東南アジア大旅行 
一人旅  
2018年(平成30年)
1月8日(月)~1月30日(火)

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 東南アジアは私の中では
戦火で大変なエリアだったという
イメージが強い。
 1975年4月30日のサイゴン陥落によってベトナム戦争が集結したときには26歳だった。反戦運動といえば「ベトナム戦争反対!」を叫んでいた。アメリカ軍が毎日のように爆撃を繰り返し果てには枯れ葉剤を使用という残酷な戦争が続いた。そして今もその後遺症で苦しい思いをしている人達がいる。今や人気の観光地として多くの日本人も訪問している。
ベトナムそして平和な東南アジアをしっかり確かめたい。


サイゴン動植物園
【旅を終えて】
 無事に旅を終えることができてよかった。友人から「・・・千の風裕子さんと楽しんで来て下さい。」のメッセージをいただきました。一人旅が始まったのは千の風になった人がいるからだ。
 今回は多くのことを学びました。何より上のサイゴンの動物園の写真が象徴してくれています。「サイゴン陥落」をしっかり記憶に刻んでいた戦争のイメージがきれいに平和な象徴に塗り替えられたことです。そこで活躍する友人の存在がより強くベトナムを印象づけてくれました。もうこれだけでこの旅は十分満足できるものです。それにカンボジアで待ち合わせして友人と観光を共にできたこと,これも大きいことです。
 東南アジアの観光地に多くの欧米人が来ていることに驚きました。動物園で全く人類と違う動物を見ましたが檻の中から動物たちは多様な人類(ホモサピエンス)を見ているのではないかと思いました。いろんな顔に出会いました。みんな元は一緒と考えると楽しい気持ちになります。
 全く言葉が通じない経験も大きっかった。英語なら単語を手がかりになんとか通じる。しかし全く分からない。全く違う言葉を話しながら見つめ合うこともあった。

【反省】
・予算面:ざっくりと5カ国訪問23日の旅程で予算内ですんだ。まだまだ工夫すれば安くできる。ただ今回3,000円以下のゲストハウス探しで大変なことに。安ければよいというものではないことを銘記しよう。
・持ち物と管理
必要書類の精選,書き物(小さいノート)が大変役に立った。必需品だ。タクシーの予約など絶対に間違ってはいけないことを頼むとき大きな字で書き相手に確認できた。
パスポート,財布など重要な物の管理を完璧に。ホテルの金庫を使う扱いが簡単でこれは使える ホテル内でも細心の注意をしよう
・台湾で早々にデジタリカメラを手元から落とし撮影不能に。近くの電気屋でSDカードを変えたりして回復を試みたけれどダメだった。スマホのカメラを頼りにしたけれど結果的には良かった。スマホのカメラの性能はデジカメを凌ぐ。今回自撮り棒を採用。自分をとるだけでなく撮影するときにいろいろ使えることがわかった。必需品になりそうだ。
・スマホで撮影した写真を大量にその場でクラウドにアップロードできる。パソコンでの処理でなくてできてしまう。
・損害保険にカメラの破損を伝え補償ができないか電話。なんと即修理の対応をしてくれた。リペアーサービスセンターから送られてきた簡単な書類と破損したカメラを送られてきた梱包材で包み宅配が取りに来てくれるというサービスだ。これはありがたい。
・通信関係:ホテルのwifiはすべて感度良好。ストレスなく使えた。外出時のレンタルルーターも不安定な所もあったけれど利用できた。繋がらないトラブルにすぐに電話。アフターケアがしっかりしていることも確認できた。とにかく何かあった場合のことを常に頭に入れ連絡先など必ず事前のチェック登録をしよう。
・行動面 全く言葉が通じない人との交流も何とかしたけれども,グーグルの翻訳ツールをもっと使いこなそう。タイではこれを利用して自分と会話をしようとした女性もいた。全く善意の方へのお礼を考えておこう。日本的な気の利いたグッズはないか。
・基本は事前学習学習なしで楽しめる旅を目指しているけれども,そのための事前の知識を整理しておこう。
・食事が後半きつくなってきた。油濃くて香辛料がきいていてウンザリしてきた。そのときのための日本食の(インスタントカレー,味噌汁等)準備も考えよう
・健康面:大きく体調を崩すことはなかった。蚊への対策も完璧だった。 ランニングがほとんどできなかったことがきつい。 
2018年1月30日(火) 帰国
・まだクアラルンプールは明るいだろうなという時刻,日本は真っ暗だった。やっと懐かしい自宅に帰ることができた。家のまわりにまだ雪が少し残っていた。
あぁよかった!一休みしてまたがんばろう!

・予定時刻より早く成田空港に着陸した。今回も多くの飛行機に乗った。どの国の飛行機も格安と言われる飛行機もあれだけ多くの人を乗せて毎日運行しているかと思うと凄いことだと思った。

・ANAのカウンターがすぐに見つかった。ほんとうに安心する。職員はもちろん現地の人だけれど日本的な雰囲気を感じる。空港のチェックカウンターはおもしろい。その国独特の雰囲気を感じる。そして出国手続きと荷物検査無事通過。

・運転手と握手をして別れる。5:30分前に到着した。巨大な空港にはもうすでに多くの人が集まっていた。クアラルンプールから日本に直行便がでている。照明をたっぷり使った装飾品,鞄,貴金属などのきらびやかな店が軒を連ねている。全く自分には縁がないお店だけれどお客さんがいるのかなと心配になってしまう。きっとこういう所しか利用しない人達がいるのだろう。

・帰国を前に興奮して眠れなかった。タクシーが時刻通りにくるか一番心配だった。まだ真っ暗。時刻通りにきてくれた。空港まで58kmとマップでは示している。渋滞もなくかなりのスピードでとばす。途中衝突事故があったのか運転手が声をかけてくる。とにかく安全に頼むよ!
アルバム㉔2018.01.30
日本 
KUL8:00-NRT15:40
2018年1月29日(月)
・今日は帰国を前に最後の夜。これまでの無事と暑い中でのランニングの後はビールで乾杯だ!ところがビールを出してくれるお店が今日は休みだった。(月曜日だからか)これにはがっくりした。諦めずに店を探した!ビールを出してくれる店なし。缶ビール1本で満足するのに!ピザセットといってペプシコーラのついたピザをホテルに持ち帰り「乾杯!」トホホ。

