のような道のつながりを「解明」するような飽きないコースだ。
・ささやかな楽しみ発見:お風呂のない生活が2ヶ月以上。シャワーのお湯は十分出るからしっかりと洗える。でもあの日本の風呂のくつろぎは得られない。しかし今日はシャワー室で座り洗った。座ってお湯をかけると風呂の洗い場の感じ。なんかホッとした。 
2013年1月6日(日) マルタ20:58日本04:58   
 雲一つない快晴。Valley View Apartmentの名のごとく、広いテラスに出ると谷の底からずーっと上まで見渡すことができる。午前中は明日の授業に備え少し遠ざかっていた英語の勉強。毎日15分でもやるのが効果的なのはわかっているけれどできなかった。午後は大きな洗濯物、天気がよいから乾きもいい。それに太陽の日差しが有難くかけ布団を干した。回りを見ても布団を干すのは見かけない。自分部屋は日当たりが悪いので、とにかく干せるものは干した。
・ウクライナの青年イゴール:目が青く優しい顔。21歳だという。私の部屋をちらっとのぞいてギターに気がつき興味を示した。「何か楽器やるのか」と聞いたらアコーディオンをやるという。私も一時期アコーディオンをやっていたからその話ができた。「買い物行くけれど、何か買うものないですか。」と聞いてきた。今までそんなこと聞いてきた人いない。もちろん独身だよねと言うと「独身だ」と言う。ウクライナでは18歳で結婚する人が多いと言う。
・久しぶりのランニング:谷を降りるそして上るコースを走ってみた。変化があっておもしろい。11㎞。このランニングがいろんな意味で今の自分の支えの一つだ。明日から本格練習再開する。 
2013年1月5日(土) マルタ21:28日本05:28   
 今日はウクライナの新人と交流が始まった。「ウクライナの首都はキエフか。」あなたの名前はから始まる自己紹介にネット開きながら「あなたの住んでいるところどこかな」の質問を入れるとグッと距離が縮まる。「日本はここだよ。緯度が少し違うね。」今まで関係のないと思っていた国がその国の人と交流が始まると俄然身近に感じてくる。この留学で多くのことを学んでいるが、トルコ、リビア、ブラジル、スエーデン、イタリア、スイス、スペイン、ウクライナと国の名前と友人の顔がつながり、浮かんでくることがうれしい。もっと交流を深めるためもっとその国のことを知らなければならない。そして日本のことも伝えるため勉強しなければならないと思う。時間がたりない! 
・後片付けok:トルコとウクライナの青年はすぐ仲良くなり早速二人で買い物そして作って食べた。そして食べた後すぐに洗い片付けができた。テーブルも拭いてほしいところだがよしとしよう。流れる音楽もまた違ってきた。ゲーム音楽のようなコンピュータミュージックのような音。「ボリューム大きかったら言って下さい。」と気を遣ってくれた。こういう一言がうれしい。skypeを使って大声で友人とテレビ電話。「友達だよ。」とトルコの青年と私にカメラを向ける。「日本の年寄りの友人ですよ。」と返した。よい雰囲気だ。二人とも酒好きでヘビースモーカー。さぁ次はスペインの新人が登場する。
・またマルタ空港に行くチャンスがあった。今回は双眼鏡を持って言った。飛行機の離陸着陸がより迫力がある。そして見ていて飽きなかったのは、着陸した飛行機をまた飛び立たせるために多くの空港職員がいろいろな仕事をする場面を見ることができた。
・それにしてもスリリングなバスの運転。ルームミラーにサングラスをかけ怖そうな運転手がパンを食べながら運転するのが見える。道路の凹凸での縦揺れ急ハンドルの横揺れ、日本のバス2台分以上の長さの車体をけっこうせまい道でもドンドンとばす。とにかく交通事情は不思議だ。信号がほとんどなくて事故の発生などどういう状況聞いてみたい。お年寄りが乗り込んできた。これは危ない席を譲り降りるときは手を貸してあげた。「Thank you!」
2013年1月4日(金) マルタ23:14日本07:14  
 猫の数がマルタの人口の数より多いという。確かに至る所に猫がいる。それも皆食事をちゃんとしているのか、やせていなくてきれい。日本では野良猫のようなペットでない猫もちゃんと生きることができるのか。そして気がつくことはベンチが多いのにいつもきれいそこに常駐している人を見かけない。基本的な生活が保証されているからなのか。2ヶ月を過ぎ生活の中で見える日本との違いを記していこう。
ゴミは分別されずに出している。・側溝がなく雨が降ると道路は川のように水が流れていく。下水が整っていない。今日は不運にも犬の糞を踏んでしまった。きれいな海岸沿いの歩道も気をつけないと生々しい糞が頻繁にある。走るときには注意が必要だ。糞の始末について注意書き掲示はあるものの実行されていないようだ。
いつも建築中の建物の横を通る。れんがを重ねるだけのような工法。鉄筋を入れていない。地震がないからこれでいいのか、少し不安だ。
・今日は3回目のValletta行き。そしてあまり観光客が足を伸ばさない海岸の突端まで行ってみた。地中海を運行する大きな船から小さな船まで、双眼鏡で眺めていた。遊覧船に手を振ったが反応なかった、そりゃそうだこちらは見えてもあちらは見えない。
・今日おそくトルコのルームメイトが帰ってきた。いよいよ来週からの授業再開が近づいて来た。 
2013年1月3日(木) マルタ23:15日本07:15  
 マルタに来て思うことは、建物の色と形と自然(海、雲、緑)そして地震のない安定した大地が織りなす調和の美しさとでもいいましょうか。観光名所もいいですが、普通の街並みを見るのも楽しい。長逗留の旅行の楽しさは、スーパーに行って買い物する時のお客さんの様子、品物の数種類、店員の様子など日常生活を「観光できる。」ことだ。
・2度目のMdina(イムディーナ)・Valletta(ヴァレッタ)
・建物 地震が来たら10秒持たないのでは
・コンビニがない
・自販機がほとんどないない
2013年1月2日(水) マルタ18:35日本02:35 
 暖房を使わなくても生活ができる気温。少しずつ朝晩の冷え込みは強くなっているが肌を刺すような寒さはでない。広い部屋を一人で占有できるのもあとわずかだ。7日(月)から授業も始まるため一時帰国していたルームメイトも戻りそして新たな入居者があるかも知れない。自分は25日(金)に終了、と考えるとゆっくりマルタを見学する時間も今週だけか。3ヶ月観光だけに集中できればほとんどくまなく見ることができる。しかし今回の旅の目的はそうではない。明日から少しマルタ見学をしよう。
・海がきれい:遠くばかり見て地中海の遠くの海の青に目を奪われていたが、ゆっくり歩きふと入り江の海を見ると透き通っている。
・カフェ文化:とにかくマルタの人たちが楽しそうに団らんしている場所はカフェ。日本では素敵な高そうなお店が至るところにあるがコーヒー一杯でもゆっくりくつろげる雰囲気。店員さんの感じ良さはどこも共通している。日本の居酒屋と言ったところか。違うのは皆さん屋外を好む。日本だと夏場にビアガーデンと外で飲むが、こちらは外が落ち着くらしい。寒くないかなと言うときも屋外にいる人がいる。これも歴史をたどれば生活の違いから来ているのだろう。
・マルタ空港:飛行機の離着陸を見るのが大好きだ。今日も空港に行く機会があったので楽しめた。国際空港とはいえ小さく、タラップを使って乗り降り。ターミナル3階の食堂は離着陸が間近に見ることができる展望台でもある。大きな空港では荷物検査場 入り口でさよならだが、ここでは飛行機に乗るまで見ることができる。双眼鏡を持って見てる人もいた。
・現金の取り扱い:今のところ金銭上のトラブルはない。あっては困るけれど、もう一度旅行案内書を見ると両替についての記述があった。今回日本で€とトラベラーズチェックに換金してきた。でもトラベラーズチェックはなかなか扱ってくれる店がない。
カード払いが大変助かるが、現金がどうしても必要。キャッシュカードの機能のあるカードがあると言うことで、空港で2枚持って行ったカードを試してみた。
続く
2013年1月1日(火) マルタ18:35日本02:35 
 マルタでの生活3ヶ月目に入った。
 1月はあっという間に終わりそうだ。
旅行中心にしようと思えばヨーロッパの数カ国を訪問できそうだ。しかしやはり最後の1ヶ月英語の勉強を中心にしていく。今まで午前中授業で何とか頑張ってきたけれどあと3週間は午後の会話を中心にした授業も受けることにした。授業が終わるのが3時と時間的遠くへの旅は無理。そして帰国してすぐ、2月3日別府大分マラソン大会に向けた練習をするため忙しい毎日になりそうだ。このマラソン練習を旅の一つに今までのコース以外にもマルタを走り回ることにしよう。
 この旅の目的はこれからの世界中を巡る一人旅の基礎を作ると言うことだから。
自分は65歳誕生日を自分の人生の終わる日と決めている。変な話で人に話すといやがられると思う。余命はどのくらいという医者からの言葉でどれだけ辛い思いをしただろう。医者に言われなくても生きているものの余命は限られている。明日で終わるかも知れない。それなら自分で余命を意識して生きていく方が1日1日がどれだけ大切か自覚できるのではと思った。65歳迄にやらねばならないことがまだたくさんある。質(クオリティー)の高い1日1日を過ごしていこう。
・一人での静かな年越しもいいなぁと思っていた。しかしうれしいことに若者から年越し蕎麦をご一緒にと言うお誘いがあった。もちろん断るわけにいかない。二三人ならば静かに語り合えるなと思ったらそれ以上が集まりそうだと言う。「それなら遠く日本を思いながら『ふるさと』をみんなで歌いませんか、ギター持参で参加できればうれしいですが。」というと「是非是非」と受け入れてくれました。
 ただ今日は大晦日。贅沢していいやぁ!お寿司を食べたかった。今私の住んでいるマルタには狭いエリアに4つの日本食がある。その中で一番きっと日本にあっても日本的な上品な雰囲気のレストラン「禅」に行くことにしていた。そこはオーナーのが2年間京都に住んでいたことがあり少し日本語も話せる。シェフが日本人でヨーロッパ各国で働いて10年になるシェフがいる。
 そこで私は1年を振り返りながらゆっくり飲み食べることは欠かせないと思った。予約で満席のところ何とかカウンター席を用意してくれて、シェエフの巧みな手さばきを見ながらそして、シェフの苦労話もたくさん聞かせてもらい、そして遠く両親を思いながらの優しい話に感銘を受け言い時間を過ごしました。若いecメイトには申し訳ないけれど時計を見ると10時過ぎ。もう終わっているかなと連絡をとると迎えに行くと言ってくれる。少し酔っ払い気味で何度かのすれ違いの末やっと意外にもすぐ隣の会場に到着できた。
・年越しコンサート:テレビもない。マルタの年越しの瞬間。みんなで乾杯!「そろそろやりますか。」とギターを準備。すると19歳になったばかりの若者もギターを出した。彼には本気でやるなら安くてもいいからギターを手に入れた方がいいよ、と言っていた。7000円だったという。私が歌うと適当にいい感じで合わせてくれる。 話をするとバックで感じの良い音を出してくれる。Koreanの仲間もいてアリランを歌ってもらい、英語で「花はどこへ行った」を歌うと「すげぇ発音きれい。」などつぶやいてくれる。思いも寄らない言い時間をもらいました。この青年と少し練習してマルタを離れるときコンサートができるかも知れないと楽しみになってきた。
 明日は、私が主催「この指止まれ!地中海初日の出ラン早朝6時スタート」があるのでと席を立ったのが午前1時過ぎ。別れ際に「明日参加したい。」という人が複数いてうれしかった。まだ宴会が続き明日起きれるのか疑問?けっこう朝は寒い。「無理しないで、寒いからね。」と言って別れました。みんな丁重に見送ってくれました。
・マルタの元日:早朝5時~6時の繁華街 初日の出 ラン うれしい言葉
2012年12月31日(月) マルタ21:08日本05:08  
 2ヶ月のマルタでの生活が終わる。
「寂しいけれど寂しくない」これが今の自分の気持ちかな。地球(時間差)を意識しての年越しになっている。あと50分で日本は新年を迎える時間。自分は今から買い物にいき新年の食料を買いに行く。マルタでも多くのお年よりを見かける。よたよたしながら支え合って散歩をしている老夫婦をよく見る。歩くのも辛そう。でも自分から見ると幸せだなと思う。自分はもうそういう幸せは得られない。今年も元気で終わることが有難い。ホームページ、フェイスブック、メールと一人でいても一人でないを感じさせるもののおかげ、仲間の声、家族の支えそして天国の妻の支えがあって頑張れるのかなと思う。感謝の一年でした。
・一緒に年越しソバどうですかと誘ってくれた
・明日は5時起きで6時スタート「この指とまれ」地中海日の出(7時15分)ランニング一人ででもやる!
2012年12月30日(日) マルタ21:08日本05:08  
 今日も穏やかな1日だった。かけ布団、枕を干した。珍しく風もやわらかくふと隣のテラスを見ると一人のまだ小さな娘さんを囲んで食事をしていた。幸せ・平和そのものの風景だ。遠く過去を思いだしあんな場面もあったよなぁ。
・今日のうれしいこと:3:30スタート「この指練習会」のためにec語学学校の前に5分前に到着。ストレッチなどしてスタート時間を待つ。そしたら一人の若者が駆け込んできた。昨日一緒に走ったforeignerだ。本当に英語がスムーズにでてこなくてもどかしかったけれど、会話が続く。今までのランニング距離最大10㎞だと言う。「きつくなったら、言ってね」「NO problem!」意欲的だ。「話ながらだとeasyだ」など、この練習会で伝えたいことが伝わっている。走るフォームのことも聞いてくる。自分の話そうとしていることを理解しようとしている。走りながらその誠実さを感じた。21歳の若さで落ち着いてい。よし少しスピードアップしても行けるだろうとビルドアップそして7.5㎞以上の地点で折り返すことにした。まだまだこれから伸びそうな走り、「自分のフォームはどうですか。」と聞いてくる。ec前にゴール。自分も久しぶりの15㎞以上。彼は新記録で本当にうれしそうだ。そして気持ちがいいという。こんなに素直な若いランナーに会えたのがうれしい。私のValley Viewに誘いさらに交流を深められた。食べたものの後片付け、洗い物まで自然とやってくれた。また走ることを約束して別れた。爽やかな青年との出会いでこちらも力をもらった。 
2012年12月29日(土) マルタ21:45日本05:47 
 Valley Viewのリビイングには太陽の光がいっぱい差し込んでくれる。今日は温室にいるように温かく外も比較的風も穏やかだ。29日日本では1年の終わりの大掃除とか忙しい時期ですね。イタリアから帰ってうれしかったことが二つ。
・ハエがブンブンのキッチン。最大8人が共同生活できる皿15枚以上、鍋、フライパンほとんど使い尽くし、食べ残ったものの上に重ねて洗わないでそのまま、油こい残り物の入った鍋もそのまま、フライパンもこびりつき油だらけでそのまま、最初の1週間は自分が使った以外のものも朝のうちに洗い台所をすぐ使えるようにしたがまた、そのまま。台所にはPlease clean and wash your plates and dishes after usage!!!と張り紙がしてあるのに。言葉がなかなか通じないから行動で示すしかないかとやってみたが全然通じない。自分が使うのはせいぜいお皿2枚と時々フライパンと小さな鍋。イイや自分の使う分だけ洗い、そのままにして様子を見ていましたが、とうとうクリスマス近くに全員引き上げてしまいました。そのままにして。食べる場所が気持ち悪いと言うことは精神的にも良くない。もうしょうがない自分がやるしかない。でもこびりついて頑固な汚れになりこれはひとまず水につけておこうと掃除用のバケツに水を満たし、鍋、フライパンは洗剤を入れてしばらく置いておこうとそのままにしてイタリアへ旅立ちました。そして帰宅して驚きました。全ての食器、フライパン、鍋がキレイに洗ってくれていました。ハウスキーパーさんがやってくれたのです。申し訳ないな。私がたまたまそのような人たちと共同生活していることなのか、何か違う「文化」なのか。マルタでは水は買うもの。レストランに入っても水はビールと同じメニューの一つ。確かに水は貴重だからできるだけ洗わないで食べることが習慣の国もあるのか?といろいろ善意に考えてみたけれど、それでは共同生活はできないのではと言うところに戻って来る。
あーあこれで、台所もキレイにすっきりしたし、広い「邸宅」一人で少し寂しいけれど落ち着いた時間がとれるのがうれしい。それこそ友人をたくさん集めて宴会ができそうだけれど止めます。
・facebook仲間に呼びかけた「この指とまれ練習会」今日も一人だろうと思ったら外国の仲間も入れて3人の若者が待っていた。天気は上々、走り始めると風けっこう強くなるが、初めてにして8㎞はちょっときつかったかな。でもよく頑張りました。英語でのrunningの説明、単語の羅列のような英語に私より英語の話せる人たちは足りない部分を補充しながら聞いてくれました。ここでも英語をもう少し話せるようにしなければと思ったのであります。
2012年12月28日(金) マルタ:19:55日本03:56  
 ハラハラの体験を最後に無事マルタ共和国Valley View Apartmentに到着した。マルタ空港【正式名称は、ルア空港Luqa Airport)マルタ航空の本拠地である。】から初めてバスを利用、見慣れた場所を見るとホットする。住めば都とはよく言ったもんだ。今自分の住居はマルタと言うことを自覚させられた。とにかく無事に帰れたのがうれしい。忘れ物なし。前回シチリアでは使ってもいないランニングズボン(一番気に入っていた)をなくしてきた。心あたりがないと言うのも怖かった。語学の勉強と一人旅の練習が今回のマルタ旅行の大きな「柱」だ。今回のイタリア旅行はツアーに乗った旅行でなく全て自分で手配して一人で行動した。この経験は大きい。世界のどこにでも行けるような気になってきた。そのためにも今回の旅を振り返る。
・Boardingゲイトに10分前到着、並んでいる人がいない!しかし確かにここだ。もうすでに乗客全員搭乗。私が最後だった。係員がすぐ行きなさいと、チケットの半券もくれないで無線で連絡。あの飛行機までの「トンネル」が迷路のように見えた。飛行機の入り口にニコニコしたひげの男性アテンダントが待っていた。「シートナンバーは?」と聞かれても出てこない。「係員が半券をくれなかった。確かC列かな。」という会話。笑われました。 空港が好きで飛行機というと2時間前には行くようにしていた。今回もホテルを1番早く出るバスを利用(8:15)。しかしまずAからBの地下鉄で団体の列に惑わされ乗り換えで少し手間がかかり、地下鉄から空港行きの列車には何とか乗れたけれどFiumicino空港は混雑。そして多くの航空会社のデスクがありマルタ航空のデスクを捜すのに時間、そして一番予想外は手荷物検査が長蛇の列。搭乗に間に合わないからと無理矢理前に割り込むご婦人もいたり、ここで少し焦る。ベルトもとり、コンピューターも出して無事検査を通過したけどBoardingゲイトD9がどこかキョロキョロと言う具合でした。空港でゆっくり、コーヒーを飲みながらネットを利用する、この時間が好きだった。 これからは3時間前到着を心がけよう。もうこのヒヤヒヤは経験したくない。
・気持ちのよい着陸:乗客の拍手と歓声、イタリアに着いたとき一斉に起きた拍手。私も続いて拍手した。何回乗っても飛行機はハラハラ、着陸離陸の時は本当に落ち着かない。その様子を見て旅慣れた妻に笑われたこともあった。でもみんな心の中は同じではないかな。着陸したときの拍手は、ホットした拍手であり、パイロットにありがとうの拍手だと理解した。今回の飛行機は操縦席との壁も薄くきっとこの拍手がパイロットにも聞こえただろう。帰りの飛行機では私が1番先に拍手、完成と拍手が続いた。
・荷物3つ、いらない荷物は何だったか:大きなバッグパック、と布製の補助バッグ、
とウエストポーチこの三つを体に身につけていた。どうも布製の補助バッグも満杯。これが軽快な動きを妨げる。持って行ったのに使わなかったもの。
・スリにあったという人もいた:危険な雰囲気は感じなかった。心がけたことは、景色を見るときは前後周囲を見てじっくり立ち止まり、移動するときは機敏に時にはrunも入れる。走れるということが自分を守る方法かもしれない。走るものを追いかけてくる元気なスリにあえばしょうがないけれど。後は最重要荷物ウェストポーチはきつめに締めて動きやすく。万一外すときも必ず手元にを厳守した。
・「トイレはどこですか?」「有りません」と知らん顔。トイレがあったと思ったら鍵がかかり開かない。?日本では駅には必ずトイレがあり、キレイ。
・事前準備でバス路線、電車の路線が大まかでも頭にあるとかなり動きがよくできる。日本の交通事情は良すぎるのかな。

続く
2012年12月27日(木) マルタ:23:26日本07:26 
 さぁ今日は事前準備なしのスタート。ホテルから地下鉄の駅にバスがありまずそれを利用しました。とにかくVaticanに行こう。ローマの地下鉄が少しわかってきた。簡単でA路線とB路線これの乗り換えの駅がTERMINIこれがわかっただけで、路線が頭にスッキリ入った、と言いながら2回乗り過ごした。今回は一人旅の練習と決め込んでいましたが、目の当たりにした建造物、美術等に引き込まれ感嘆した。Vaticanだけじっくりと思ったけれど、CASTLE S.ANJERO地下鉄を利用してolosseum(コロッセウム)と歩きゆっくり走りSjghtseeingして充実感で満たされた。
・地下鉄 窓ガラスが見えないくらい汚れている、床にゴミ、等どうしても日本と比較してしまう。世界から観光客が集まる駅のトイレがどうしようもないくらい。これは私が利用したときだけかも知れないが。気になりました。バスも電車もほぼ時間通り。
2012年12月26日(水) Valletta東京 マルタ:18:32日本02:32  
  イタリア ローマ近郊(Capannelle)からのアクセスです。またまた危ない道を1時間以上歩いてホテルへ。しかも電車で済むと思ったら地下鉄、これで着くかと思って地下鉄駅の係の女性がここからバスだという。地上に出るとビュンビュン車が通る閑散とした道。何故こんなことになるのと少しイライラ、落ち着け落ち着けと、空港で食べたおにぎりに次いでリンゴをかじりながら一休みしネットが「生きている」タブロイドを起動しました。現在位置を確認そしてホテルまでのナビを検索したら出てきました。とにかく1時間くらい歩けばたどり着ける。これだけで一安心。見当違いのところには行っていない。そしておにぎりとリンゴのおかげでまだエネルギーはある。道すがらやはりイタリアなのかという建物、牧場を見ながら急いだ。
・閑散な駅、係員の様々な応対:10時58Fiumicino空港に到着、まずはバスか電車を利用すると言うことでインフォメーションへ。さすが観光客が多いから係員も慣れた感じ。私はスマホの地図ソフトに記されたホテルをさしてここに行きたいのだけれどと言うとゆっくりわかりやすい英語で話してくれたけれど6割くらい理解。周遊券を買うといいと教えてくれて購入。そしてバスか電車で行く方法を教えてくれる。電車のが割高の意味が少しわからなかった。とにかく電車の乗り場に行っても日本の改札口のように路線図と駅名がわからない。どうも周遊券は、もう少しローマに近づいてから有効と言うことがわかり、そこまで行く切符を手に入れなければならない。早口でまくし立てるように対応したおばさん、最初は笑顔が私がなかなか理解しないのでいらいら顔(こちらがごめんねと言って引き下がる)そして最後にわかりやすくメモ書きまでしてくれて案内してくれた優しい男性店員さんの教えに従い3番乗り場に進めた。これから先が大変だった。何より不安なのは駅員がいないやっと見つけても言葉がなかなかわからない。(悪戦苦闘ホテルにたどり着いたのが13:49)
・久しぶり湯船 ホテルは安いだけ有って不便な場所。でもホテルらしいホテル。(シチリアのホテルの印象が強烈過ぎて)シャワーだけでない西洋式だけど湯船に約2ヶ月ぶりに体を温めることができた。日本のお風呂というのは本当に素晴らしい「生活文化」だ。これは寿司と同じように世界に広げられるのではないかな等日本では考えたことがないようなことを考えながら一時の安息でした。
・事前準備なしの行き当たりばったりの旅
・地下鉄駅で物乞い
 2012年12月25日(火) Valletta東京 マルタ:20:22日本04:22  
 今日はbeautiful day朝から快晴。海外でのクリスマスは初めてです。昨晩は買い物に行く途中、手を引かれ教会に向かう老人など多くの人が教会に集まっているのを窓越しに見ることができた。
 15:30スタートのランニングで今までと違う雰囲気を感じることができました。きれいな服を着た家族連れ、お爺ちゃんお婆ちゃんも一緒。日本の正月気分と言ったところでしょうか。普通よりさらにゆっくりと走り立ち止まりクリスマスの街並みを楽しみました。たくさんのベンチにこんなに多くの人が座っているのは初めて。若いカップル、老夫婦、一人だけの老人、一人の青年、皆共通していることは穏やかに晴れ渡り遠くに船が見える地中海をじっと眺めていました。私も足を止め日本の方角に目をやりしばし感傷的になりました。再び走り始めました。気持ちのよい10㎞でした。
 明日はイタリア(ローマ)へ。4時起きでバスの始発5:40で空港へ。1時間くらいかかるけど2.4€(約250円くらい)荒っぽい運転だけど我慢しよう。シチリアには若くて頼りになるKIさんと一緒だった。今度は一人、不安です。細心の注意をして準備したけれど、私のことだからどんな失敗が待ち受けているのかな。
 2012年12月24日(月) Valletta東京 マルタ:21:35日本05:35 
 どうも深夜に及ぶミーティングの後の生活が乱れがち。ランニングができない。眠りも浅くなりこれはよろしくないと、フエイスブックを頼りにすることにしました。「この指とまれ」練習会と称して、自分勝手に時間とスタート場所を指定して皆さんに公表、お誘いしてランニングしようと言う試みです。うれしいことに発表するや多くの友人からの反応励ましのメッセージも頂き15時30分からのランニングをスタートさせることができました。参加者は私一人だけれども、日本の仲間 ブラジル スペイン 韓国のフェイスブックの仲間60人以上がそのことを知っていると言うだけで気持ちがしゃんとして実行できました。人間なんですね。人の中にいていろいろなことができる。一人では止めてしまいそうな辛いことも回りの人を意識するとでできてしまう。フェイスブックの危険な面がいろいろ指摘されているけれど、使い方によってはありがたいものになることを実感しています。
・人気の日本食: 和服姿の女性
2012年12月23日(日) Valletta東京 マルタ:23:50日本07:51 
 マルタは久しぶりの快晴。広いテラスからの眺めはどのように表現したらいいのだろう。ランニング日和で本日は利根川楽走会大望年会の日7時30分Vallettaに向けて走り出す予定が起きたのが12時過ぎ、昨日帰国する友人との最後のミーティングをマルタ料理店そして2次会を私の住むValley View Apartmetでやりました。終わったのが午前1時過ぎ。テラスから眺める星空とお月さんを眺め、シチリア島 ゴゾ島を旅した思い出、英語の勉強、ランニング、そして熱烈なサッカーの話と話題が尽きなかった。ギターで歌も聴いてもらいました。若い人との話は本題に入る前にいろいろ気を遣い消耗してしまうことが多いがKIさんはしっかりとした仕事の実績からか落ち着いた誠実な態度でよく話を聞いてくれてそしてよく話しをしてくれました。それぞれの年代での経験興味知恵を交流すればお互いにとって、また新たなことを始めることができるきっかけとなりそうだ。特に世界のサッカー情報に詳しく多くの海外のstudentとの交流の話が印象深くスペインのFCバルセロナ(カタルーニャ語: Futbol Club Barcelona)のメッシの話など熱く語ってくれました。スペインと言うことと2週間一緒に生活したスペイン人Rojerを思い出しました。スペインにも行きたい。
2012年12月22日(土) Valletta東京 マルタ:14:20日本22:22  
  昨日の旅の疲れと静かさでゆっくりと休みました。今住人は私だけ。今日ブラジルのルームメイトが帰国しました。クリスマス、新年を迎えるために多くの人が帰国し近隣の国の人はまた戻って来る人も多いようです。日本人はさすがに遠方でまだ授業を残している人はとどまる人が多いようです。私もその一人です。ただ年末年始を異国で過ごす初めての経験をしっかりと体にしみこませたいと考えています。
・不快なこと:ハエがブンブンと飛び回るキッチン。原因はわかっている。
2012年12月21日(金) Valletta東京 マルタ:22:04日本06:04  
 7週目が終わりました。宿題も全てやりました。無遅刻無欠席でした。ホットしたところ友人のKIさんからゴゾ島に行きませんかというお誘いがありました。今年中には行くつもりでいたので即答「行きましょう。」シチリア島にも一緒に旅をしたので気を遣わないで気楽に旅できる人。誘われて1時間も経たないのにゴゾ島に向かうフェリー乗り場へのバス停に立っていました。
・急ブレーキ、激しい揺れ、とばすバス:マルタの交通事情①。先生が「crazy!」と表現しました。「私が国際運転免許証を持ってきた、と言うと車は乗らない方がよい。」と本気な顔で止められた。日本と同じ右車線。フェリー乗り場に向かうバスに乗りマルタでは車を運転しないことにしました。公共のバス、日本よりも車体の幅、長さも2倍くらいある。そのバスが飛ぶように走り、道が悪くて縦揺れ横揺れ、そして急ブレーキ、信号がほとんどなく所々に円形の車線があってノンストップで方向転換。これはなかなかのアイデアーだと思いますが、お互いが譲らない場合怖いことになりそう。しばらく観察したことがあるけれど、大変そう。②2.6€で1日乗り放題③駐車場が路上④洗車という意識はないみたい
・デンマークの素敵な老夫婦:「息子さんですか」とKIさんのことを訪ねました。私はKIさんとは年齢差(35年)を感じない友人として行動を共にしてきましたが、この質問は私にとって大きなインパクトでした。KIさんも友人から「お年寄りの友達がいるんですね。」と言われたことがあるという。そうか自分はそんなに認識していなかったけれど、お年寄りなんだよな。
・世界遺産 
2012年12月20日(木) Valletta東京 マルタ:23:41日本07:41 
  昨日今日と久しぶりのランニング。うれしいことに一人でなく二人。おしゃべりしながらの久しぶりの楽走会の走りでした。終わったらビールと外食。昨日は走った後だからとあの大皿いっぱいのピザも食べられるだろうと注文しました。でもやっと食べられた。朝食抜きました。二人で一つで調度よい。でもすぐ横の席の中年のご婦人のお皿を見て驚きました。ピザの皿に負けないような大きさの皿にたっぷりの肉だけ。食の違いを感じます。今日はどうしてもお寿司が食べたくなり友人とお店「SUSI」にいきました。マグロの握りがない寿司は寂しかったけれど美味しかった。最後に天ぷらうどん、これも日本で食べるのと同じ味付け。体がホットした感じになりました。日本に帰るのが楽しみになりました。さぁ明日で7週目の授業終了します。宿題は明日早起きしてやることにします。
2012年12月19日(水) Valletta東京 マルタ:02:59日本22:59 
 マルタでのクリスマスは日本のクリスマスとどこが違うのかな。そんな目で回りを見回しています。今いるValley Viewはマルタの典型的な住宅街。近くの2軒の家が電飾で飾っています。でもそんなに派手ではありません。大きな教会がありカトリック教が90パーセント。やはり信仰に根ざした大きなイベントとして迎えようとしている事を感じます。ecスクールでも特別のクリスマスレクチャーがありlistningの練習のために参加しました。特別な単語が出てきてなかなかその意味を理解するのが難しかった。その後のクリスマスパーティーも何か特別な事があるのか興味があり参加してみたけれど、大きなボリュームのmusic極一部の人がダンスとあまり盛り上がりを感じませんでした。Arukadia スーパーマーケットはクリスマスは休みで31日まで9時まで営業するということでした。
・ 
2012年12月18日(火) Valletta東京 マルタ:19:46日本03:47 
 一番早く起きるのは私。朝が貴重な自由な時間です。若者達が起きる前に食事も済ませて登校することにしています。30分前には教室入り。時間にゆとりがあるということはそれだけで穏やかな気持ちになれます。ところが今日はは早く起きてリブイングにいくとSoner22歳がソファーで布団を抱えて寝ていました。あれどうしたんだろう。Sonerが自分の部屋の前でウロウロ、遠慮がちにノックしている。私はSonerが部屋にカードを忘れたのではと気がつき私のカードをさあ出しました。「いやカードはある、ルームメイトの彼女が彼と寝ているらしい」というのです。おいおいどういうことだ!ルームメイトを外に出して彼女と一夜を明かしたということか。人の良さそうなSonerが気の毒になった。ここで日本語のように話せたら親父よろしくSonerの代わりに怒ってあげるところでした。気になりながら登校しました。子供ではないから何とかなるのだろう。学校でSonerがその友人と話しているのを見て一安心。
2012年12月17日(月) Valletta東京 マルタ:20:55日本04:55  
 7週目が始まりました。この週で今年の授業終了。無遅刻無欠席で何とかここまで来ました。授業について行けなくなるではと不安を抱えまわりの若者と同じようにやっていてはダメと、宿題は必ずやって気持ちをできるだけ前向きにする努力をしてきました。もう一息で休みに入ることができる!あの冬休みを前にした現職の頃、そして学生の頃を思い出します。
・若者との共同生活をするための我慢と工夫:
2012年12月16日(日) Valletta東京 マルタ:23:31日本06:31  
 9時過ぎの起床。昨日の疲労が全て体から消えたような目覚めでした。静かで熟睡できたようです。洗濯をしなければと洗濯機を見ると中にもう終わった衣類が入っていました。それをとりだし丁寧に袋に移し替えて洗濯開始。そうしたら起きてきたブラジリアンが取り出された袋の洗濯物を見て、「ありがとう、ありがとう」と言ってくれました。「眠れない!」と怒った人と気持ちよく生活できるようになったことがうれしい。悪い人はいない。
・Iikerとのフェアウェルミーティング:Iikerと別れる日が来た。明日早朝に2ヶ月のマルタでの生活を終えIikerが帰国する。Drayton Apartに私がビールワインを持ち込んで、今Iikerと同じルームのKenjiと3人でミーティング。Kenjiは一人で世界1周している、安心して話せる雰囲気を感じさせてくれる人。日本語なしでお互いにたどたどしい英語で交流した。グッと胸に迫るものがあった。
別れの時が来た三階から「りょう!」と声をかけてくれた。see you again!
2012年12月15日(土) Valletta東京 マルタ:23:56日本07:57 
 シチリア:カタニア空港から夜間飛行。ウトウトしている間にマルタ空港に到着。11時過ぎでした。最終バスもなし、白いタクシーが何台か待っていました。「白いタクシーはできるだけ使わないように。」と注意を受けていたのですがしょうがない。でも乗ろうとするとチケットを買うようにと言われ指さす方向に行き「Spinola」迄というと20€(約2000円)と言われる。事前に空港からだいたい20€ぐらいと聞いていたのでホットした。それに事前に払ってしまうのでふっかけられることもない。Spinolaは近くのバス停の名前、そこまで行ければよいと思ったけれど「go straight and right」とか指示すると気持ちよく応じてくれたので結局アパートの前までタクシーを案内できました。思ったより早く自宅へ戻れました。すぐ帰ったことをルームメイトに伝えようとリビングに行くと静か。トルコ人のSoner22歳だけがいました。無事に戻れてよかった。KIさんとはカターニア空港で別れる。KIさんからは同じホテルにバスで無事戻ったとのメールをもらい一安心。KIさん(28歳)との旅は会話が途切れることがない。興味が尽きない共通の話題があり、これから旅するための貴重な経験ができて本当に楽しい旅となりました。でも慣れない道を相当歩き疲れました。・
2012年12月14日(金) Valletta東京 マルタ:23:46日本07:46  
 シチリアのホテルからのアクセスです。いやぁーヒヤヒヤの体験で1日が終わります。今このホテルには私とKIさんだけがいます。従業員は引き上げました。大きなダブルベットと子供用のベットがあります。全く今まで経験したことがないホテルです。
マルタ空港~カターニア(Catania)空港まで約40分。到着したのは6時過ぎ。真っ暗です。今回は一人旅行の練習のつもりでいろいろ試してみました。タクシーを使えば簡単に済むことだけどバスを使う方法をインフォメイションに聞きに行きました。英語が標準でないところでの困難さを感じました。バス路線バスの停留所の名前を親切に書いてくれました。でもわからない。googleマップでのナビをセットしてみると大変単純な道のりで時間が1時間と少しとデーターが表示されました。やはりフルマラソンを走ることができるランナーとして走りも加えれば1時間以内に目的のホテルに到着できると予想ができて空港からホテルまで歩き走ることにしました。真っ暗の道、車優先の道をナビを頼りに進みました。3人乗りでバイクにまたがる若い女性、びゅんびゅん飛ばす車に細心の注意を払いホテルへ向かいました。KIさんはフェリーで同じホテルを目指しました。
・英語の勉強:今日は1校時目の授業はいつもたんたんと進める先生が一人ずつ別室に呼んで個人面談をしてくれました。私の時間が一番長かった。 授業ではあまり感情を表さないTeacherと1対1で向き合うことが少し不安でした。何を聞かれるのだろう。話を聴き取ることができるのか。きれいな英語でゆっくりわかりやすく話してくれました。私の表情を見て私が会話として不十分な部分を 補充しながら聞いてくれました。「あなたはreading listening hearing speakingどこが不得意ですか。」「全部ですが特にhearingが全然できなくてだからspeakingもできません。」と言いました。そうしたらTeacherは「あなたのpronunciation(発音)はexellentです。多くの日本人を見てきたけれど、very good どのようにしてその発音ができるようになったのですか?」と思わぬ質問をTeacherがしてきました。自分は発音には少し自信があり発音を丁寧に心がけてきました、大学でも日本人のTeacherに褒められたことを覚えていますが語学スクールでTeacherにこんな褒められ方をされて本当にうれしかった。私たちの中学時代は英語と言えばNHK基礎英語今は亡き松本 亨先生を覚えているくらい結構熱心に毎朝起きて聞いていました。録音といってもオープンリールの今では考えられない程不便な録音テープしか有りませんでした。父が起こしてくれて眠い目でラジオを聞いていたことを思い出しました。「Thank you!」Teacherとの距離が近づいたと感じました。私はこのTeacherが褒めてくれたことをよりどころにして英語の勉強を続けよう!そんなやる気を与えてくれました。「あなたは何故英語の勉強をするのですか。」「日本に帰ったら仕事をするんですか。」私の生き方にまで質問してくれました。私はうれしくて自分の気持ちをたどたどしい英語に込めて話しました。「それは素晴らしい。」と相づちを打ってくれました。話はランニングに日本食にまで及びLSDというランニングの練習の方法に大変興味を示してくれました。私の面談終了と同時に授業終了。本当に有り難い時間を頂きました。
・マルタ空港行きのバスに乗ることができた。「あっ忘れた!eチケット」 往復のフライトの時間 便その他大切なデータが記されている。 これを忘れてしまった。どうしよう!もどることができない。でも半分くらい大丈夫!という確信がありました。マルタへ向かうため羽田空港でチェックインしたときeチケットは提出しても係員は見ることさえしなかった。「eチケットは必要ないのですか。」と聞くと何かトラブルがあったときに自分の予約を確認してくれる文書だと言う説明を受けていた。「そうかぁパスポートが大変重要というのは日本人という証明と共にフライトまでパスポートで管理されているのだ。」
 マルタ空港のチェックイン、パスポートだけをだし一応eチケット忘れましたというと「No Problem」ああよかった!
・ホテルが見つからない:ナビが目的地に着きましたの表示。でも
2012年12月13日(木) Valletta東京 マルタ:20:00日本04:00 
 素晴らしい朝の天気。久しぶりのお天道様と青空がきれい。結構早く起きれたし宿題もやらなくてはかけ布団も干せる(布団を干す習慣はないらしい。)なそして明日のシチリア行きの準備もしなければとウキウキして部屋を出た瞬間「あっ!しまった!」部屋の鍵である電子カードを部屋の中に忘れてしまった。自動ロック!部屋に入れない。必ず起きたらそのカードをポケットに入れてから行動するという習慣をつけていた。あまりの天気の良さに惑わされたのか大失敗。さっき考えた予定が全てストップ。どうしようか。とにかく誰かが起きてくるまで待つしかない。若者は昨日も遅かったから起きるのが遅いだろう。全く自分の抜けていることに呆れてしまう。「母ちゃんが笑っているだろうな。」バナナと牛乳で軽く朝食、台所をきれいに、7つある窓を全部開放、1時間進んでいる壁の時計の時刻合わせたり、掃除したり、その間部屋の前をウロウロして小さなノック、起きてきそうにない。テラスに出て初めて椅子に座り紅茶を飲んだ。まあこんな時間は予定していなかったけれど「忘れたおかげだ。」と自分を慰めてまだ起きないか聞き耳を立てていた。ドワの開く音がした「よし!」出てきたのは眠そうな目少し赤くなっているブラジルの青年。上半身裸たくましい体、はやりのタートゥーをしている。この前「眠れない!」と私が怒った青年だ。事情を話すと眠そうだけれどカードを持って私の部屋を開けてくれた。有りがたかった。「あなたが神様に見える。」と言うとニコリと「No Problem!」あーあよかった!明日のSICILIIA行き心を引き締めて行かねば。
2012年12月12日(水) Valletta東京 マルタ:23:22日本7:23    
 一番静かな夜を過ごせました。昨晩は二人のルームメイトも深夜外出。広い5部屋シャワールム2つ、広いダイニングルーム、谷を見下ろせる広いテラス。一人でいると静まりかえった「邸宅」を自由に使える時間が一時といえどもできました。でも明日の宿題に追われ思い切りギターでうたいたいところでしたができませんでした。でも少しずつ自分のペースができてきました。
・天ぷらうどんに「会えた」
・KIさんと会食:地中海最大の島、シチリア(SICILIA)島(イタリアの州の中でも最大の面積を誇る)への旅行計画の打ち合わせもできた。私は飛行機、KIさんはフェリーで同じホテルへ向かう。行動を共にするはずがトラブルにより移動は別行動に。これもよい経験と前向きに決行。 
2012年12月11日(火) Valletta東京 マルタ:20:56日本04:56   
 20秒で通学できたDraytonではゆとりでしたが、20分くらいかかるValley Viewでは早めに出るようにしました。授業開始30分前には教室に入りゆとりを持って先生が来るのを待つことにしていました。ところが今日はちょっとおかしい。教室に入ると先生も来ていた何人かのstudentも来ている。「why!」木曜日休校なので臨時時間割で30分早く始まり30分遅く終わるという時程に変更されていました。ちゃんと掲示板を見てその情報を知っていればよかったこと。2時間休みなしの授業が2回これはハードでした。でも思わぬ休校はありがたい。いつも私と同じくらい早く来るFatma(女性)が遅れてきた。彼女もそれを知らなかった。
・テーブルがきれいになってきた
・10㎞ラン途中Draytonn Apartmentに寄る、Iikerが今週で授業終了17日帰国の日が迫ってきた。:
・新しいTeacher:Susan マルタの女性もボリュームのある人が多いがその中でも目立つだろうSusan。教室に来るのも大変そう、息を切らせてやってくる。英語の発音の特別講座も担当している。発音にこだわっての授業は初心者にとって大変貴重だ。きれいな英語で、不正確な英語をその場で修正して繰り返させてくれる。ありがたい。
・リビアの24歳の青年Musab(ムサ)
2012年12月10日(月) Valletta東京 マルタ:22:05日本06:05  
 語学学校での6週目がスタートしました。良くできた仕組みで新入生は毎週月曜日からスタートです。毎週新しい仲間が入りそして毎週自分の都合で決めた日程が終了すると帰国します。いつも生徒が動いているので新鮮です。そして今日はElementaryクラスのテスト結果により新しいクラス編成で私はpreintermediateへ少しレベルアップとはいえ自信がない。教室に1番先に入り少し緊張していました。次々と新しい同じクラスの生徒が入って来ました。トルコ、スイス(女性)、コロンビア(女性)、コリア、日本(女性)そして人数が1番多いリビア全部で10名。何のために英語を勉強するのですかの問いに一人ずつ答えていきます。名前と同様知りたいところです。皆陽気ですが、学ぶ動機は切実です。これから会社を立ち上げるのに英語が必要。車関係の営業をしているのに必要、医者になるために必要と様々です。若者に混じって何でこの人ここにいるのといった感じで見ているいる人もいるだろうなぁと思うので、準備してきた内容でできるだけ大きい声でアピールしました。「私は英語を話せない聴き取れないでも英語の勉強が好きです。国立科学博物館には多くの外国人が来ます。 その人たちに展示物を英語で説明したい。世界中のランナーと交流したい。」など私なりの切実さを込めてたどたどしく話しました。皆も先生もうなずいて聞いてくれました。「R Y O  りょう」を何回か繰り返しました。
・私の隣はElementaryのクラスでも隣にいたFatma(女性)と私の2倍の体重はあるかもしれない巨体のBafeshaいずれもリビア。椅子からもあふれんばかりのBafeshaが時々「貧乏ゆすり」をすると私は地震ではといった振動を感じる。陽気でこの前のパーティーではひときわ目立った人だ。これからの交流が楽しみだ。
・リンゴを丸かじりする女性が多い流行っている?
・大きなトラブル鍵が開かない:今日は少し買い物が多めでした。Valley Viewへの帰り道に大きなスーパーがありますがそこは野菜売り場が狭く数も少ない。少し遠回りだけれどスーパー:アルカディア(よくアルカイダと間違ってしまう。)に行くことにしました。水、マヨネーズ、缶ビール350:2本等重たくなるものが多くて両手にいっぱいの買い物袋。途中手が痛くなり一休みしながら急坂を上がりやっとValley Viewへ着いた。カードをかざせば玄関が開くことになっている。「開かない!」
 呼び鈴を鳴らしたら中に一人トルコのルームメイトがいて開けてくれました。でも自分の部屋に入るにもこのカードが必要だけれどもこれも開かない。ルームメイトのカードも使えない。皆困っている!疲れていたけれど再び学校に戻りこのトラブルを知らせ解決しなければならない。こんなとき日頃鍛えているので一番動きがいい。代表して行くようなもの。これで今日のランニングの時間はとれない。それだけならよかったけれどこのトラブルに対するスタッフの対応に「一言」言わなければならなかった。解決したけれども後味の悪いものが残った。回りの人より長く生きているから気がつくこと、若い人の今後のためにも言わなければと意を決するけれども、嫌な思いをさせたのではと言う思いも残る。難しいところだ。
2012年12月09日(日) Valletta東京 マルタ:20:49日本04:49  
 天気がくるくる変わり、風だけは強いマルタ。寒さも加わり冬らしくなってきました。やっとランニングができました。14㎞。12月になってValley Viewに移って初めてです。新しいコースと今までのコースをつなげてのラン。夕方5時過ぎ地中海が荒れていました。歩道にまでしぶきが達するところもありました。帽子を深くかぶり、風よけにサングラスをしてのラン。歩いている人も少なかった。やはりこのランの時間がないと調子が出ない。久しぶりスッキリとして明日の6週目に入れそうです。
・スイス、ブラジルの若者が帰国しました。一番私に気を遣ってくれたスイス人の若者が「明日自分は帰国する、自分の部屋が空くから移ってもいいです。あなたの部屋は玄関に近く出入りでうるさいでしょう。自分の部屋は広くてシャワーにも近くていいですよ。」と言ったことを申し出てくれました。その気持ちだけありがたかった。「ありがとう、私はこれからランニングを始めるのであの部屋の位置が都合がいいのです。」と言って断りました。わずか1週間では名前も覚えられなかった。でもその優しい心遣いがうれしかった。このアパートの住人は私とトルコの若者二人だけになり、今はシーンとしている。
・洗濯機が難しい:Drytonの時もなかなかできなかった。日本の洗濯機はポンポンですんだのに。でも今日でほぼ「理解」できるようになりました。
・「彼女はガールフレンドですか。」「そうです。」私が怒ったときの若者との会話です。後2年大学があるという。友達の世話をする人の良さを感じました。昨晩も女性ももう一人加わり6時頃からお食事会が始まりました。土曜日かぁ。今日も続くのかなと覚悟しましたが私たちが食事準備するころ解散しました。友達の一人がギター持参。よっぽど私もギターを出そうかと思いましたが止めました。きっとこの前のことがあったのでけじめをつけてくれたのだろうと爽やかな気持ちになりました。
・「英語の勉強はどうですか?」と彼女に尋ねると、あっけらかんとして「毎日飲み過ぎて勉強はダメ」と言いました。
2012年12月08日(土) Valletta東京 マルタ:20:14日本04:14 
  心配した足首の痛みも消えてランニングできる勢いです。歩道もガタガタなところもあり思わぬつまずきに気をつけることにします。ひとまず良かった。今日は初めて友達と旅行に行きました。7時に集合でマルタの観光地で有名な元首都のMdinaへ。Vallettaから30分以上かかり到着。KIさんも後2週間。英語の勉強に真剣に取り組んでいます。言葉では表せないMdinaの景色に感動して、これを英語で表すとどういう表現になるかな、といった交流しながらの旅は大変知的で楽しかった。英語の語意が少し増えました。8時過ぎにはMdinaに到着してコーヒーでもと店を探しても開いていない。静かで人がだれもいない迷路のような街並みを散策して一番早く空いていたお店に入りホットコーヒーを1杯。普通のガラスのコップで出されてきたのには驚いた。そこで自転車でツーリングしている人に出会い、話しかけるとランナーでもありました。そこで話が弾みました。日本人同士でもランナーというだけで話が途切れないのと同じ。最後は「私はパソコンが苦手で今1週間に1度教室に通っている。」と言いながらも名前とメールを交換し、どこかでお会いしましょうとお別れしました。 素晴らしい景色を楽しんだ後、突然の天候の変化で大雨。バスに飛び乗り座ると眠気が一気に押し寄せてきました。だいぶマルタの地形が見えてきました。
・結婚式に参列?:イムディーナを代表する建造物
大聖堂(The Cathedral)に入りました。一番早くKIさんと私だけ。聖ヨハネ大聖堂とはまた違った荘厳さに圧倒された。職員の方が何か準備で忙しそう。そして見学は止めて下さいと言われました。結婚式があるのです。私は持っていた双眼鏡で新郎新婦の後ろ姿、神父さんのご挨拶等見させてもらいました。参列者の女性の独特な帽子と、比較的若い女性の思いきり高いハイヒールが印象的でした。
・国立自然科学博物館をじっくり見ることがこの旅の一つの目的でした。日本の上野にある国立科学博物館の展示物を見慣れているので展示は実に素朴。剥製も見劣りがしますがマルタにしか見られない展示物に注目しました。
2012年12月07日(金) Valletta東京 マルタ:19:46日本03:46   
 静かな夜がもどり熟睡できました。山のような洗われていない食器も私が少しずつ洗っていくことにします。少しずつ自分の領域を広げていくことにします。これで何とかここで過ごせる見通しができました。 
・英語の勉強5週目を無遅刻無欠席で終えることができました。当たり前と思っていたけれどわずか10人以下でも毎日のように遅刻する人、たびたび欠席する人がいると貴重に見えてきます。今日は先日のテスト結果がMariam先生から発表されました。そしてこのテストによってレベルチェンジがあることも知りました。今私はElementaryのレベルからスタート。その下にBeginnerがあります。場合によってはレベルが下げられるのではと思いそれでもいいやと思っていたら、「RYOは文法もreadingもgood、writingもこのレベルにしてはexcellent、宿題も、出席もパーフェクトだけれどListeningがダメでもっとレベルアップできるのにできない。」と総合的な英語が大事というようなことを私を例にして話してくれた。そして少しのレベルアップpreintermediateのレベルに上がることが知らされました。私が5週間それなりに頑張ったことが結果として評価されたことが大変うれしかった。決して英語が5週間前よりめざましくできるようになったとは思えない。しかし「英語の勉強頑張りなさい。」の励ましと受け取りあと5週の授業で日本に帰ってからも勉強できる基礎をしっかりさせたい。どんなに年をとっても褒められるとうれしくやる気が出てくる。
2012年12月05日(木) Valletta東京 マルタ:19:56日本03:56   
 一難去ってまた一難ということかな。参りました!また睡眠を妨げられる事態に。今までは外の騒音でこれは文句をいってもしょうがないものでした。今度は内の騒音。外は静まりかえっているのに、一人のアパートの住人が数名の仲間を呼び共同で使用しているダイニングで宴会を始めました。女性も一人混じっています。まあ午前0時前に終わればいいだろう。一番離れている場所だからと思っていましたが建物の造りから、反響してちょうど音が響いてくるということもわかりました。声がだんだん大きくなり終わりません。外に出て大声で叫ぶような事も時々。午前2時過ぎました。眠りに入れない。女性の声もひときわ響く。これはやるしかないと意を決して眠い目をこすりながら宴会場に。「execuse me! 私はうるさくて眠れない。前のDrayton Apartmentは外の騒音で眠れないため2日前にこちらに引っ越してきた。今何時ですか!お願いだから止めてほしい。」たどたどしい英語で怒りを表しました。500ccの缶ビールが相当数開けられかなり酔っ払っている若者たちでしたが、私が話している間ジット私を見て耳を傾けてくれました。すぐに「sorry sorry」と口々に言ってくれました。「ここの住人は誰ですか。」と聞いたら一人の青年が手を上げました。部屋に戻るとしばらくして皆が帰っていく音が聞こえ静かさが戻りました。ああよかった!寝不足で登校、なかなか授業に集中できませんでした。そんなことをお構いなしのMiriam teacherの速射砲のような英語が私の頭を通り抜けていきました。休み時間外に出ると昨夜の若者、女性が笑顔で声をかけてくれました。「わかってくれたのかな」とホッとしました。Apartmentに戻ると、ゴミ箱がビール缶であふれ、流しには洗われていない食器が山積み。これを誰が片付けるのだろう。
 同じクラスの50過ぎのトルコの男性に「眠れなかった」と話すと、真剣な顔で「ホームステイがいいよ、食事も昼だけ準備すればいいよ。」と言ってくれました。その経験もしてみたいけれど、今回はここでの経験が自分には大事と何とか困難を乗り越えていきたい。今日わかったこと住人は5人。スイス、フランス、トルコ、ブラジル。・今日は落ち込んだ1日:朝早めに登校、Valley View Apartmentを出てすぐ、急坂がありゆっくり注意深く歩いていたのに何と滑って転けてしまった。昨日の雨でぬれているのはわかっていたがどうも表面に粘土質の土があり氷の上を歩くような感触でした。これもきっとマルタ独特の地質によると思いました。「あっ!しまった!」これは後から痛みがくるぞと覚悟しましたが、やはり足首あたりに痛みがあります。12月に入り1度も走ることができず今日からApartmen周辺を走るかと思っていたところ残念!!
2012年12月05日(水) Valletta東京 マルタ:22:02日本05:02  
 KIさんと長時間の打ち合わせをしました。大雨で歩いて帰るには大変でした。今まで騒音の一つのタクシー中継場に向かいお願いしました。親切に車を呼んでくれました。700円。アパートに着くと何か騒がしい。ブラジルの若者たちが女性も交えて会話で盛り上がっていました。今はその横で黙々とパソコンに向かっています。冷蔵庫から次々とビールを出しています。とにかく多くの人が共同生活すればそれだけ我慢しなければならないことも出てきます。普通なら席を外して自分の部屋に引きこもればよいことですが、その会話の横でしっかり居座っています。とにかく今の私の住居ですから遠慮はいらぬ!こんな態度で行きます。
・新しい動きの準備:今週の週末、来週の週末に向けての準備を始めました。
・これから行動を共にするKIさん(男性):20歳台で5年間ゲームソフトの関係の仕事で力をつけてきました。一人旅でアジア各国を旅した経験があり、今の仕事からさらに大きな仕事に挑戦しようと英語を習得しようとマルタに勉強に来たと言います。目的がハッキリしている人の姿勢は違う。日本語混じりで「こんな時どう言えばいいんだ?」と言うような勉強相手がいるとありがたいなぁと思っていました。旅行も一緒にできるKIさんと有意義な時間が過ごせそうです。  
2012年12月04日(火) Valletta東京 マルタ:18:03日本02:03  
  久しぶりにシーンとした静けさの中で熟睡できました。冷蔵庫も2台、Iikerと二人だけの気楽さはなくなります。台所に洗わないでこびりついた食器もあります。今日はフランスの若者と自己紹介。若者同士はすぐ打ち解け合うことができるけれど、そうはいかない。とにかく何回も「ryo」を紹介し覚えてもらうところからスタートです。
今日はなれない台所であえて料理をして自分の存在を知らせます。
・初めてバスを使って30分離れたマルタ共和国首都Valletta(世界遺産)に行ってきました。Vallettaへのランニングコースを作ろうと今まで走ってきました。でもどこがVallettaの入り口がわからなかった。解決しました。すぐ近くまできていたことがわかりこれで頭の中ではコースができました。
・聖ヨハネ大聖堂(6€):教会内に入り一瞬立ち止まり「これは凄いわ!」とつぶやいていました。
・テストできなかった、弱点は明らか。「ryo文法very good。」とMariam teacher言ってくれたのがすくいです。ヒヤリングが全然ダメ。リーディングも時間内でギリギリ自信なし。でも何故かさわやかです。何年ぶりでしょうか、このテストのハラハラ。勉強をすれば少しでもできるようになるという手応えはあります。
2012年1 2月03日日月() Valletta東京 マルタ:08:31日本16:31 
  今日は忙しい一日になりそうです。昨日は28歳と30歳の旅慣れた日本人男性と久しぶりに日本語をしゃべりまくり、そしてこれから私がやりたいことを実行するための貴重なお話を聞くことができました。二人に共通しているのはネットを使いこなしていることです。
・新しいApartmenに無事引っ越し。Valley View Apartment。今そこで書いています。久しぶりの静かさにホットしています。一番離れの個室にあたり、一人になりたいときはさっと引き上げ、交流したいときはちょっと顔を出せばよい。閑静な住宅街で素晴らしい場所に移転できました。スイス、トルコの若者、こちらから挨拶し少ずつ接近していきます。
・重い荷物は変わらず,タクシー運転手が笹子トンネルの事故を知っていた。そして日本が大好きだと話してくれました。
・クリスマスの雰囲気;住宅街には電飾の家も少し。建物とよく似合います。
・明日はテスト とにかく頑張る。
2012年12月02日日(日) Valletta東京 マルタ:10:56日本18:56 
 Drayton Apartmentでの最後の土曜日の夜が過ぎました。真下1階部分にThe Draytonという酒場があります。昨晩も11時過ぎから人が集まりだし4時過ぎまで人の声。100メートル程離れたところにダンスも踊れる酒場、日本ではこのような大音響を出し踊れる場所は室内でしたがここではオープン。外に向けて音が響き渡ります。その周辺がダンスミュージックであふれその音が私のいるところまでズンズンと伝わってきます。とわいえ最初にこの場所でよかった。Iiker、Rojeにも会えたし何かと慣れずに授業について行くのがやっとの時、Iikerの優しさに救われました。何より歩いても20秒で通学できたのは何よりでした。そろそろ月曜日移動の荷造りをしなくては。新たな気持ちで12月年末に向け「走り」出します。 
2012年12月01日(土) Valletta東京 マルタ:20:50日本04:50 
 いよいよ12月に入りました。Iikerは早朝からパリに行きました。友人と3人で2泊の旅行です。頻繁に訪れてくる友人ともちろんルコ語でしゃべりまくっています。ときには、けんかしているのではと言う勢いです。そのIikerがこの部屋に戻るのが火曜日。私は次のアパートに移っています。12月17日Iikerは最終授業で帰国します。
 午後上の階の日本人女性が帰国のご挨拶に来てくれました。パーティーでギターを弾いて盛り上げてくれたと感謝されました。スイス、フランス、イタリア、韓国の人たちが狭い部屋に20人近く集まり、日本の歌ふるさと 乾杯を日本人みんなで歌いました。イタリアの友人が乾杯の歌が気に入って寝る前に聴いていると言うことでした。日本に帰ったらお仕事ですかとお聞きしたら「これから仕事を探します。」と言うことでした。きっとこのマルタでの生活と勉強は就職のためにプラスになると思いますが、もっとそれ以上のものがえられたのではと思います。「元気で帰国できるのが何よりですね。」とお別れしました。
 