・明日は4:30ホテル発でタクシーを予約
・日本では自宅を1歩出れば快適なランニングの道があった。今回の旅でランニングができることが貴重なことだと改めて認識した。久しぶりのラン,ワクワクする。滞在しているホテルからスタートすることにした。できるだけ道を横切らないで走りやすい道を選んで走る。横に入る道があったら入る。という条件をつけてのラン。引き返したり横道があったけれど入る気がしないくらいゴミが散乱しているところもあった。そしていつの間にか緑の多い公園に導かれた。人がいない掃除をしているおばさんがいた。安心して走ることができた。走行距離12.1km 気温30度以上の中よく頑張れた。

・目覚めがスッキリ!トラブル解決の精神的影響は大きい。やる気にまでつながる。自分の今までの行動に自分が不信感を持っていては自信をもって前に進めない。今日はこの旅で2回目のロングのランを試みることにした。日本に帰ってからの生活につなげたい。ランニング仲間の寒さに抗した練習のようすが伝えられている。明日6時間あまりのフライト後の寒さ対策を考えての荷物整理をしなければならない。
アルバム㉓2018.01.29
2018年1月28日(日)
・狭い部屋のどこを探してもない!フォークがないかなとふと普通はホテルの引き出しなど使わないけど開けてみた!!!!!
何とそこに忽然となくなったと思っていたものがきちんと並べられて全てあったのだ!あの晩疲れ果てホテルに入り狭い部屋でなんとか整理しようとこの引き出しを使ったことを完全に忘れていた!自分の愚かさを恥じそして心の底からの喜びがあふれてきた!あった!あった!あった!すべてのことが解決した。これで明日スッキリとして最後のマレーシアの1日を過ごすことができる。

・確かプラスチックのフォークを捨てないでとっておいたよなとゴソゴソ探し始める。とにかくこのビジネスホテルの部屋は見事にまで狭い。スーツケースを広げたらドアが開かなくなる。シャワーが出てゆっくり眠れるから幻の宿泊施設で困り果ていたところ救ってくれたから文句なしだ。スタッフも感じがよくここでよかったと思うがここに宿泊してから忽然と複数の大事なものが見当たらないことに気がついた。これがショックでドウしようかと朝から頭から離れないことだった。今日は日本のカード会社に電話しストップをかけた。とにかくここまで無事にきた。あの幻のホテル探しで調子が狂ってしまった。大雨の中運転手でなく自分が車の外に出て探すようなこともした。隙だらけの状態と自分がパニックった結果思わぬところでものをなくしたに違いない。幸いパスポートは金庫にある。憂鬱な気持ちを振り切り命があるからイイヤと何とか居直って最後気を引き締めようと奮い立たせていた。でもどうして?と諦められない気持ちが顔を出してくる。

・昼日本食をしっかり食べたので今日の夕食はこちらのコンビニで売っていたカップ麺と菓子パン,牛乳。カップ麺を食べるためにフォークがほしい。

・日本食へ惹かれていく。もうからだは日本食を求めている。今回はその国の料理にこだわるなんていっていたけどダメでした。昨日もそして今日の昼は「いらっしゃいませ。」とやはりちょっと違ったアクセントで大きな声で挨拶してくれるきれいな店で食べた。
冷や奴,サラダ,シシャモ,カツカレーとこんなのもあるのとうれしくなり注文する。ビールは日本の生ビールはなくて350ml缶かビンでグラスに入れる。大好きな冷や奴,ウーン違うんだよな。シシャモ確かにシシャモだけどこれじゃないよな。ダメだよな。こんな食べ方をしたらと思いつつ早く日本の食事が食べたいとからだが要求している。

・乗り物から降ろされたところから本格的なサイエンスの始まりだった。これがおもしろい!おもしろい!要所要所にボランティアの若い人がいて説明してくれる。その中で特に熱心に説明してくれた方。ヒジャブをつけた大学生で将来理科の先生になりたいという。私は34年間東京で中学校理科教師をやっていたんですよというと大変興味を示し質問してきた。未来のある若い人との会話は楽しい!日本に来たら是非国立科学博物館に来て下さいと言って別れた。フェイスブック友達になった。

・日本の国立科学博物館とどう違うのか。大変興味深い。驚いたチケットを渡すとヒジャブをした係の女性が遊園地の乗り物のようなものに乗るように促した。何これ!座ると少しずつゆっくり真っ暗なトンネルのような中へ動き始め音楽も流れて何やら説明始めた。

・中は広く世界有数のお店が並んでいた。日本の紀伊國屋,伊勢丹のマークもあった。展望もできるとあるがもうチケットも完売しているというけれどその入り口までいってみようと思った。まずは上がれるところまで上がった。4階に出てそこは何かのイベントの入り口のようだった。その係員にタワーの展望の入り口はどこですかと聞くと教えてくれた。しかしここは何するところか聞いたら何とサイエンスミュージアム(ペトロサイエンスPetrosainsだという。エッこんなところに!迷うことなくここに入ることにした。65歳以上半額で15リンギット(420円)という。ありがたい。

・KL SENTRALlがまず乗り換えの駅になる。この駅はまさにクアラルンプール(KL)の中心の駅だ。そこまでも昨日より近道で行くことができた。次の乗り換えもスムーズにできてKLCC駅に到着。時間が早いのでそんなに混雑がなかった。地上に出た!もうそこから見上げるとツインタワーが見えた。「これは凄いやぁ!!」と独り言を言っていた。今日1日はこの建物の中を歩き回ることにしよう。

・電車網がしっかりしているのでこれを頭に入れて移動すれば確実だ。
・昨日の経験がさっそく役に立つ。MRTの駅まで歩いても1kmくらいだから歩いてもそんなに苦にならないが,できたら酷暑の中ここは時間と労力を使いたくないなぁと思っていた。自分がホテルから歩き始めるとちょうどバス809番がきた。昨日乗れなかったけどいいタイミングで乗ることができた。日曜日だから?乗客は3人くらい,きれいで立派なバスだ。運賃は一律料金1リンギッド(28円)。前乗りで運転席に設置された払い込み機にお札を入れればよい。運転手もいい感じでこれでバスに乗ることもできるようになった。

・日の出が遅い7時過ぎてもまだ暗い,日の入りが遅い7時過ぎても明るい 1年中あまり変わらない。赤道近くだから。日本に季節の変化がはっきりしていることを理科の授業で教えてきたけれど,赤道近くの地球の日の出日の入りの体験は初めてだ!なるほど説明したとおりになっている。当たりまえだけれど感心した。