2012年11月30日(金) Valletta東京 マルタ:20:50日本04:50  
  4週目の金曜日が来た!そしてマルタに来て1ヶ月が過ぎました。そして何とか生きている事がうれしいです。マルタは観光名所。どこに行きましたかと聞かれます、まだどこにも行っていませんと答えると驚かれます。でも私にとってこの1ヶ月はマルタで生活する人、民家、車、買い物する人、お店、文房具屋、薬局、夜の繁華街、そこで生き生きとしている人たち、近寄りがたいファッションメイクアップをして格好のよい女をアッピール人たち、注文したときの店員の応対、等々そして毎日のように走りすれ違う人、脇道に入り映画のシーンに出てくるような街角、普通の観光ではできない「観光」ができてこれだけで満足しています。しかしこれに満足せず来週あたりから少しずつ動き始めようかな。
・次のアパートはどんなところまた新しい始まりだ:昨日ecのスタッフのミキさんが新しいアパートを案内してくれました。1年近くマルタにいてこの街が気に入っていますとお話ししてくれました。ミキさんもまもなく日本に帰国。何ともいえないものがあるようです。驚いたのはミキさんが案内してくれた道は車で行った道とは全然違う方角。途中大きなスーパーもあって「通学路」としてはgood!それに高台で見晴らしが良さそうです。そして何よりマルタの典型的な住宅街で静か!
2012年11月29日(木) Valletta東京 マルタ:20:01日本04:01 
 風の強い一日でした。少し寒さを感じるようになってきましたが、まだ半袖の人もいます。今週で授業を終了して帰国をする日本人も多いようです。3ヶ月もいると去りがたいものがあるようです。本日同じアパートで帰国する人のお別れパーティがありIikerと共に招待されています。椅子・テーブルを運んだり準備を手伝いました。どんなことになるのか。
・道に迷った:コロンビアの19~22歳の青年たちに助けられた。外敵から身を守るため迷路のような街並みに歴史を感じます。似たような建物が並んでいる。一度車で案内された記憶を頼りに探し出せると自信を持っていました。でも同じ道を何度も行き来しているようだ。2回通りがかりの人、帰宅して家に入る人に尋ねました。親切に教えてくれたけれど見つからない。そんなとき明らかに学生と思われる若者の一団に会う。道に迷ったことを告げると、友達の日本人に連絡したり、ec本部に連絡したり親身になって私を取り囲み保護してくれた感じでした。その澄んだ涼しい目。コロンビアから勉強に来ている。就職するために英語が必要だから来ている。など一団のリーダーと思われる青年とお話しした。私が教師をしていた等自己紹介すると興味を示してきた。本当に有り難かった。コロンビアの青年たちの幸せを願ってお別れしました。
2012年11月28日(水) Valletta東京 マルタ:21:01日本05:01     
  昨日のパーティで張り切り遅くまで宿題をしたので起きるのが遅くなりました。この頃欠席する人が多くなってきた。欠席するいろんなパターンがあるようだ。
・ランニングも兼ねて新しいアパートに自力で言ってみようとしましたが、昨日車で行った道を記憶をたどりながら行っても見つからない。暗くなり道に迷わないうちに引き上げました。住宅街らしいお店が点在。クリーニング店を見つけました。あと床屋さんはあるのかな。
・米がうまく炊けるようになった:ほぼ確実に仕上がる手順を覚えました。でも新しいアパートの電子レンジは同じようにはいかないだろうなぁ。
2012年11月27日(火) Valletta東京 マルタ16:52日本23:52    
 今日も1日が詰まっていました。ランニングがこの2日できなかった。新しい生活を来週月曜日からスタートすることにしました。
・新しいアパートに移転を決めました。下見に行く。ハウスキーパーの方が案内してくれました。車で行きました。
・インターネットセンタ-:始めようと椅子に座ると蚊が攻撃してきた。ピシャと阻止に成功!回りの人が皆ニヤリとした顔つき。そしてすかさず黒人の管理人がよくやったとばかりティシュをくれた。蚊への思いは万国共通、言葉はいらない。
・宿題を返してくれた。「Ryo!これ自分でやったのか。」と私が翻訳ソフトを使いごまかしたのを見破ったTeacher Mariamが私の目をしっかり見ながら話してきた。文句なしに一所懸命やったから私も力を込めて「自分でやりました。」と答えました。そしたら先生はにこにこしてまくし立てるように話してきましたMariam先生の話を聴き取ることも私には困難な一つ。でもこのときは言っていることはわかった。「翻訳ソフトを使わないでやったから、よくできている。素晴らしい。」といった内容でした。皆の前でveryveryvery goodと思い切りほめてくれました。私は思わず「Thak you!」と気持ちを込めた言葉として初めて使えたように思います。本当にうれしかった。
・初めて巻き寿司を作りパーティーへ持ち込む。ギターの回りに熱狂の輪!カンパイ!こんな経験も初めてです。音楽へのノリが凄い。日本でのパーティーをイメージしていました。各国の料理が並び、それぞれの国の  続く
・日本人との交流  続く
 