・さあ今日は少し早く起きることができた。チラッと朝食前に走るかと思ったけれど止めた。今日はマレーシアで有名な観光地ペトロナスツインタワー(1998年年に完成ス他452mの高層建築にバスと電車をを乗り継いで行くことに集中することにした。
アルバム㉒2018.01.28
2018年1月27日(土)
・昨日タクシーの運転手と見つけられなかったナゾの宿舎があると思われる場所。名称だけでなく登録されている住所も確認した。しかしその場所は多くの飲食店などが集まったエリアで宿泊施設のようなものは見当たらなかった。奥深い裏側,3階まで見たがなかった。その公表されているホテルの門らしいものはその飲食店などが集まった場所の入り口と同じ。確かにあった。隣にセブンイレブンが写っている。

・電車は待ち合わせのため途中で止まったりで時間がかかった。動物園行きは無理だ,観光地のツインタワーのあるところも無理ということで引き返すことにした。帰りのチケットを買おうとウロウロしていたらビジャブをかぶった若い女性が話しかけてくれた。正面からビジャブをかぶった女性とのわずかな会話だったけれどきれいな目と清楚な服装が凄く印象的だった。暑いだろうに多くの女性達の服装が雰囲気をリードしているのかな。していない女性もいて皆が認めあって生きているのだろうなと想像した。デジャブをかぶったハッとするような美人ともすれ違った。

クアラルンプール(Kuala Lumpur)駅で降りた。マレーシアの首都はクアラルンプールだ。日本の首都東京にも東京駅があるように。

・自動運転の電車 時刻もほぼ正確

・電車のチケットの買い方の練習が結構おもしろい。日本ではスイカでスイスイが日常的なのでこちらの自動販売機になれるには少し時間がかかった。お客さんの少ない時間帯だから自分が納得いくまでやれる。よしもうこれで電車に乗ることができる!広々としていてきれい。車内は広くきれい,クーラーの効きもいい。車内はほんとうにマレーシアの国を作っている人達を象徴するかのようにいろんな顔があった。

・動物園がいくつかあるが電車バスを使わないと行くことができない。ちょうど電車に乗る練習も兼ねて行くことにした。スタート時間が遅いので暗くならないうちに戻ることを心がけた。Mutiara DamansaraというMRTの駅に向けて歩き始めた。汗が自然と出てくる暑さだ。マレーシアの高層建築物は有名だけれど普通に見える景色に大きくおもしろいデザインの建物が多い。ここはまだ中心ではないけれど凄い。途中にセブンイレブンによって肉まん?を売っていたので暑いのに食べたくなり買ってみた。残念ながら日本のあの肉まんの味とは違って途中食べることが苦痛になった。

・とにかく周辺は自動車優先のエリア。交差点も自動車が走りやすいようにできている。歩行者が渡るにはちょっと気を遣う。でも今まで経験してきた国よりずっと楽だ信号がついていて守られている。自動車が圧倒的でバイクが少ない。

・ぐっすり眠れたと言えない目覚めだった。昨日のことは引きずらずマレーシアの色んな「「顔」を見よう!朝食を出してくれるということで助かった。食パン2切れ,目玉焼き,ソーセージ2個とあまい豆,コーヒー。いつもの通り宿泊場所の周辺を念入りに観光することが楽しみだ。そのついでに今日はまず現金調達にATMを探さなければならない。今日は土曜日だけどこちらではATMどうなっているか。いくつかのATMの場所があったが一つ目は見つからず,二つ目はcityバンクと書かれた建物。一人の人が出てきたので入り口が分かった。入るとずらっとATM機が並んでいる。そして制服を着た警備員が常駐していた。これは安心だ。やり方もそばに来て教えてくれた。
アルバム㉑2018.01.27
2018年1月26日(金)

☆今日はほんとうに疲れた 何度も危険な状況があったけれど何とか無事でよかった!
少しひと息入れて最後のマレーシアをジックリ見てみよう。もう寝る。

・セブンイレブン  ヒジャブ(スカーフ)をした若い店員さんに「セブンイレブンはメイドインJapan」ですよというと「知らなかった」

・しかし気持ちは収まらない。タクシー運転手も見つからない宿泊先に料金を払っている
エクスペディアに電話して詳しいいきさつを話す 全額返金 クレジットカードの番号を知らせる このような対応がうれしい 今回もフライト 宿泊先とすべてエクスペディアを使った 何かあったときの海外からのアクセスにも対応してくれた これは大きい

・フロントの男性が朝食は「7時~11時ま」 セブンイレブンですね 

・その宿泊先はビジネスホテルでフロントの人が暖かかった。お客さんがいたので飛びこみの客はお断りではとハラハラ 一部屋あった価格も何とかいける ああ救われた!

・運転手にこの近くで泊まれる場所で降ろしてよ!という 別れ際に「大変な時間を使った,マネー」と請求してきたが「No!」それはないだろう  いい人だと思う 黙って去った 

・ヘトヘト この先どうなるか途方に暮れる 運転手も一生懸命やってくれたがもう限界のようだ 大雨の中荷物を降ろすのではと

・運転手が宿泊先に電話 場所はどこなのかを聞けばよいのにこちらに電話をよこす   貴方の予約はないという 違うだろう

・エクスペディアに連絡

・ところが近くに来て目的地付近にいることは確かだが見つからない。宿泊先は日本円で3000円以下なのでちょっと心配していたけれど タクシーを降りて自分が通行人に場所を尋ねる これってないよな

・幹線沿いに順調に目的地に接近していることをスマホでチェック 少し安心

・大雨先が見えないくらいだ

・出口までが遠い タクシーカウンターでチケット購入 60kmくらいあるけど85.8リンギッド日本円で2380円くらい  運転手に行き先を告げるがはっきりしない スマホで場所を示すとだいたいを把握したようだ。

・巨大なクアラルンプル空港

・機内にいるときから感度良好wifi 助かる

・機内の飲み物も有料 でも安定した飛行無事着陸が最大のサービスだ

・もうこれで人生終了かと飛行機に乗るたびに思う エアアジア インドネシアで事故全員死亡は記憶にある

・やっとボーディング

・手荷物検査 小さな鼻毛切りはさみが没収 今までパスしてきたのに

・出国検査で別室へ 大丈夫ですよと係官 何故

・手荷物料金も取られた

・エアーアジア格安航空で有名な航空会社だ。チェックインの行列がもうすでにできていた。どこが最後尾なのか,係員に確かめてその列に入った。この頃からヒジャブ(スカーフ)をつけた女性が目立ってきた。とにかく2時間前でもユトリがないくらい空港は混雑していた。

さぁ国から国への移動は緊張する。7時発のため5:45には準備に取りかかる。お陰で7時前にホテルを出ることができた。ところが渋滞で進まない今日の運転手は黙っているのになぜか落ち着いたいい雰囲気だ。スマホを使いこなしているようで運転中もハンドルの横にしっかり固定されたスマホの操作をしている。途中遅い車に猛然とパッシング,おいおいという場面があったけれど丁寧に荷物を出してくれた。・

通貨
アルバム⑳2018.01.26
 
マレーシア 首都:クアラルンプール 人口: 29.72 百万 (2013) 北緯
DMK10:45-KUL13:15 
2018年1月25日(木)
アナンタサマーコム殿 要所要所に白い制服の軍人が警備に立っている。自分が近くにいても微動だにしない。ところが特定の車が通ると剣をつけた銃を動かし敬礼のつもりらしい。日本でいえば皇居のような場所なのか。これはこれから調べてみよう。素晴らしい建物と儀礼兵が印象的だ。きっと有名な場所だ思うけど今日は動物園が中心。このように事前に調べない旅がおもしろい。旅が終わってからの楽しみがある。

・上野動物園より2倍の敷地というドゥシッド動物園 さすが熱帯地方 ヘビがたくさん キングコブラがちょうどカエルを丸呑みする場面を目撃。息をのむその凄まじい場面 釘付けになった.。

・マレーシア・クアラルンプルへの旅立ちの準備が完了した。10時45分発にじゅうぶん間に合わせるため7時ホテル発でタクシーを予約。そのときここに来るときにタクシー運転手に高速料金を請求されたことを話した。高速料金を込めた料金を聞いたら500バーツ(約1,700円)だという。空港から利用したときは850バーツに高速料金150バーツを払った。この差はなんだ!空港内のカウンターだから少し安心していたけれどこれは要注意だ。初めての国で不安状態で到着する旅行者に高い料金を設定しているのかもしれない。今度はそれを参考料金として外のタクシー運転手と交渉すれば適正な価格が出るかもしれない。マレーシアは最後の訪問国。今までの経験をすべて生かしてみよう!

・地下鉄を自信持って使えるようになっただけ自由度が広がる。東京などと同じように地下鉄は新しいので気持ちよく安心だ。今日は気になる動物園への接近を試みた。ルートを見ると地下鉄を乗り換えて他の鉄道で近くまでいけるはずだ。日本的には連絡通路があってその路線の改札へと誘導され迷うことなく乗ることができる。そのつもりで地下鉄を降りて乗り換えの表示など探してもない。駅員さんに質問,1番の出口に出ればあるという。少し期待して地上に出た。どこに駅があるんだとまわりを見渡した。線路が見えた!!これが駅か!古い映画に出てきそうな改札もない,駅のホーム近くまで露天がひしめいている。駅名も英語出ないから分からない。切符もどこで買うのか。これはちょっと時間がかかりそうだ。今回諦めて引き返すかそれとも他の手段で行くか迷う。日に焼けたタクシーの運転手がよってくる。遠くから見ると皆怖そうだけれど近づいて話すとみな優しいおじさんに見える。まず行く場所を確認することがたいへんだ。全く意味が通じないがこちらも日本語で大きめな声をだす。なんとなく分かったきた。場所が分かった200バーツだというほんとに今日は現金はそれ以下しか持っていなかった。150でどうかと交渉でも200だという。しょうがないとちょうどあったATMで最小のお金を引き出した。するとそのタクシーの運転手その間に新しいお客さんを連れその代わり仲間のtukutukuの運転手に声をかけていた。150バーツと安いが危険度がタクシーよりずっと高い。事故に遭ったら即命がないと思った。おじさんに命を預けるような願いで乗ることにした。500バーツのお札を出したらおつりが出せないらしく仲間にくずしてもらいに行って私におつりを渡してくれた100バーツ札が5枚。エッ!おじさん違うよとお金を返すとニコリ。
「スロースローでお願いします。」というとニヤッとしたが他の乗用車に負けないスピードでハラハラした。無事到着。
アルバム⑱2018.01.25
2018年1月24日(水)
・チャイヤさん この人を信用したTUK TUK TOUR
・店員がミニバスのターミナルを教えてくれる 「もう一つのセブンイレブンの前」をしっかり記憶 探すがなかなか見つからない もう1回訪ねて あった!
・とりあえず近くのセブンイレブン(ここにもあった)にランニング まってと追いかけてくる
300バーツでいいと 振り切る
・到着すると 待ち構えたようにタクシーの勧誘 日本語が少ししゃべれるという男性
700バーツ安い 信用していい等盛んに迫る 自分の心配は帰りをどうするか
・やっとバスターミナルに到着 一緒に降りた二人の若い女性 走り回る
・バス停で待つ 話しかけてくれた同年配の男性
・車掌さんの指示 乗り換え 心配してくれた女性 日本語が少し話せる知人 
このあと続きますが今日はここまで
・乗り換え駅について次の乗り換えの駅を探した。自分はこの時点で電車への乗り換えと思っていた。駅員にここに行きたいと言っても言葉が全く通じない。4人の人が集まってああだこうだといっているが分からない。そうかバスへの乗り換えがここからなのかと気がつきバス停車場を教えてもらった。あったあったバスを利用する人がたくさん集まっている。138番のバスに乗れとナビが示している。来るのかなぁ不安でいると来た来た!きれいなバスでない。よし乗れとばかり乗車した。あれ料金はどこで払うんだと思いきや若い乗務員さんがきた。バスの車掌さんがいたのだ。日本のバスも「発車おーらい」と運転手さんに知らせてバスは発車していたなぁとチラッとおもいだした。その若い車掌さんも全く英語が通じない。この場所に行きたいと言ってもどうも怪訝な顔をしている。エッ間違って乗ったのか!そうしたら車掌さんがバスの進行方向と反対を指さした!ここではっとした。バス停車場があった,それだけでバスに乗り込んでしまった。138番に間違いはないけれど反対側のバス停だったのだ。これはたいへんだ。