2012年11月26日(月) Valletta東京 マルタ19:59日本04:59   
  さあ第4週目の始まりです。不愉快な寝覚めでした。午前1時過ぎ外の騒音で起こされしばらく眠れず、今回は人の争う声、怒鳴り泣きき声クラクションが耳元で聞こえる。道路に面していないIikerの部屋は私の部屋が防音壁になっているような位置。これで心が決まりました。部屋のチェンジをecにお願いすることにしました。朝早めに出て受付へ、それなりに英語で準備し後は寝不足の顔を見てもらえばわかるだろうと思いました。日本人スタッフがすぐにその重大さに気づきすぐ手配してくれるということで助かりました。今週中に移動できるようにするということでした。折角Iikerと気持ちを合わせてこれたのに残念。このことをIikerに話さなくてはとIikerが帰ってきたところでしっかりと顔を見て話しました。「自分の部屋とチェンジしてもいい。」といってくれました。でもecのシステムとしてこの寮の部屋を割り振っているようで個人的にはできないようになっている。そのIikerの気持ちをありがたく頂きました。・今日は初めて「あれ、もう授業終わったの。」と感じました。土日で残っていた宿題を完成、提出できた事が気分も軽くなったようだ。宿題がなかなか出せない生徒はそれだけで気が重い。わかりました。明日の宿題すぐやりました。宿題がおもしろくなってきました。
・この頃Iikerが「RYO! Are you ready!」と言うと、私がギターをもって歌うことになっている。本当にありがたい。「英語の歌はダメ、日本の歌をうたえ」という注文。Iikerはこのときは入り口のドワも開放する。このアパー全体に響かせるために。毎日騒音で悩ませられているからこのときばかりはその鬱憤晴らしもあって思い切り歌う。Iikerが拍手してくれる。これだけでもうれしいのに、今日は同じアパートに住む日本人女性が入り口まで来て聴いてくれた。これは驚きました。明日は各国の料理を持ち寄り交流するパーティがあるという。どういうことになるか、ギターをもって行くことにする。
2012年11月25日(日) Valletta東京 マルタ9:31日本17:31  
 スッキリした目覚め。マルタに来て初めて多くの夢を見ました。家族がたくさん出てきて、妻と買い物、計算機で料金を計算する等かなりハッキリしていました。そろそろ日本が恋しくなり一つのハードルになるのかな。洗濯物をベランダに出していたらパカパカの音。馬車が通り過ぎていきました。初めてです。さあ今日も頑張ろう!
・英語の勉強:自分への励まし、30年以上ぶりの英語の授業。しかも全て英語の先生。宿題もついていけない。当たり前ではないか。これでスラスラできるのがおかしい。今日は買い物以外は外出せず遅れた宿題の課題に取り組んだ。翻訳ソフトも使わず自分の頭にある英語を使い辞書をつかいやってみた。4ページの英文を書けた。明日は先生に提出できると思うと気持ちが軽くなる。コツコツと続けていこう。自分が日本語を獲得した過程を英語でもやっていけば何とかなるはずだ。
・今日も10㎞コースを走った。ランナー、ウォーカーの同じ顔に合うようになった。ラストの2㎞スピードアップしたところで思いもかけずecスタッフの二人の女性と会う。急ブレーキ。日本人と会えた、うれしいことでした。本日で174㎞、11月に200㎞以上は走りたいところ。
2012年11月24日(土) Valletta東京 マルタ16:59日本01:59 
 午前3時頃まで外の騒音がすごかった。それに油断したらまた蚊が侵入し刺されてしまい不愉快な目覚め。日本ではもうこの時期には蚊はいないと思ったけど。それにしてもクラクションがひっきりなしになり、人の話声が前の建物と響き合って耳元で聞こえるようだ。窓側でない部屋はそれほどでないという。これは我慢しないで交渉しよう。調子よいときはいいが睡眠が妨げられることは調子を崩すきっかけになってしまう。まだ先は長い。
・3週目が終わった。英語の学習に集中することを課題にした。できないことを自覚させられた1週間でした。観光は後回しでこの土日も来週に備えていろいろやることが多い。
・今週は外食が多かった。日本的な食べ物を自然と探してしまう。あったあった!チキンカレーライス 
・2週間の勉強を終えロジャーが本日スペインに帰国した。Iikerと二人で荷物を運ぶのを手伝いタクシーまで送った。短かったけれどロジャーにとって貴重な経験になったのでは。ほとんど言葉は通じなかったけれど、大きなトラブルもなく男3人毎日顔を合わせながら過ごせたと言う事実は私にとっても初体験だ。国の違い、年代の違いといろいろ感じることがあった。最後まで洗い物は後回しで、3食まめに料理をするのはよいが油だらけ。水は貴重で5リットル2.5€(252円)容器で2本買ってくるのは結構大変だIikerとはお互いになくなりそうになると補充してきたが、ロジャーは使い放題、買ってこない。なくなるのが早い。と言ったことなどは大人として気がついてほしいところだった。英語を必死に勉強しているIiker、Iikerほどではないが一所懸命の私に比べて学習意欲を感じられない。言葉の壁でロジャーの気持ちを聞くことができなかった。未来ある青年の幸福を願う!Iikerと二人の生活に戻った。ハウスキーパーのメアリーさんがロジャーの後のベッドメークに来た。そして月曜から新しい学生(ロシア)が入ることを教えてくれた。 
アルバム2012.11.23-24drayton.apartment
2012年11月23日(金) Valletta東京 マルタ16:59日本01:59 
 ちょと起きるのがきつかった。今日で授業が最後明日帰国の社会人の方とお話しするチャンスがあった。同じアパートの上ということで知り合いになり急遽、ミーティングの話となる。マルタ料理(ウサギの肉)を出す店を教えてくれて、ビールとワインで久しぶり日本語をじっくり話して飲んだ。英語のレベルが高くてやはりこれからの仕事をする上でどうしてもスキルアップが必要だという。仕事への情熱と英語をどのように学んできたか等貴重な話を聞くことができた。
2012年11月22日(木) Valletta東京 マルタ14:13日本22:13 
  非常にスッキリと目覚める。昼は真ん前の建物の工事。夜は真下が酒場。近くにタクシーの乗り場と深夜まで大きな人の声。これに慣れてきたのか生活できている。
・優しく熱心な先生:宿題提出がやっと、まだ未提出がある。苦し紛れに翻訳ソフトを使って提出したが先生に見破られてしまった。私にとっては流れる水のように速く話すMeri teacherの話を聴き取るのが大変だ。でも私の宿題に書き込みながら教えてくれた。
・若い人との接点:日本人で私のような大人は見当たらない。若い女性が多い中で自然とお話しできるようにすることはなかなか難しい。英語の勉強をどうしているのかあたりから共通の話題は作れそう。無理しないで一人で気楽でよいのだが、いろいろな情報を交流できたらスムーズにいく。
アルバム2012.11.19~22カフェチャット寿司
2012年11月21日(水) Valletta東京 マルタ06:08日本22:08
  忙しい1日でした。復習勉強もしなければ、でもこれから先のことも考えちょっと無理してでも参加しようと言うことで時間がない。でも記憶にとどめたい。忘れないためにメモ的にそして後から詳述します。
・ハウスキーパー メアリーさん:1週間に1回部屋の掃除、ベッドのシーツを替えてくれる。ちょうど1時間目が終わり30分休みがその作業をしている頃。いつもと違うベットにお願いするために寮に戻るとちょうど部屋で作業を始めようとしていました。部屋にあるギターを見て「あんたギター弾くの?」興味を示してくれました。ちょっと聴いて下さいと、弾きながら歌いました。日本語で「乾杯」。メアリーさんの目を見ながら歌いました。1番で終わろうかと思ったら聴き入ってくれている。全部歌い終わると大きな拍手と何かしゃべり始める。各国に生徒が集まるパーティ-があるからそこで歌えると教えてくれた。せっかくもってきたギターの出番もありそうだ。
・Cafe Chat:教室の学習だけでは会話はできないと毎週企画されていたようだ。少しずつそんな情報も自分で英語の掲示板を見て得ることができるようになってきた。今日は思い切って参加してみた。中央に何でも受け入れてくれそうなひげを生やした優しい顔した先生。グループごとに簡単な課題を英語で考え発表する。私のグループはトルコ人のおもしろく結構話せる人がいるのでまとめてくれた。そしてもっぱらその人が発表してくれた。そしたらいきなり私に発表しろと先生が指名。逃げようとしてもダメでした。書いたメモもなくモジモジ、トルコ人のリーダが優しくメモを見せに来るでも何を書いているのかわからない。冷や汗をかきました!でも楽しかった。
・ランニング中 「RYO」の声:サンドラ(ブラジル)が走っていた。私はちょうどスピードアップしてもう一息のところ。でもすぐ向きをかえサンドラと走りました。久しぶり楽走会の雰囲気でした。
・どうしても寿司が食べたくなった。CLUB SUSHI どのように出てくるかどういうわけかハラハラした。寿司を握っている職人は顔は日本人。でも日本語はほとんど話せない。8貫で1000円くらい。きれいな日本的な皿にきれいに並べて出てきた。「これぐらいならよし!」助かる。それに日本の「うどん」もあり文句なしで注文。「ああ美味しい!」声が出ました。もう一軒寿司日本食を見つけた。
2012年11月20日(火) Valletta19℃晴れ東京12℃マルタ06:08日本1:08
  茨城では手が凍えそうな寒さだとか。こちらはまだそれほどではありません。「地球の歩き方」という旅行案内書によると東京の最低気温が1月の5℃以下になるのにマルタが10℃くらいとある。この時期は少しでも気温が高いのがありがたい。
 昨日は早めに眠る。ランニングが少しでも入ると眠りも深く気持ちよい。学習とランニングは私にとって長期滞在に欠かせないようだ。
互いのリズムが分かってきたのでトイレを待つことは今までにない。私が一番先に「See You!」と出て行く。走って10秒はありがたい。教室には一番早くファトマ(リビア)そしてアブ(トルコ)がいる。ヤヤ(リビア)フェラス(リビア)マイク(スイス)モサ(リビア)ベロニカ(ブルガリア)ファティ(リビア)アヤ(ニホン)と耳で聞き取れた名前だけれどみんな難しい。私の名前も発音しにくいらしく、いろんな「リョウ」で呼ばれる。これでも人数が多い方。生徒の数は少なければ少ない程学習には効果的だと、今学生の立場で痛感する。
・声かけてくれた日本人:風邪で調子崩したこともあるが、勉強のためにもできるだけ日本人に会わない方がいいと日本人の輪から遠ざかっています。まだ先があるというゆとりもあります。そんな時に、掲示板を見ていたら日本人の女性に声をかけられました。「お元気ですか?」どこであったかも思い出せず「フライトが一緒でしたっけ。」なんて見当違いなことを言って笑われました。「寮で初めてお会いしました。」それでやっと思い出した。3ヶ月の滞在がもうすぐ終わるという。何か困ったことあったら声をかけてくださいと言ってくれました。若い人たちもそれぞれ目標をもってここに来ている、3ヶ月は滞在としては長い方だ。日本人同士の交流があるとまたおもしろくなるだろう。ビルギットのように若い人のつなぎ役、そして日本人のランニング仲間をつくるためにも勉強しなければならない。自分で決めたいいプッレシャーだ。
続く
・初めての宿題提出: 短い!ソニア先生にいわれました。課題は「The happiest day of my life」隣のファトマはビッチリ書いている。とにかく日本語に直して訳すという書き方だからなかなか進まない。結構みなよく書いている。宿題も毎回きっちり出されそれをしっかり先生がチェックする。宿題提出がなかなか困難な生徒になっている。でも今回短くても提出できたのは前進だと自分を励ましている。
・久しぶりに10㎞コース:10回も走るとマルタのマイコースもいろいろ見えてくる。  4人の大男が座れる両方向ベンチが5mおきにあり、いつもきれい。歩く老人に取っては助かると思う。いろんな人がホッして座り語らい、一人で読書したりいろんな過ごし方を見ることができる。
 自販機がほとんどない、一カ所あったので使ってみたが間違ってコインの返却ボタンを押しても出てこない。店員さんを呼んでもダメ。こんな時にとっさに必要な英語が出てこない。これも勉強だと思えばいいや。50¢(約60円)損をした。
2012年11月19日(月) Valletta19℃晴れ東京12℃マルタ07:49日本15:49
  昨日はマルタに来た一番遅く寝たけれど。そして久しぶり熟睡できスッキリの目覚め。咳は完全に止まり昨日から薬は止めていた。7粒もらい後3粒残して回復。でもたっぷり1週間かかった。これから寒さが厳しくなってくるから体調管理が重要だ。今日からランニングもスタートさせるけれど、体調を整える走りに徹しよう。ecの職員で日本人のミキさんに回復したことを告げると「早いですね、結構長くなっている人もいます。」と言うことでした。さあ今週は英語の基礎を徹底的に勉強しよう!と意気込んで教室に向かう。年配のトルコ人のクラスメイトと同じくらいのボリュームで声を出そう。テキストの中身も分かってきた、先週よりずっと授業に集中できた。ただやはり聞き取れない箇所が多い。皆が大声で笑っている意味が分からない。他国の人はテキストを読むのが覚束ない人が多いけれどちゃんと聴き取れているようだ。読むのは得意だが聴き取れないだから話せない。受験英語を一所懸命やり英語が得意だった。ある時期の日本人の典型かもしれない。これをどこまで聴いて話せるようになるか。私にとって大きな目標だ。
・ランニング開始:うれしいです。ところが走り始めたら雨が降り出し一部道路が水であふれている、遠出は止めて近くをぐるぐるまわった。何だあいつはと言う顔がいくつもあった。
2012年11月18日(日) Valletta20℃晴れ東京17℃マルタ11:40日本18:40 
 まだ薬を服用しているけれど、かなり回復してきました。昨日の大きなPIZZAも無事消化されたようです。私より早く起きたIikerは具合悪そうだけれど英語の音読、勉強しています。Rojerはまだ寝ています。明日からの3週目ランニング再開でスタートするため、今日も休みます。
・英語の勉強:全て英語のテキストの中身が分からず、それについてきたDVDの扱いがいまいち分からなかったけれどもIikerに教えてもらい解決。よくできているなぁと感心しました。私が中学生の頃はもっぱらNHKの基礎英語を聴いて勉強したものでした。今の英語を勉強する環境はよいけれど、逆にあまりに多くてどれを使えばよいのか迷ってしまう。日本から持ってきた自分が中学校時代に学んだ、日に焼けた文法の参考書が役に立ちそうだ。来週はマルタでの英語学習の基礎を作るつもりで徹底的に英語の復習をしてみる。若い人たちの柔らかな頭脳のようにはいかないが、中学時代一所懸命勉強したことはまだ残っている。記憶を呼び覚ます努力をすればもう少し前に進めそうだ。英語の勉強をしていて飽きないのが何よりだ。
・Rojerが部屋でアイロンをかけていた。そうかあれはアイロンをかけるための台だったのか。あまり服装にこだわらないIikerと私には必要ないかと思ったけれどワイシャツも持ってきたし、アイロンかけられれば快適になる。
Rojerは180cmを越える長身でいて体が締まっている。ec友達と昨日Vallettaに行ったときの写真を見せてくれた。なかなか格好いい。そのデジカメはソニー製、これは日本製だよと言ってもあまり分かっていないみたい。でも明るくなってきたようで安心した。
・夜9時半過ぎ ビルギットが明日帰国ということでサンドラ(ブラジル人)がビルギットとの会食に誘ってくれた。スマホがwifiしか使えない状態で、エリアによって不通。サンドラとは連絡にフェイスブックを使っていたので困ってしまう。9時頃ということで待ち合わせの店に行ったがなかなか来ない外はマルタに来て初めての寒い雨が強く降っている。何かフェイスブックに連絡があるはずだ、でもつながらない。ドコモの回線は契約を越えた使用でストップがかかったようだ。広々とした店にはお客さんは少ない。ウエイターが何度か来るが「ちょっと待って」と行ってきたが、もう帰ろうかでもせっかく来たから夕食も済ましたしと軽食とビールを頼む。軽食は300円くらいだからと思ったら、これまた量が多い。調度夕食にちょうどいいくらいだ。食べ始めてしばらくすると、三人連れがきましたきました。9時30分頃(後からwifiの使えるアパートに戻ってフェイスブックを見るとサンドラから二回にわたって連絡が入っていた。9:30に行きますと)でした。新しがいフレンドイタリア人の技術者を連れてきた。ビルギットが相変わらず猛烈にしゃべる、サンドラはよく理解しそれに答えてい。イタリア人のJackもサンドラほどではないが話に加わっている。その3人の会話を聴いているだけでもいい勉強だと集中するがやはり分からないことが多い。サンドラがスマホに人の脳の像を示しながら盛んに話している。脳の仕組みとか結構難しいことを言っているようだ。そのとき盛んに出てくるが意味の分からない単語stroke。私がちょっと待ってstrokeどんな意味と聞くと、ビルギットが私の電子辞書のキーボードを売ってくれる。stroke脳卒中。その意味が分かると何となく話していることが検討つく。本当に有り難い仲間だと思いました。外は激しい雨、すごい雷鳴も聞こえてきた、雨がおさまるまでと行っているうち12時近くになってきた。ビルギットと再会を約束して別れた。
・サンドラ(ブラジル人):話さなかったなら日本人で通じる顔。まだこれからおつきあいの中でいろいろ聞いてみたい。分かっているのは薬の関係する会社に勤めている。ブラジルからも多くの学生がきておりいつもその輪の中心にいる。Birgitと同じ家でホームステイしていた。私に気楽に話しかけてくれる。生まれをたどっていくと日本人のDNAも受け継いでいるように思われる。日本語の片言を時々口にする。そこで私の自己紹介も一通りしたがタブロイドで私のホームページを紹介しそのトップにあるFACES OF JAPANNの映像を見せると、大変興味を示してきた。 そうかぁこういうときに使える英語版。
 2012年11月17日(土) Valletta20℃曇り東京18℃マルタ09:52日本17:53
 今日は利根川楽走会83回の練習会だ。と言っても日本にいる仲間は走り終えて夕食時だと思います。私も楽走会マルタ共和国支部と称しマルタのコース20㎞走ることを楽しみにしていました。残念ながら起床9時過ぎ、まだしつこく咳が出て走れる状態ではないようです。でも夜の咳が緩和されよく眠ることができ元気が出てきました。回復したらマルタの土地に体が適応できたと考えパワーアップした毎日にできることを期待しています。
・一番先に起きたRojerもう朝食も済まして外出。洗い乾かしてある食器を全部片付け朝食を準備していた。「片付けありがとう。」の挨拶からスタート。少しずつ通じてきているのかな。昨晩はRojerと向き合って長時間話したと言っても、Rojerが一方的にしゃべり続ける。しかもほとんどスペイン語。英語らしい単語と彼の表情身振り手振りで何を話しているのか推測しようと一所懸命耳を傾ける。でも分からない。時には怖い顔で話したり、苦しそうな顔したり、表情豊かに話し続ける。楽しい話ではないようだ。Rojerはそれで気持ちが落ち着くのか?大丈夫か。この若者が心配になってきた。
・スエーデン婦人 ビルギットが昨日で最終授業2週間ホームステイの期間を終えて帰国します。68歳で日本人と比べても小柄な人だけどそのエネルギーには驚く。英語はほとんどぺらぺらでスエーデン訛りでない英語を学びに短期留学してきた。マルタには語学学校がいくつかあるがecは一番大きいようだ。その中でも私のような60歳以上は少ない。ビルギットのような女性は珍しいぐらいだ。どこにいても回りの人にしゃべりまくっている。若者も安心してビルギットの回りに集まる。昼休みはたばこを吸う若者で大賑わい。 私の英語力を知っているビルギットはで何度も「Do you understand?」と確かめながらの会話になるけれど嫌な顔せずにつきあってくれた。訪問した国は多数だけれど日本にはまだきていないという。あなたも今より英語ができると思うからスエーデンに来なさいと話す。Face book仲間になり再会を約束しての別れだ。大変よい刺激を受けた。ネットのおかげで別れが新たな始まりを感じます。ビルギットはFace book、 ipadを使いこなし楽しんでいる。ネットに強い婦人のエネルギーは男性を圧倒する。
・日差しが出てきたので洗濯2回した。もう洗濯はok。スマホのタイマーセットして時間が有効に使える。屋上があってそこに干した。そしてそこからの眺めもすばらしい。洗濯物をあまり見かけないけれどどこに干しているのかな。
・日本の友人から、マルタについてテレビで紹介していると連絡してくれました。まだ日本人は少ないけれどこれから多くなってくるのでは。ecのある先生によるとこれからがマルタで一番過ごしにくい季節だという。個人差もあると思うけれど。
・初めての夕食外食
 Iikerがよくできたピッザを買ってくるので今日はそれを食べてみようと買いに行く。しかしどうもその場所が探せない。歩き回っているうち、賑わっているレストランの前を通り過ぎようとしたが、今日はここに入ってみるかと入りました。空いている席に座ろうとしたら「NO」。広々とした店を横切るように二人席に案内された。私が店を出る頃には順番を待っている人がいて満席。私が二人席に回されたのもこれから混雑することを見越してのことだったのか?店の名前は(THE AVENUE)PIZZA PASTA GRILL が専門の店。土曜日の夜で家族ずれも多く日本のファミリーレストランと言ったところか。日本で私が必ず頼む野菜サラダも考えたがそれは止めてとにかくpizzaとビールと水を頼む。ビールも日本だと中生と言ったところか2杯目を注文したあたりでPIZZA MARGHERITAがきた。皿の大きさが違う。日本のマルゲリータと違う。できたてでチーズがたっぷりと浮かんでいる。これを無事食べ終えることができるかと言った感じで食べ始めた。ゆっくり食べないと胃袋がパニック起こしておかしくなる。無事に食べ終えたがアパートに戻り落ち着くまで横になっていた。 マルタでは普通と思われる店での食べる練習と考え、注文するとすぐにトイレはどこですかと言ってトイレに行く。気持ちよく案内してくれた。きれいなトイレでした。ところが戻ったころ私の席に老婦人二人が座っている。何も持ち物を置かないでトイレに行ったのだから、こちらの不手際と思ったが感じのよいテキパキとしたウェイトレスは「ここはこの客の席です。」と有無を言わせない調子で二人に話している。回りのお客さんもにこにこしながら成り行きを見ている。「すいません!sory!」と深く頭を下げたが二人の婦人は厳しい表情のまま席を移動してくれた。
 回りの人がどのように食べているか。何を食べているかは、観光地を見ると同じくらい、おもしろく興味深い。私のすぐ隣の老夫婦の食べるのはよく見える。婦人は肉を中心にしたこれも量が多い、ご主人はそれ以上のボリュームがありうんざりしてしまう。会計 PIZZA 6.9€ ビール2杯3.6€水ボトル2本3€ 計13.50€(1369円) 食べ物文化の違いを痛感しました。私の体が帰国後どのように変化しているのかが興味深い。血圧が上昇している気がする。
 2012年11月16日(金) Valletta21℃曇り東京16℃マルタ13:56日本21:57
 しつこい風邪が続いています。Iiker(イイカ)も苦しそうな咳をしています。学校を休まずに行くことが今週の課題のようでした。昼休みなど日本人の若い学生との情報交換にも顔を出さずに校内の施設に立ち寄って体調不良でもできることをやることにしました。小さな図書館があり職員にdepositとして10€を払い英語の本を借りることができる。そこでもインターネットにつながったパソコンが10台くらいセットされている。初めての場所だけれど皆熱心に借りている。私も1冊すぐに読めそうな初心者向けの本を借りた。そしてその同じフロアーに生徒への相談室のような部屋があり、真剣な表情がそこにあった。一人の相談者に二人で何かアドバイスをしているようだった。