・電車内のアナウンスの言葉は全く分からないけど予想はつくそして最後に「next....」のあとに耳を澄まして英語の駅名を確認した。そして地下鉄でもしっかりとスマホが使えるのでこれで安心だ。因みに車両内でのスマホ利用者は7割ぐらいかな。あくまで私がたまたま見た車両内ですがどこの国も同じ状況だなと思った。

・すぐ近くにQueen Sirikit National Convention Centreという地下鉄の駅がある。まずそこからスタートだ。バスに乗り換える駅の名前をチェック。タイ語の文字はまったく分からない。英語の表現を手がかりにキップを買おうと自動キップ売り場でやり方の説明を読む。そこに65歳以上は割引が聞くような表現を見つける。その場合は係員に申し出るようにと理解し窓口で聞いてみる。「ここに行きたいんですけど,私68歳。」と帽子をとるとすぐ割引料金19バーツだという。一般料金が37バーツだからほぼ半額だ。よかった!少しでも安くは常に心がけなければ。

・できる限り睡眠はとることにする。今日のスタートも9時ちょっと過ぎた。通勤をする人達の流れが続いている。オフィスに通勤という感じで皆服装を決めている。
 80km以上の遠方のアユタヤ遺跡を訪問し見学することが目標だ。そして地下鉄とバスを乗り継いで遺跡の場所に行くことにした。遺跡の見学も楽しみだけれどそこまで行く地下鉄,バスが楽しみだ。
アルバム⑰2018.01.24
2018年1月23日(火)
・BigC
・スーパーマーケットで買い物,スーパーマーケットはほんとうに面白い観光スポットだ。ツアーでこれをやったらきっと受けるだろう。日本との比較,この国の人達の日常生活を知ることができる。レジでの応対とかへーぇと感心させられるところもある。
 タイのスーパーと検索してBigC(ビッグC)を見つけた。日本にはBigAというスーパーがある。ナビをたよりに接近しTけれど暗くて車のヘッドライトがまぶしい。何とその道は一方通行だけれど車の横を壁スレスレにバイクが通り過ぎていく。人が横になって通るしかスペースがないのだ。一人の女性が前を行くのでこわごわついていったけれど,壁にへばりついてバイクをよける場面もあった。ここで事故らなければと願いつつ前へ進む。そんなときあるバイクの運転手が左側を歩けというサインをくれた。自分は次は右折するので右側を歩けばよいと考えたが左を歩けばバイクとの接触の危険はなくなる。困っている自分に教えてくれた。ありがたい。

・日本食探し

・周辺の有名施設

・久しぶりの10km。疲れがどっと来る。今日はこの周辺の観光ウォークにしよう。
・ところがホテル周辺に公園があった。ランニング,ウォーキング,自転車までのコースがあり周囲約4km.。炎天下30℃以上の猛暑だ。熱帯地域の公園だけあって樹木が太く高い,美しい花が咲き,中央には池もある。そして職員の方が清掃や手入れに余念がないからきれいに保たれている。公園の芝に大きなトカゲがノソノソ歩いていたり最高だ!とにかくうれしい!からだがよろこんでいる感じ。10km走ろうと決めた。久しぶりのジョグノートも作動。スマホがたよりの旅行はスマホのバッテリー切れを一番おそれる。ホテルに近いまた戻るということで安心してスマホを使える。

・今回の旅は食にこだわろうなどといってできるだけ現地の料理を食べようとしてきた。しかしそろそろ消化器も疲れてきたのか,旅の疲れも出はじめたのかそして何より旅に出てからランニングだけに専念する時間がとれなかった。ランニングがあって自分の体調は維持されていると信じているのでいいつも気になっていた。気持ちのゆとりもないけれども道路事情など走るにはあまりに危険を感じてきた。ランニングの文化というか日本では当たり前のように走ることができることができない。
アルバム⑯2018.01.23
2018年1月22日(月)
・体調が初めておかしくなる。日本では家族が風邪,インフルエンザではないかと寝込んでいるという。ここに来るまでかなりハードなスケジュールをこなしてきたけど体調良好だった。蚊にも一度も刺されていない。外出時は日本ではやったこともない肌にスプレーをして携帯の蚊よけグッズも用意して出かけた。
 どうも食生活による不調だ。
トイレに何度もいくうちにだんだん回復していくようなので何とか乗り越えよう。

・移動はいろいろと気疲れしてしまう。ホテルに着いてとにかく仮眠をとらないと何も考える気力なし。このホテルも良い意味で期待に反して快適だ。助かったー。

・タイ空港(ドンムアン空港)では次のマレーシアに向けたフライトの準備としてクアラルンプル行きのチェックカウンターの場所を確認した。ホテルは地下鉄駅の近くだけれど荷物がおもくなってきてタクシーを利用することにした。空港内にベトナムの時と同じタクシーカウンターがあったのでそこで頼むことにした。ただ通貨がバーツ(Baht)に変わったいるから850バーツといわれても適当か分からない。その場で円に換算すると2,966円約3,000円。距離約30kmだから日本的には安いと判断してお願いした。
 ここまではよかった,ドライバーも登録されたものだから安心だ。しかし場所をスマホで示しホテルの名前も確認して走り始めるとどうも行き先が不安らしく自分のスマホのナビを運転しながら操作始める。オイオイ危ないぞと思っていたら追突しそうになり急ブレーキ。そして「高速道路使うからマネーマネー」と要求し始めた。それに素直に従っておけばよかったけれど,もう支払いは完了しての乗車と思っていたので「ノー」といった途端に
キレはじめ大声でこの先渋滞なんだ!というようなことを叫び興奮状態。これは危ないと
返答は止めてしばらく沈黙して「ok」「ハイウエーgo」と115バーツを渡した。日本円で400円くらい。これがちゃんとした高速料金かまだ確かめていないけれど,初めてきた国でのタクシー運転手には文句をいわず従うことにしよう。しかしホテルに着いて「ありがとう」と声をかけると笑顔を返してくれた。ホッ!

・ホテルフロントの27歳のスタッフがいつも声をかけてくれる。最初に会ったときから「これをクメール語だ何というの」と翻訳グッズを使った交流し始めた。日本語にたいへん興味を示し「ありがとう」「ありがとう御座いました」を何度も練習した。メモをとりながら学ぼうとする姿勢が気持ちよい。

・昨日はKさんがチェックアウト,次は自分だと緊張する。タクシーの手配と精算そして荷物の整理して運び出すまで。少し荷物が増えているのかだんだん重くなっている
・通貨
アルバム⑮2018.01.22
タイ 
REP11:45-DMK12:45
2018年1月21日(日)
・Kさんから無事羽田空港到着(22日)の報が入った。一つのたびが終わった。
ホテルのフロントで親子と間違えられた。Kさんは世界遺産のアンコールワットに魅せられて3回目の訪問になる。目を見張る遺跡群を前にして感動を共有できる人がいる,自分より詳しく説明できる人がいる,いつでも一休みできる,二人での自由旅行を十分に楽しむことができた。30度を超す炎天下で一人ではまわりきれない遺跡群を精力的に訪問できた。

・少しユトリがなくなってきた。ホームページが追いつかなくなってきた。それほど充実した毎日だ。忘れないうちに記録したい!
・明日タイに向かう準備 また一人になった気を引き締めてタイへいこう!
・6時30分Kさんと別れるときが来た
・スープドラゴンでのミーティング
Kさんとの旅行の打ち上げは二人で打ち合わせして調べておいたお店でできた。まだお客さんの少ない時間帯だから2階の素晴らしい席をを確保できた。年齢差を越えて共通の話題が尽きることがない。今回Kさんはいいカメラを持参してなかなか拘りの写真撮影をしていた。自分も父親がカメラを使った仕事だったのでそれなりに撮影にはこだわっている。二人で撮った写真を共有すると面白い!同じ場所でも違った角度の映像を見ることができる。今回の旅の貴重な経験だ。サッカーの熱烈なファンのKさんの熱のこもった話も面白い。にわかサッカーファンの自分もその気になってしまう。 サッカーワールドカップ,ロシア大会に行きたいけどいけないと残念がっている。これを逃すとあと4年待たねばならない。

・イモトの1WIFIに問い合わせ
・大回りコース
・ランドリーKさんは帰国後即出社のため服装をきちんと整えたいとランドリーを使用した。
アルバム⑭2018.01.21
2018年1月20日(土)
・がんばった!今日は早く眠りたい。猛暑の中の見学も相当にエネルギーを使う。一人では到底できない遺跡の見学は楽しいものだった。3回目のカンボジア訪問のKさんのアンコール遺跡への
・Kさん明日シェムリアップ空港発の打ち合わせ
・Kさんの案内 アンコールトム
・30度越える炎天下 ウルトラトレイルアンコールマラソン
・アンコールワットの遺跡群
・アンコールワットの日の出:早朝5時ホテルを出発した。トゥクトゥクの運転手さんが定刻に迎えに来てくれた。真っ暗だけれど他の人がもつ懐中電灯をたよりに不安な足下を気にしながら歩いた。ちゃんと懐中電灯は準備してきちゃのに忘れてしまった。
アルバム⑬2018.01.20
2018年1月19日(金)
・明日は4時45分フロント集合
・焼きたてのパン屋さんでコーヒータイム
・落ち着いた店 クメールキチン
・夜のシェムリアップ
・どうしてこんな遺跡ができたのだろう 重機もない時代にこんなものを運び,高く積み上げることがどうしてできたのだろう,石に刻まれた緻密な絵と,模に意味があると説明された。それを描いた人の気持ちはどうだったのだろう。そして続々と詰めかける世界中からの人達のに圧倒された。

・アンコールワット 圧倒される遺跡 しゃべり続ける案内の人 蚊への対策 マラリア
・今日のメインはKさんとのアンコールワット観光を楽しむことだ。激務の合間を縫ってのカンボジア訪問を有意義にするにはとにかく時間を有効につかうことだ。午後2時スタートの個人申し込みツアーに間に合わせなくてはならない。私が出迎えてスムーズにホテルまで到着できるようにするにはどうしたら良いか。ホテルのフロントのスタッフが親切に粘り強く英語での打ち合わせに対応してくれた。できるだけ安く時間を有効にするためにまず私がトゥクトゥクに乗ってシェムリアップ空港に。到着時間にタクシーが迎えに来てくれる。多くの出迎えのタクシーの運転手のなかでその運転手と出会うにはどうすれば良いか。
Kさんの名前を書いたものを持って待つことになった。12:35到着予定。11:30分に運転手が来てくれた。トムさんなかなかいい男37歳。待っている間交流ができた!
そしていよいよKさんが到着ゲートから出てきた!!

・今日は学校が休み。子ども達の声がなく静かな朝だ。Kさんから無事バンコク到着の報があった。5時間ほどの待ち時間後シェムリアップへのフライトだ。
アルバム⑫2018.01.19
2018年1月18日(木)
・これを書いている最中,Kさん羽田空港出国ゲート無事通過の報。0:20バンコク経由での深夜便でシェムリアップを目指す。ワクワク!

・初めてのトゥクトゥク:トゥクトゥクは明日の楽しみにしていたけれども酷暑でのウォーク&ランがきつくなってきた。トゥクトゥクは至る所に待期していてその側を通るたびに声をかけられていた。しかし今の通りにはさっぱしトゥクトゥクは見かけない。観光客があまり来ないところなのだろう。ただたまに通り過ぎていく。それを捕まえるしかない。やっときて手をあげても通り過ぎたがまた戻ってきた。「いくらですか。」「おまえはどのくらいがいいのか」「3ドルでどうか。」首をかしげてうーーん。そしてしょうがないokと言ったやりとりでトゥクトゥクにやっとのることができた。

・シェムリアップ・ウォー・ミュージアム

・うれしかったけれど怖かった!暑い!水が足りないと,ぽつんとあった露天に立ち寄った。子育て中のお母さんだ,小さなハンモックをのぞくとまだ小さいこどもが眠っていた。水を欲しいといっても言葉が全く通じないでも何とかジェスチャーで理解してもらい手に入れることができた。そしてついでに翻訳ツールを使い「この戦争博物館に行きたい?」と聞いてみた。クメール語への翻訳だ。通じた「まっすぐ行って左」ナビと同じ方向を指示してくれたこれで安心した。でもまだ先は長い。ジリジリとした暑さだ。でもゆっくりランそしてウォークすれば大丈夫。しばらくいくと後ろからバイクの音がして自分の横で止まった!何と露天のお母さんだ。そして後ろに乗れといっている。一瞬迷った。ヘルメットなしバイクの後ろに乗る,しかも女性の運転。生まれて初めての経験だ。でもそのお母さんの善意がその恐れを乗り越えさせた。怖かったけれどほんとうにうれしかった。