英語の勉強:今日も追いつくのがやっと。復習もじっくりできないのでテキストの進み方がいまいち分からない。これはすぐに克服できる。やはり元気が出ないから積極的な発言ができない。今日は「家」がテーマでいろんな家とその中のルームの名前などを扱った。日本にはこのほかにありますかと質問されたのが分かり、そのとき説明が何とかできた。「日本の畳の部屋」これは難しい。早速インターネットGooglでtatamiと入れて紹介してくれた。先生は大変興味を持ったようだけれど、他の人は何これと言うような顔をしていた。日本のことを説明できる語学力にはまだほど遠いが目標にしたいところです。
・やっと金曜日の夜が来た。Iikerが「りょう!パーティー、パーティー」とあんなに咳していたのに明るく元気に飲みに行こうと言う。まだ不調、No Thank You。Iikerとは15日になるがその優しさが伝わってくる。Rojerも大分慣れてきたけれど相変わらず食べ終わってもすぐに後片付けをしない。狭い台所をかわるがわる使うから困ってしまう。でもいいや、Rojerの習慣で、彼なりに若いのに頑張っているとして残していたら洗うことにしました。昼から肉の大きな肉の塊を料理して部屋中煙にしている。食べ物が違うなと感じる。スーパーに行ってもまだ肉と魚は買う気がおきない。日本のようにすぐに調理しやすいようにでなくドンドンと塊が置いてある。

・風呂のない生活:そんなに不便を感じない。日本での生活より不自由になることは覚悟の上で我慢できています。トイレとシャワーが一緒。このシャワーほんとに水出るのと言った見かけだけれど今のところ、どんな時間もお湯が出ているから有り難い。IikerとJojerは朝シャワー。やはり何か物足りないのは日本の風呂がないことだ。

・今日は白米、味噌汁、サラダ、梅干しと日本食に挑戦。無洗米2kgを日本から持ってきた。電子レンジで1合炊ける特別のおもちゃのような容器を安くで日本で手に入れてきた。適当に水加減をして、強力電子レンジで時々様子を見ながらやってみた。しばらくしたらあの白米のにおいが漂ってきた。1合茶碗2杯分食べてしまった。あっさりした日本の味は私にとって最高の食べ物だ。とにかく電子レンジも加熱器具も日本よりパワーがある。
2012年11月15日(木) Valletta21℃曇り東京15℃マルタ14:23日本22:23
 ゆとりなし!今14:23、激しい雨。風で寒さを感じる。まだTシャツの人もいます。日本も寒くなってきたでしょうね。
 昨晩は薬を飲んで8時台に寝た。咳のない睡眠を期待したのにもっとも激しい咳の夜になった。Iikerがトルコ流の咳を和らげるレモン入りホット茶を飲ましてくれた。その気持ちが有り難い。未だにブロウクン英語でお互いに上達していないがお互いに限られた時間でできるだけもっと理解しあいたい。薬飲んだのに大丈夫かと少し不安になったが明け方今までになく咳が収まり学校に行く準備ができた。
 英語の授業はおもしろい。体調不調で宿題もできず「病気で宿題できなかった。」と言ったら「酒飲んでできなかったんだろう」とか冗談ととられたのかリビアの若者たちに笑われてしまった。自己紹介でランナーとか言ったからか。とにかく通じない。自分が普通に言ったつもりが笑われる。このままでは済まさないぞという気持ちが芽生えている。とにかく回復したら英語について徹底的に勉強してみようと言う気持ちになっている。図書館、インターネットでの学習とまだ立ち入っていない勉強のやり方を先生が教えてくれている。昨日電子黒板のことをを書いたがよく見るとなんとStar Board(HITACHI)とあった。日本製が活躍している。いつかそのことを話してあげたい。
中学生で学ぶ程度の文法で思い出しながらの勉強だ。次から次と関連した単語・文を板書。相当の量になる。それに「Teacher!」と言って質問も積極的だ。マルタ人のSonia先生(女性)、質問しやすい雰囲気を作ってくれる。隣のFatma(Libya(Tripoli))(女性)はいかにもまじめな学生らしくノートもきちんと取り私が時々のぞかせてもらう。 
2012年11月14日(水) Valletta21℃曇り東京18℃マルタ08:06日本16:06
 今日も体調不調のスタート。Iikerも同じように咳をし出した。Rojerは朝からぼーっとテレビを見ていて挨拶してもうかない顔をしている。流しを見ると昨日の夕食の皿がまだそのままだ。Rojerの皿は1回洗ってやったけど。自分の物は自分でやることは基本なので「すぐ洗ってくれないか。」と言うが通じたのか通じないのか首を振ったがやらない。不愉快な朝になってしまった。
授業も遅刻する人もいたり大分慣れてきた雰囲気でリラックスする人も出てきた。各教室には電子黒板がセットされ指先で先生はすらすらと書きネットでつながったパソコンと組み合わせて、どのteacherも使いこなしている。なかなか説明しにくい時はあっという間にgoogleで検索画像から様々な情報を瞬時に白板に映し出し講義している。私が歌舞伎を先月見たと言うとそれはミュージカルかとか私の英語力では説明できないとteacherがすかさず歌舞伎をネットで検索して見せてくれた。ネットをこのように利用すれば大変学習に役に立つ。日本の学校にも電子黒板が教具としてある。これからこれを使いこなした授業が当たり前になるかもしれない。 英語のレッスンは毎回全く聞きとれないかと思うと、聞き取れても意味がわからないこともある。今日は思い切って「わかりません」というと私の真ん前で丁寧な発音で説明してくれた。
 咳がなかなか止まらずエネルギーを消耗している。回りの人が不愉快だろうと言うことで、doctorに見てもらうことにした。そうしたらpharmacyに行けば見てもらえるという。早速行くと店が閉まっている。4時からオープンとあった。マルタのお店はお昼休みがあるというのはこういうことか。 再度出直した。外国の医者に診てもらうのは初めて。そちらの方も興味深かった。長身の「医者だ」という雰囲気の人が来て「come in」 私が用意していた自分の症状を話す。「熱はありますか。」と言って胸背中に聴診器を当てて、喉の痛みと 咳の薬を出すと説明。「日本から来た。」というと握手を求められた。いい感じのお医者さんで立派な名刺をいただいた。Dr.Kevin Navarro Gera (FAMILY DOCTOR)とあり24時間通じる電話番号があった。これは安心だ。でも通じても理解してもらう英語を話せなければならない。とにかく英語の勉強しなければ。
 2種類の薬を出してくれた診察料も含めて21.13€(2134円)でした。飲み方をしっかり聞きたいと若い女性の薬剤師?店員に何度も確かめる。彼女は不安を感じたらしく「ちょっと待ってください。」と言い、そして私をカウンターの中に招きコンピューターの画面を見なさいと指し示すとそこに翻訳ソフトを使って訳された日本語で書かれた薬の飲み方があった。私が「わかった!」と言うとニッコリと笑ってくれました。こういうところでもインターネットが日常的に使われている。これはこれからの勉強にも使えそうだ。安心してpharmacyを後にする。マルタに来て初めての雨、風も強かった。
 今日は買い物がたくさん。早く帰って眠たいけれど頑張った。
 アルバム2012.11.14~18ビルギットと外食ピッザ
2012年11月13日(火) Valletta22℃晴れ東京19℃マルタ08:12日本16:12

 本日も起きられず11月に入りほぼ毎日10㎞ランができていたけれど、ここでダウン。111㎞で止まりました。月に400㎞500㎞と走ることができる体は特別だと思います。少し弱きのスタートです。Iikerも調子悪そうで鼻をズウズズしている。それでいてランニングシャツ姿、窓は夜でも閉めようとしない。若いスペイン人Rojerの生活ぶりもわずか2日だけれど違いを感じる。「りょう 見ろ。」とIikerが指す方を見ると玄関入り口が泥だらけ。3人になるといろいろ出てきそうだ。今日は休みに徹することにする。授業が終わったらすぐ戻り休む。
 いやはやmosquitoから始まったトラブル。さあこれを乗り越えるのも海外長期生活にとって必要だ。今のところ自力で復活の見通しあり。今日も授業中咳がこんこん。回りの人に悪いなぁと思った。今回隣の席に歯医者さんになるため勉強中のリビアの若い女性とペアーで練習することがあったがなかなかかみあわない。1時間30分休みなしの授業が少しハードに感じた。とにかくベストコンデションでなくてはなかなかついていけない。それほど皆真剣だ。「I have a bad caugh.」一つ一つを英語で表していこう。
 Iikerが心配してくれる。熱がないかおでこを触ったり、お茶を入れてくれたりRojerも相変わらず英語を話しているつもりなのか全くわからない。時々英語の単語が出てくる。それよりまじめそうだけれど、若いのに早々と帰ってきて外に出ないのが心配だ。早々に私の連絡先を聞いてきた。ウェルカムドリンクにも行かないという。とにかくもっと会話が通じればと歯がゆい。