・カンボジア文化村

・軒を連ねるホテル群:今日の目標はシェムリアップ・ウォーミュージアムホテルから約6km離れたところだ。炎天下しかもまともに走ることのできる道はないところかなりキツイと思ったけれど行くことにした。ナビが頼りだ。わかりやすい道を選んだがそこは激しく車が行き交う大通り。両脇の歩道が危なっかしくて真ん中にある歩道のようなところをひたすら歩いたり走ったり。

・洗濯も長旅には欠かせない。さすが旅行者が多いからランドリーの看板の店もある。そしてその中でたらいで手洗いをしているランドリー,最新のコイン洗濯機が導入されているところがあった。新旧混合の場面を見ることができる。自分はホテルの洗面で手荒い洗濯,そして手で絞り部屋に張りめぐらした物干しロープでだいたい1日で乾く。ロープと洗濯ばさみがあればOKだ。

・近くに素敵なパン屋さん そこでお会いしたフランスのウルトラランナーが自分ののランニングスタイルを見て話しかけてきた。どうも最初はわからなかったが明日アンコールワットでマラソン大会があるということらしい。自分もそれに参加するランナーだと思って声をかけてきた。「えっ明日,あさってとマラソン大会?」12月のカンボジアハーフマラソンは知っているけどこの時期にあったかな。彼はウルトラに参加するという,奥さんと子供もいて,「あなたのお父さんGreat!」というと子供がにっこり笑顔を返してくれた。奥さんは「あなたはどこに宿泊しているの,そこは安いの,きれいなの」と聞いてきた。どうもこれから宿泊所を探すようだ。

・今日は朝から気温も高い。でもランニングの準備も簡単でTシャツと短パンでいいから冬よりも夏のが好きだ。

・朝礼が始まった。号令にしたがった「前にならえ!」をやっている。日本と違って右の腕だけをあげている。そして次の号令で右の足で思い切り地面を踏みつけている。その音が気持ちよくひびいていた。このように生き生きとしたこどもたちをみると未来を感じる。そして一方で路上で食べ物をこうこどももいる。

・朝から元気のよい子供の声がひびいている。隣に小学校がある。何と7時から朝礼でそれに間に合わせるために6時頃から続々と生徒が集まってくる。歩いてくる子供は少ないのか自転車でそして一番多くは母親父親だろうかバイクに乗せられてくる。小さなバイクに4人乗りで乗り付けてくる母親もいた。子育て真っ最中の必死の親の思いが伝わってくる。そして上は白下は紺色の制服に混じって民族,宗派が違うのだろうか,違った服装をしている生徒も目立つ。
アルバム⑪2018.01.18
2018年1月17日(水)
・いよいよこの旅の計画のきっかけを作ってくれたKさんが19日にシェムリアップに到着する。仲間を異国の地で待つ。ほんとうに嬉しいことだ。今日の動きはその準備の動き,といっても食事場所を探すことだから楽しく気合いも入る。二人で事前にチェックしたレストラン3つ。The Soup Dragon,Khmer Kitchen Restaurant,Chanrey Tree Resutaurantこの場所を確認できた。昼この場所での食事もとってみた。

・ホテルまわりの探索ウォーク あっ日本で見る焼きたてパン屋さんがあった。

・強烈な眠け プールサイドで仮眠。なんとプールがあるのだ。

・またいい意味で予想外のホテル日本ではあり得ない, お湯がたっぷり出る,WIFIがストレスなし,静か,サービスがいい。クーラーもしっかり効いている。

・タクシーの運転手の熱心さ:荷物をトランクでなく後部座席にいれ助手席に乗るように指示した。なぜだろうと思ったがいろいろお話しをしやすいからと言うことがわっかった。
そして最後は「今日の計画は?」「明日の計画は?」と何度も聞いてくる。ありがたいけれどできるだけタクシーを使わない旅行をしたいのだ。自分はランナー,走り回るよ!ぐらいのことが通じたと思う。とたんに話をしなくなった。ごめんなさい!

・蚊はいるのか。

・シェムリアップ空港のセンスのいいつくりにまず感心した。素晴らしい!これからの旅への期待で気持ちも高ぶっている。そして入国審査の列に並ぶ。順番が来たのでパスポート他をだした。「こんにちわ」にニコリともしない。あくびをして怖い顔でチェックしている。そして最後パスポートを投げ返すように戻した。「こらぁ!何だよその態度!」と一喝したいところだったが言葉が通じないからやめた。残念だよな。この人一人のためカンボジアの印象も傷つけてしまうんだよな。

・6;12には空港着でユトリだなと思った。ところがとんでもない,カンボジア航空のカウンターに並ぶまであっちだこっちだと振りまわされそしてやっと並べたかと思うと列が進まない。団体客のところでどうもトラブルがあったらしい。大声でけんかしているような場面もあった。おいおい何やっているんだよ。やっと自分のところに来た。搭乗券をもらいホッとした。これでカンボジアに行くことができる!空港には早めにをまた痛感した。

・8:30がフライトの時間,2時間前にはと6時発のタクシーを頼んでいた。料金は200.000万ドン約1000円だ。前もって支払うから安心だった。それにしてもまだ暗い早朝すでにバイクが走り回っている。その動きを見ながらの運転何度も感心してしまう。

・いよいよベトナム・ホーチミンに別れをつげるときが来た。ほんとにこのホテルで助かった。昼間動きまわりヘトヘトになってホテルにたどり着きもう外にはでないで屋上の夜景を見ながら夕食を食べる。これがベトナムに来てからのリズムになっていた。
通貨 100円だいたい2万ドン
アルバム⑩2018.01.17
 カンボジア
SGN 8:30-REP9:35
カンボジアアンコール航空
ベトナム・ホーチミンを終えて
ベトナム戦争という世界の大きな戦火として毎日のように注目をされていた国,そのような国として自分の中ではイメージされていたものが平和で活気に満ちた安全な国として脳裏に刻まれたことが嬉しい。これからどんどん住みやすい国になっていくのだろう。そしてそのための仕事に自分の同期の友がかかわっていることを誇らしく思う。 
2018年1月16日(火)
・一つの疑問:どうしてこんなに欧米人が多いのか。日本人はあまり見かけない。