朝食昼食 菓子パン 日本から持ってきたカップヌードルでパワーをもらう。買い物行かずに日本からの食事を頼りにしよう。
夕食 食欲モリモリ こんな時に準備してきた日本からの非常食用白米「米姫物語」電子レンジで適当な時間でズバリつやつやの白いご飯が出てきた。これに生協から購入した即席味噌汁(乾燥タイプ) そして野菜サラダ(レタス、キューリ、タマネギ、トマト、コーン)目玉焼き、ウインナーソーセージ、焼き海苔 久しぶりの日本的食事に「ああ美味しい!」と声が出た。これで回復に向かうだろう。日本から離れて一番心配だったのが食事でした。ほとんど毎日マルタのスーパーで手に入れた物で満足できた。でもやはり日本の食事は体にしみこんでいくように体になじんでいるようだ。
アルバム2012.11.11~11.13アパート内
2012年11月12日(月) Valletta23℃晴れ東京19℃マルタ08:51日本16:51

 2週目のスタートは転けてしまった。6時起床ができず。またしてもmosquitoにやられた。それに咳が出始め一転体調不調。寝ることにしました。今日は月曜日で授業は9:30始まり。横になっていると電話が鳴った。日本からの電話で家族からでない。一瞬誰からか認識できず失礼しました。日本では大変多い名字で私の知人にも多い。なんと私が最後にお世話になった学校の先生からで教え子が私と連絡とりたいと、今ここにいるけれどと言う。有り難い貴重な国際電話。今年高校3年進路が決まったことを知らせてくれた。若者によい刺激を与えることができるかもしれない。
 スペインから来たRojerがお構いなしにスペイン語で話しかけてくる。
今日は月曜日新しいクラスで新しい先生新しく到着した生徒と勉強が始まった。
聞き耳を立てて必死に聴き取ろうとしている。何とか2時間の授業が終わりECの前は国際色豊か。圧倒的若者が多い中、気軽に話しかけてくれるブラジルの26歳の青年とスエーデンのミドルと話した。そしてゆっくりお話ししようと言うことで、私がお店を紹介。広くて静かで感じがよい。私にとっては初めての外食。OMULETTE5.95€ に日本円で600円くらい量が多くてたっぷり食べられた。これでは夕食は簡単でもイイと思った。とにかく男性も女性もボリュームたっぷりの体型の人が多いのは納得する。食べる量が違う。スエーデンのBirgitも小柄だけれどすごい食欲だ。 
スーパーに買い物、日本にある電気蚊とりがあるという。一応Pharmacyによってみた。店員さんがスーパーにあると答えてくれる。いつも行っているスーパーARCADIAを丁寧に探した。あったあった複数のメーカーから出ていた、560円くらい。これでmosquito対策ができ一安心だ。
 買い物帰り、旅行者のご婦人団体の人から道を尋ねられる。地元の人に見えたのかな。スーパーの袋を持っていたからだろう。
 今日は忙しい。夜8時からのactivityがある。遊びながらの会話の練習だ。少しでも話すチャンスを作ろうという企画だ。参加してみよう。
2012年11月11日(日) Valletta23℃晴れ東京19℃マルタ11:23日本19:23

 9時過ぎに起きる。mosquito対策のスプレイで自分ののどまでやられたようだ。蜂蜜をなめたら一瞬しみてそれから回復始めたようなきがする。Iikerが「自分のエネルギー源」だと分けてくれたのをきっかけに手に入れていた。今日も何とか行けそうだ。
 午後のランニング15㎞ 最高でした。汗のランニング姿のまま海沿いのすてきなレストランの屋外のテーブルに座る。水とビールを頼む。気持ちのよい笑顔で持ってきてくれる。回りの人を見るとボリュームのある食事からドリンクだけの人まで様々。これから利用できそうだ。日本は今頃どうだろう。屋外はもう寒いのでは。
 アパートに戻ると新しい同居者がいた。スペインからRojer28歳ほとんどスペイン語でしゃべり出す。わかるわけないでしょ。でも理解しようと相手の顔をじっと見て理解しようとする。わずかな聞き取れる英語からネットについて心配しているようだ。
いやはや共通語の英語があやふやなトルコ人スペイン人日本人が共同生活だ。
来週も勉強の毎日になりそうだ。
□英語の勉強
 Iikerとの話でトルコでは「NO Speakinng English NO Work」と言った。トルコ人が多いのもそんな理由があるからだ。考えてみれば日本人の学生が帰国してから就活ですと言っていた。英語を話せることが仕事でも要求されることが多くなっていると言うことなのか。そんな真剣なIikerの学習への姿勢を見るとこちらも真剣に学ばねばと思う。とにかく思った英語が出てこない。コツコツと一つ一つ覚えていこう、会話をする回数を多くすることだ。明日からの2週目を前に準備しよう。
□通貨について
 現金での買い物に慣れてきた。現在1€(ユーロ)=103円。1€=100円と考えていけばわかりやすい。硬貨は2€1€0.5€(50¢)20¢.10¢5¢2¢1¢
カードでスーパーでの買い物がスムーズだ。まだトラベラーズチェックは使用していない。
□朝食 味噌汁できた。日本から持参の鰹のだし、味噌、乾燥わかめ にキャベツタマネギ: あー美味しいとつぶやいていただいた。
昼 Iikerがピザを買ってくるけど、いらないかと聞いてくる、「いらない」と言ったのに私が頼んだように受け取ったIikerが買ってきてしまった。まだ本当に基本の基本が通じない。しかしピザはさすが本場の味、美味しかった。これもこれから利用できそうだ。
夕食 サラダのドレッシングが増えた。とにかく野菜が豊富なのが有り難い。そしてパンが美味しい。いろんな種類がある。来週から米も使ってみよう。日本では炊飯器でポンでできたけどそれがない。
2012年11月10日(土曜日) Valletta23℃晴れ東京19℃マルタ9:08日本17:08

 今日は休み!起きることができて元気があれば、Vallettaまでのピクニックランをしようかなと考えていましたが7時過ぎまでゆっくり眠り、ゆっくりしたいという気持ちを優先しました。うれしいことに昨日からアパートのWi-Fiが安定してサクサクと動き心強い。ECでは無料でネットが使えるしこれでアクセス方法を3通り確保できたからバッチリのネット環境といえる。(と喜んだのも束の間また不安定に)
 部屋の位置変え。電源確保を便利にするためベットを移動した。これで使い勝手のよい状態になった。
・今日の買い物は気合いが入る。まず生活をスムーズにするためにstationeryを売っている店によった。小さなハサミ、ノート、ファイルなど日本より品数はないけれど必要なものは調達できた。次にARKADIAへ。今日は野菜炒めが食べたいからそのための食材と調味料探しでじっくり時間がかかった。わからないときは店員さんに聞くと皆親切に教えてくれる。野菜穀物類が豊富、レタスキャベツなどは日本と変わらないが、キュウリ、ピーマン、ナスの巨大さには驚く。キュウリは大きいけれど美味しい。今日はsalt pepper soysauce dressinng peanut butterを手に入れた。そのコーナーに日本の海苔が売っていた。細かく探せばまだあるかもしれない。近くにこのようなスーパーがあるのは助かる。そして買い物帰りに大きなレストランにより170円の地ビール1杯飲んだ。店員は嫌な顔せずに出してくれる。回りを見るとそのように気軽に頼んでいい雰囲気だ。そこでは寿司もメニューにあったがどんな寿司か何故かこわい。でもいつか食べてみよう。
・土曜日の夜 騒がしくなってきた。Iikerも友達と連れだって出て行った。まだそんなゆとりなしだ。ギターで久しぶり大きな声で歌えた。
□ランニング 朝でない暗くなってからは初めて。外に出るとペルー人の若者が声をかけてきた。興味がある、6㎞走ったことがある等時間が合えば一緒の走りたいと言う。朝の10㎞コースは夜もなかなかいい。レストランが開放的で土曜日の夜を家族連れ、カップルが楽しんでいる。ランナーは朝より少なかった。
□朝食昼食 合同 朝食のメニューが安定してきた。バナナは毎日食べても飽きない 
夕食 野菜炒めうまくできた、とにかく電磁調理器のパワーがあるから野菜炒めにもってこいだ。味噌汁もできる見通しが出てきた。米も2kg持ってきたからこれを使えるようにすることができれば、食の楽しみが倍増する。
アルバム2012.11.08~11.10いろいろ
2012年11月9日(金曜日) Valletta23℃曇り東京19℃マルタ6:12日本14:12

 授業が始まりやっと1週目を終えました。毎日復習をしないと追いつかない。ただ
 追いつくのがやっとだけどやる気ある。チュニジアと日本の仲間が今日でおしまいだった。二人とも誠実な人。短時間だけれど別れを惜しむ。授業が終わるとわからないところ日本人に聞いて勉強しました。勉強をするぞと言う気持ちがいないと、楽しいことに引っ張られてしまうのではないかな。今日はECのネットカフェを使いプリントできないか黒人の管理人に聞く。一工夫してOK。
・りょう!コーヒー飲まないかとIikerが声をかけてくれる。明日授業がないというと
少しホットした気分。学生の時は授業、教師の時も授業、両方にとって「重たいもの」は万国共通だ。そんな気分から部屋の片隅にしっかりと荷造りされたギターを取り出す気持ちになりました。初めて異国の地でギターを響かせそして思い切り歌いました。Iikerが拍手して喜び、閉めていたドアーを開け回りにも聞かせようとしてくれました。金曜日の夜遊びに繰り出してくる人の流れ、車の音、遠くから店の音と少々音を出しても平気な環境がこのときばかりは有り難いと思いました。何故か自分の気持ちも歌いながらほぐれていくような今まで経験したことのないような気持ちになりました。このギターがあれば、頑張れそうだ。
□10㎞ランコース まず一つ完成 車も気にせず安心してしかも景観が夢のような景観。地中海の日の出を見ながらのランニング。まだマルタの観光名所は訪れていないけれど、知らない路地裏など入り込むと建物だけで見とれてしまう「世界」が広がっている。
□朝食昼食  パン ミルク オレンジジュース サラダ トマト
夕食 サラダに鮭の缶詰 コーンの缶詰を加えるた。トーストパン2枚 インスタントチキンスープを倍以上に薄めて調度よい感じ、日本では考えられない食生活をこの1週間やってきました。 毎日ミルク バター パン チーズ ワイン 日本では避けていたものも努めて食べました。それでも体調が良好なのがうれしいです。
火を使わない電子調理機も使えるようになりました。パワーがすごくてあっという間に目玉焼きができました。
2012年11月8日(木曜日) Valletta20℃曇り 東京19℃マルタ6:00日本14:00

 寝ていて飛び起きた。耳元であの嫌な蚊の羽音がしたから。もう遅かった。至る所刺され手の一部腫れている。かゆくて眠れない時間が過ぎたが日本にいたらすぐかゆみ止めと言うところだけれどしばらく時間が経ってかゆみが消え眠ることができた。いつも通り朝のランニング時間を確保できた。そして早速「I am bitten by a mosquito.」と回りの人に話す。教室でも話すと、なかなか聞き取れないがいろいろな反応が返ってきた。蚊取り線香のようなものはないらしい、supermarketかpharmacyに行けば虫さされようのスプレーが手に入りそうだ。
  昨晩はIikerがいろいろと話しかけてきた。その中でエロトフと聞こえる単語が何度も出てくる。それどんな意味か聞いてもわからない。書いてもらったらa lot of(えろとふ)。納得した。そして教室内のトルコ人もやはりこの発音で話していた。
毎日が勉強だ。それにiikerが相当の酒飲みだとわかってきた。今日でやっとマルタに来て1週間が経過する。やらねばならないことやりたいことがはっきりしているので気持ちは充実している。何より朝のランニングの気持ちよさが体調を整えてくれているようだ。きっと回りの若者が目を向けてくるはずです。
□10㎞ラン Drayton Shared Apartmen周辺の道がほとんど頭の中でつながった。少し早めに今日はスタートすると周辺をランナーが走っていた。アイコンタクトするランナーもチラホラ。観光地を見るのもおもしろいけれど、早朝のマルタの人たちの生活ぶりを見るのも大変興味深い。
□朝食 bread and butter2枚 バナナ トマト milk sausage remonnジュース 朝食をたっぷり食べるから昼食は軽くてすむ。
アルバム2012.11.07食事 
 2012年11月7日(水曜日) Valletta23℃東京21℃マルタ6:03日本14:03
 Iikerが調子悪そうだ。ぎりぎりまで寝ていたいらしく8:45分に起きるとわざわざ私に言う。45分過ぎ「ハイiikerGet Up」 まだ一緒の生活は短いけれど気持ちがわかるのがうれしい。私も努めて明るくIikerの名前をできる限り言うことにしている。Iikerも帰ってくると「RYO」と言って拍手を求めてくる。もっとお互いにい英語がうまくなればもっと楽しくなるだろう。これも英語学習の励みになっている。
□1校時9時から10時30分 2校時11時から12時30分午前みっちりの授業
 きれいな英語とユーモアあふれる先生でおもしろそうだけど、まだ聞き取れないところが多く耳を慣らしている感じ。
□毎日のようにARKADIAに行っている。今日はなんとレジに並んで自分の番に来てハッとする。財布を忘れてきてしまった。何とか英語で事情を説明して取りに帰る。あーあ。
□朝食 ハムエッグ 牛乳 バナナ 
  昼食 学校の売店でコーヒーとパン日本人の若者たちと情報交換する場になっている。ホームステイの様子など聞いた。
□夕食 インスタントラーメンを探した。初めて鍋を使った。
塩味が濃いが薄めれば日本食に近くなり「ああ、美味しい」と
久しぶり。
□ランニング 8㎞夜雨が降ったらしい。路面がぬれていた。
気持ちよし。領域がどんどん広がっていく。
 2012年11月6日(火曜日) Valletta25℃東京20℃マルタ5:28日本13:28

 ぐっすり眠れました。外の喧噪も週末よりずっと落ち着き理由がわかったので疑問解消です。語学スクールから10mというのは大変便利だ。昨日は日本人の仲間と情報交換でき周りが見えてきました。同じように歩いて20分くらいのアパアートに住んでいる若い男性は静かだけれど何もないといっていた。自炊するには最高の地の利ということがわかりました。
2日目の授業。正直ついて行くのが精一杯。ゆとりなしだ。復習勉強の時間をしっかりとらないとダメ。でも英語は好きだから何とか今のレベルを突破したい。学生に帰ったつもりで頑張ろう。幸い同室のIikerも声を出して発音の練習をするし、勉強しようという雰囲気はありがたい。
スーパーで買い物 ウエルカムディナーであったブラジル姉妹と会う。
夜9時集合。ウェルカムドリンキングがあるという。
ウェルカムドリンキングで近くのミュージックダンシングバーに案内してくれた。安全に楽しめる場所を現地のスタッフが教えてくれるのはありがたい。国籍の違う一団が繰り出し楽しい雰囲気が盛り上がる。快いビートのきいたダンスMUSICが気持ちよい。ダンスの好きな私は黒人が踊り出したので踊り出す。きっと私にダンス等似合わないだろうと思うでしょう。しかしリズムに乗ることに自信あるのです。プロではない、とにかく自分の殻から抜け出すように恥ずかしさも取っ払えばすばらしい世界が開ける。何事も同じような気がします。しかしかっこよく踊っていた黒人が私のステップをまねしようとしたり、若い異国の女性から一緒に写真を撮ってと言われたり結構見た目もかっこよかったようです。それもランニングで鍛えた足腰がダンスの動きをよく見せてくれる、回りが疲れてもばてない。NO SMOKINNGだから空気もいい。
□10㎞ランできた。だいぶ頭の中で道路が繋がり、すばらしいコースができてきた。
毎日朝起きるのが楽しみになってきた。6日目で走行距離60㎞。体調良好。日本人留学生とも顔を合わせることが多くなってきた。
・朝食 バナナ 
・昼食
 2012年11月5日(月曜日) バレッタ26℃  東京18℃
ただ今6:12 日本 14:12
 同室のIikreはランニングシャツ姿。過ごしやすい気候だ。寒くない。外の喧噪は前日ほどでない。やはり週末だからの賑わいということか。今いる町はセント・ジュリアン(St.julian’s)。旅行案内を見ると「観光地にとって地中海ならではの景観を楽しませてくれる場所だ。レストランのほかカフェ、ディスコ、、カジノまでそろい、とりわけ夜に賑わいを見せる」とある。なるほどという感じだ。
 今日は語学学校のスタート。7時30分集合で初めてのオリエンテーリングからクラス分けテストウエルカムディナーまで新しいことずくめだ。ついていけるか心配だが頑張ろう。朝のランニングは本日はできない。
 エキサイティングな1日でした。
Readinng、Writinng、Listinngのテスト、約50人の様々な国からきた人と受験
全て英語で説明、聞き取れなくて裏まで問題があるのに気がつかない、高校受験のレベル。難しい。何年ぶりの冷や汗もの、成績は発表されずクラス分けに使うのだからよかった!その後のクラス分けで皆、「難しい!」と言っていたので何とかなるか。
・スエーデンの小柄なご婦人(おばさん) 日本のおばさんの雰囲気、きっと私におじさんの雰囲気を感じたのでしょう。なぜか必ず側にいて話しまくる。会話力あるのに何を勉強するのとたどたどしく聞くと「自分のはSwedishの英語で完全な英語でない」という。いずれ向学心があり元気。若い人そしてなかなか初対面の中で場を和ませてくれる遠慮のない存在はありがたい。トヨタが日本製の車と初めて知ったようだ。日本の話をしていこう。自分もこのおばさんのように場を盛り上げる存在になりたい。そのためには勉強だ。
チュニジア ロシア トルコ ドイツ ブラジル ロシア 日本 の国籍全員で8名。
・初授業
みな私と同じくらいのレベルか、自分は英語の発音に自信があるので自己紹介は音量を上げた。全世界から英語を学びたいと集まった集団それぞれ目的は違っても前向きがうれしい 圧倒的に若い人が多いが私のようなシルバーもチラホラ、これからの交流が楽しみだ。
□朝食昼食
バナナ パンバター トマト ミルク リンゴジュース 
夕食 ウエルカムディナーに参加。
立派なジム
アルバム2012.11.05語学授業開始テスト
  2012年11月4日(日曜日) バレッタ24℃  東京18℃
ただ今午前4:49 日本 12:49
いやぁー参りました。3日目の睡眠も熟睡できたのだけれど、何事が起きたのか外から聞こえる音はこれまで以上にエスカレート。クラクションが頻繁、大音響の車、大声、酔っ払った歌、悲鳴、嬌声、ベランダに出るとすぐ前にあるタクシー乗り場に向かって人の列、マルタの道路は駐車禁止領域がなく両脇に車がびっしりと止められているから車が1台しか通れない、それでいて一方通行でないか らタクシーが前へ行け後ろへ行けとクラクションで意思表示している。午前3時4時まだ人が寝ている時間なのにお構いなしだ。前にもマンションのような建物なのに苦情がはないのかなぁ。
不思議だ。In a word(要するに)この辺はamusemen area(歓楽街)なのだ。しかしその音の大きさは普通でない。これに負けないで熟睡できているのはいい状態だと自分を励ましているけれどちょっと不安な要素だ。これから追々聞いていこう。今はIikerだけの情報でしかも言葉が通じていないから?が多い。語学学校まで10mと至近距離だから大変便利な場所は間違いない。Iikerの部屋は暗くて廊下側、私よりずっとはやくく入っているのに明るい部屋でないのはこれが理由かもしれない。憶測だけれど。
いよいよ明日から授業が始まる。トルコ人Iikreとの3日間で英語が出てこない。基本から勉強しなければと自覚と覚悟をしました。クラス分けテストもありちょっと緊張します。でもこの3日間でともあれ言葉は通じなくても、一緒のトイレ、シャワー、台所で生活できたことがうれしい。Iikerに感謝です。

今日は日曜日やる気と元気は持続している。まだ3日あたりまえだ。
□朝食昼食合同
昨日残りのイチゴ、パン菓子パン4 チーズ、ベジタブルスープ、リンゴジュース、ミルク 25㎞のランの後なので全て美味しい。
夕食 今日もスーパーARKADIAにいった。布巾、ラップ、ペーパータオル、今日はトマトコーナーで驚いた。前回と違ってもぎたての新鮮トマトが並んでいた。ありがたい。野菜も豊富。
本日メニュー
ハム入りスクランブル卵  サラダ(レタス、トマト、タマネギ、パプリカ)
スープ ワイン パン  自分で味付けた汁物を作りたい
□今日のラン 25㎞ 6:23発 日曜だからかそして久しぶりのロングランで多くの ランナー出ていた。首都Vallettaに向けて走る。海岸沿いの遊歩道が気持ちよい。夢のような絶景を見ながらのラン。ランニングをしてきたからこんな喜びがある。
車で通り過ぎる観光では見えないところがいっぱい目に入る。今日は写真を撮らないでのラン。トンネルの中を走ったり所々に危険箇所がある。このコースを安全に走れるコース作りをしたい。
アルバム2012.11.04スマバレッタへ 2012.11.04スーパーARKADIA
  2012年11月3日(土曜日) バレッタ23℃  東京17℃
 前4時前に起床。I had a good night’s rest.
2日目の睡眠 熟睡できた。ただ金曜の深夜から今早朝まで外が騒がしい。大声で歌う人がいたり酔っ払いとはちょっと違うようだし?若者だけでなくおじさんおばさんの声も響いている。車の行き交う音、クラクションがやたらと響く。ここだけのことなのか、これからいずれわかるだろう。驚いた、同室のIikerがこの時間に帰ってきた。朝帰りだ。どこ行っていたのと聞くといろいろ説明してくれたがほとんどわからない。ただベランダに来いと人の流れをみて説明してくれた。
金曜の夜の催しものがあるらしい。日本人もいる。 小さいけど明るい店の前に人がたまっている「何の店だ」と聞くとタクシーだと言う。うるさい訳が少しずつわかってきたが,まだ鮮明でない。言葉が通じないことがもどかしいが、日本とは全然違う習慣で動いているマルタの生活が楽しくなりそうだ。 Iikerが冷蔵庫から500ccのビールを取り出し差し出して乾杯しようというつもりか。いやーさすがに断った。午前5時台でビール飲んだらおかしくなる。それより走って食べたい。昨日はトルコ風目玉焼きを作ってくれて大変友好的でいい人は間違いないが、食べ物、からだの違いは歴然としている。私の好きな日本のカリントウすすめたが、一つだけ食べてNo Thank You 。私はIikerが差し出すビスケットおかわりOK。これから長いつきあい基本的なことに関してはYES、NOをはっきりさせていこう。

突然、停電(a blackout)起きてきた Iikerに停電の説明したけれど通じず。ほとんど英語のレベルの同じもの同士という感じでこれが大変。めげずに何でも話しかけよう。

そしてその後自室でのWiFiでネットがさくさくと動きこれもうれしくなった。近くのネットカフェにノートを持ち込んでできるけれど。喜んでいるのもつかの間またつながらなくなる。どうも自分のパソコンに問題があるのではなさそうだ。これはここのネット担当の専門家に聞くしかない。

洗濯機の仕組みがようやくわかってきた。日本だとポンポンポンでできるのに、でも今日は屋上(rooftop)の太陽が輝くところに干すことができた。毎日のように洗濯しないとだめなので、洗濯機を使えるようになったことで見通しが明るくなった。少しずつ長期滞在の環境を整えていこう。

買い物:ARKADIA FOODSTORE(2012.11.02maruta)2回目 本格的に買い込む。両手にぶら下げて寮まで。
ハム、レタス、ミニトマト、イチゴ、タマネギ、野菜セット、チーズ(日本ではほとんど食べないが)ワイン等31.89ユーロ日本円3292円 日本でヤオコーとかに買い物が身についているのでだいたい検討つく、店員さんとも顔見知りになり、もう少し英語もレベルアップすればより楽しくなりそうだ。とにかく大きな体が標準だから1個の量が大きい。

□今日もできた11㎞ラン
 寮の周りを何度も回りだいぶ道のつながりがわかってきた。そしていよいよ海岸線にでた。これは言葉で表せないすばらしいコースができる。ランニングすることが本当に旅行を何倍も楽しませてくれる。土曜日だからかランナーウオーカーも多いが今のところウォーカーが多いようだ。皆気持ちよさそうだけれど、巨体の人が多く楽しむと言うより走らなければという感じかな。
□食事
3日の朝食 昼なし バナナ ロールパン3個 バター チョコレートパン1個
リンゴジュース トマト夕食
 昨日はIikerに目玉焼きを作ってくれたから今日は自分が日本風サラダ、イチゴ(数が多い)、そしてワインを用意した。Iikerはミニトマトはダメ、イチゴも嫌いのようで1個だけ食べておしまい。でもサラダthank youと言ってくれた。
 パン ツナ チキンスープ(味が濃い) マヨネーズは使える。これで日本で作っていたサラダは作れた。包丁が恐ろしく切れないけどタマネギを千切りできた。
アルバム2012.11.03スマホ早朝ランニング
2012年11月2日(金曜日)
現在午前5時13分(日本時間13:13)まだ外は真っ暗です。昨日は時間差から24時間以上の1日でした。旅の疲れと緊張から解放されてのDrayton Shared Apartmentでの初めての睡眠でしたが熟睡できました。ただウイークデイなのに深夜まで大声でお話する若者の声が響き何事かと思いました。don’t worry about itなど聞き取れましたので、これも勉強だと思うと気にならなくなりました。(もうトルコ人のIikerは起きて英語の勉強を始めた、農業技術者で仕事のために英語の必要性からきているという。まじめそうで私が父親に当たる年齢)外食に頼らないため初めてスーパーで買い物をした。豊富な品物がそろっている並べ方も比較的にきれいだ。トマトが好きでトマトが沢山あったので買おうと手にとって驚いた日本の店では廃棄されるようなものばかり、それでも食べたいからその中から少しでもよいものを選んだ。パンも買おうと店員さんに「パンはどこですか?」と聞いても首をかしげる何度も「パン、パン」と言っても不思議そう。あっそうだパンは日本語で「bread」だと思いだした。いかにもアラブ系の顔立ちの若い女性がニッコリとして、パン売り場に連れて行ってくれました。さすがパンは豊富だが、日本の6切りとかがなかった。カード払いOK。買い物袋  ユーロ。
目が合ったお年寄りに「日本から来た」というと驚いて「日本は大きい」と言った?
ここで辞書勉強 パン(食べ物)〔ポルトガル語pao〕bread
11㎞ラン 6時スタート 朝の散歩猟犬のような犬 キャンキャン  カタツムリ 地中海 でこぼこ道 砂浜少ない 犬の糞

□朝食昼食合同 
近くのCaffe Portomaso   
水     1.85€
コーヒー  1.65 €
エッグサンド4.40€
Greek Salada 8.95€
夕食  Iiker作 トルコ風目玉焼き と 私は スーパーで買ったクリームベジタブルスープ
アルバム2012.11.02marutaマルタのスーパー
2012年11月1日(木曜日)
いよいよ旅たつ時がきた
超重い旅行鞄、ケースが重いギター、リュックを背負い貴重品の入ったウエストポーチゆとりのない格好だ東京国際空港まで優しい弟が助けてくれた。そし二人の娘と友人が見送りにきてくれた。そして友人が 梅干しの差し入れをしてくれた。23kg制限で31kg 合計でなくて2個それぞれ23kgまでは無料。超過料金3000円
羽田~フランクフルト 9371㎞ 11時間37分
・機内で偶然見た映画
「あなたへ」 今回の自分の旅と重なる、高倉健 田中裕子 主演 53歳で妻を失いその遺志「故郷の海に散骨して」を遂げようとする高倉健演ずる刑務官。言葉少なな演技が身にしみる。ビートたけし演ずる旅人「放浪と旅の違いは帰るところがあるのが旅ですよ、帰るところを作ればいいんです。」印象深い言葉だ。
自室机上に妻の写真を置いた。落ち着く。妻と二人分の旅だと思うと少々の困難は乗り越えられそうだ。
・機内朝食が楽しみだった。工夫されている。
・巨大なフランクフルト空港・美味しいコーヒー 無料
不規則な1日、覚悟して機内食など出されたものは食べるようにした。でもフランクフルトでは持参のおにぎりが食べたくなった。梅干しがないおにぎりでした。羽田に見送りに来てくれた友人が梅干しを差し入れくれていました。周りをはばからず梅干しとおにぎり交互に食べました。ありがたかったです。友人の気遣いに感謝!
アルバム2012.11.01羽田フランクフルトマルタへ
フランクフルト~マルタ   約2時間20分
搭乗口が2度変更、こんなこともあるのだといい経験だ。英語でのアナウンスで告知されていると思うのだが聴き取れない。一つ一つ確かめながらのフライト。この緊張感を楽しもう。
・日本人はいないかとぐると見渡すと目があいましたルクセンブルクに1年留学してフランス語を学んでいるという。マルタにいる友人と会うためマルタへ。ヨーロッパの人たちの観光地になっているようだ。
・隣の席のスイス人ファミリー 感じよい。隣の子供は夢中にアニメを動画で見ている。タブレットを与えられている。
・出迎えは旅行関係の業者さん、みんなにこにこしている。私が目当ての人はどこかと探すが、無愛想なお年寄りと目が合った。元気よく挨拶したが面倒くさそうな顔若い人が溌剌と迎えてくれるのだろうと自分で勝手に決めていただけだ。こんな場合もあると、めげずに話しかける、お客さんは私一人だという。ごつい車に乗る前、記念写真をとってくれと要求すると何とかとってくれた。日本と同じ車線だけれどスピード出すは荒っぽい運転。回りの車の流れを見てもちょっと危ない。国際運転免許証をとり、車での移動もできる準備はしたけれど十分に慣れてからだと思った。
・鍵が開かない運転手の仕事はアパートに入る鍵を開ける所までらしい。カード式の鍵が開かない。すぐ近くの本部に何かしら相談に行った。そして帰ってきてセンサーにかざして開ける。見た感じは,これ大丈夫かなと言ったカードだけれど使えるようだ。部屋まで誰か案内してくれるかと思ったら、誰も来ない。しかも部屋の番号もわからない。
・真っ暗なエントランス エレベーターは2階からあるという。重い荷物を一人であげるのか、これは大変な所にきたのかな?一瞬不安がよぎる。スタッフの若い日本人女性が現れ手伝ってくれた。「私は柔道部でしたから」と可愛い顔で力持ち。手伝ってもらい,何とか自分の部屋に入ることができた。
・トルコの人 鍵を開けると手前と奥に2つの部屋。その一つにもうすでに入居者がいた。部屋には鍵がありプライベートルームは確保されているけれど、台所、トイレとシャワー 食べる場所は共通。ようするに毎日顔を合わせて生活するのだ。
・ここまで順調と思ったらない!失敗。あの出迎えられた時だ!
eチケットともう使い終えた搭乗券が紛失。(一瞬帰れなくなるのでは?)マルタまで無事に到着したのにがっかりだ。ここでeチケットは再プリントすれば使えることを学ぶ。パスポートさえあればチェックインはok。
・電源順調
・インターネット環境が不安定、今回の旅行での大きな目標の一つが海外からホームページを更新すること。そのために日本語入力できるノートパソコンを持ってきた。だから気になって,まずチェックしたことだ。 WiFiがつながるとサクサクと距離を感じさせない。しかし繋がらない,近くのecネットを頼りにしよう。
・11月1日の夕食 レストランに入るゆとりなし。そして自炊をする!を目標にしているので持っているもので何とかした。
カップヌードル,かりんとう,トマト,バナナ(露天で買う)おつりも適当,バナナが美味しくない おにぎり1個残っていたがちょっとおかしいから止める。
こんな食事をしていては続かない。とにかくあるものを口に入れ落ち着く。
アルバム 2012.10.31亮マルタへ