・もう1箇所いける。そうだ,あのコープマートで買い物をしようと思いついた。さーて歩いてもいけるがこの車の流れをくぐり抜けていくことは今日は避けよう。タクシーを拾える場所までは歩こうとした。タクシーも逆方向の場所だときっと大変だろうと目的の場所に向かうため道路を渡らなければならない。歩いていると「どこから来た,バイクに乗らないか。」と客引きがけっこうしつこく付きまとう。そんなに危険を感じない人のようだ。諦めてくれた。そしてやっとタクシーが止まっているところへ。ただこの運転手は目的の場所を正確に分からないらしく,交差点が近づくと「まっすぐ行くのか?」というジェスチャーで聞いてくる。実にわかりやすい道だったのでひたすらまっすぐのジェスチャーでok!無事降ろしてもらった。

・ホーチミン主席といわれていた。他国の指導者だけれど自分が若いときに,戦争している国でどうしてこんなにやさしい顔しているのだろうと,親しみを感じたものだった。「ホーおじさん」といわれヒゲがトレードマークだった。新聞でも伝えられた写真もあったが,オーケストラの指揮をしている写真,楽譜も展示されていた。多くの国民に囲まれニコニコしている写真など自分がもっていたイメージ通りだった。「ホーチミンは自己の見識を広げて母国を植民地支配から解放したいとの大志を抱き、若干21歳の時にこの地からフランス船“Latouche Treville”の見習い船舶料理師としてフランスに旅立ちました。」とある。ホーチミンについてもう少し知りたくなったきた。閑散とした記念館をあとにした。満足だった。

・今日は最後の一日になる。気を引き締めていこう!
今日は
ホーチミン記念館をジックリ。ホテル3kmあまりと歩いていけるが明日のカンボジアへの準備などがあり早めにホテルに戻りたい。それにサイゴン川沿いにあり川を渡らなければならないからきっと道は複雑になるからとタクシーを利用することにした。タクシーは安全だ。どこに行くかは言葉では通じないのでナビの地図を見せてしばらく運転手が考え「わかった!」といって出発になる。料金もメーターがしっかり付いていて10.0からスタート。.10.0は10000ドンは約50円から始まる。今日も700円くらいだった。
アルバム⑨2018.01.16
2018年1月15日(月)
・クチ・トンネルにいくまでの道と車窓から見える風景は繁華街とは違った農村風景だ。きれいな建物は少なくて貧しさを感じる。緑濃い現場について戦場であった場所に立ち侵略してくるものに対する戦いの跡が凄まじい。そしてそこに置かれている戦車や武器をみてこんな緑多いところで殺し合っていたのかと戦争という狂気を肌で感じた。
抵抗のために作られた地下トンネルに入り次の出口まで身をかがめて歩いてみたけれど大変なことだと思った。

クチ・トンネルがあるところまで1時間40分くらい。頑丈なミニバスだけれど悪路をものともせずスピードを落とさないから揺れる。クラクションを頻繁に鳴らしながらの走行。スレスレで走るバイク,事故るのではとヒヤヒヤだった。後ろの欧米人の若者4人が明るくしゃべりまくっていたのが救いだった。

・今日は少し緊張していた。初めての体験だ。現地でツアーを申し込み参加することだ。
ホテルの近くにはたくさんの旅行業者がひしめいている。どこがいいか分からないが飛びこみで入ったお店での交渉が危なっかしかった。お客さんは英語の達者な欧米人で団体か複数だ。私みたいな一人,英語も不安なお客さんはいい加減にされるだろうなあぁと弱気だった。英語がなかなか聴き取れない。ふっかけられるんではと心配しながらの交渉。盛んに2dayのツアーを進めるがそれはキッパリと断り1日のクチ・トンネルのツアーにした。ベトナム戦争での解放戦線によって掘られた総距離200kmに及ぶ地下トンネルだ。入場券も含め12ドル1300円くらい。安い。そして店員の誠実さを感じた。だまされても1300円くらいならいいだろう。しかし妥当な金額だった。

・さあ!1週間が始まる。ホーチミンは朝から元気よくバイクの音が響いている。ほんとに感心してしまう。日本で車によるトラブルが話題になっているけれど,ホーチミンでは車とあれだけ多くのバイクが所狭しと接近しながら走っているのに罵声を聞いたことがない。みなクラクションを鳴らしながら見事に危険回避して流れている。しかし歩行者が安全に歩く,道を渡るという観点が欠落している。きっと分かっているけどできないのか。信号を設置して安心して歩行者が渡れるように改善する日もきっとくるだろう。
アルバム⑧2018.01.15
2018年1月14日(日)
サイゴン動植物園に歩いていった。この道すがらも色んな道,色んな光景を目にした。ここはもう少しなんとかして欲しいよなとか。

・園内の人気者,ちょっと太めのゾウさんを見ることができた。
ここでちょっとゾウさんの話:同期のMさんがこんな問題をメーリングリストで配信してくれた。
(問題)
「300年近く前の江戸時代、ベトナムから日本に渡ったのは?」
①    研修生。
②    ツアー客。
③    ビジネスマン。
④    ....。」
(ヒント)
(1)    長崎から江戸まで歩いて行きました。
(2)    京都では天皇に謁見もしました。
(3)    途中の街道沿いはもちろん、江戸中で○○さんブームが起こりました。
(4)    浜御殿をお宿にして10年ばかり暮らしていました
答えは「ゾウ」です。
日本とベトナム「ゾウ」さんでつながっていたのだ。

・今日の目標はサイゴン動植物園だ。とにかくなれてきたとはいえ,道路を渡ることが容易でないという気持ちは変わらない。これだけで相当行動が規制されている。歩道にもバイクが乗り上げてくるからランニングは諦めた。3km先の動植物園を目指したが途中観光客が集まっている場所を経由した。「1日Ⅰ寺」の観光で今日は動植物園をジックリだけれども自分が予想しない観光場所に遭遇することはトクした気分になる。
ペンタイン市場(Che Ben Thenh)サイゴン大教会(Nha Tha Duc Ba) 〇中央郵便局 〇病院

・自宅を出てから1週間を経ようとしている。毎日が変化に富んでいるからだろう,濃密な時間を感じる。今日は日曜日,平日と比べてバイクの数は少なめだけれど凄い!観光バスを多く見かけることができる。ツアーの観光客が列をなして歩いている。道路を横断することが楽だ。観光ツアーに紛れ渡ればよいからだ。今日も体調よし。動けるだけ動こう!
アルバム⑦2018.01.14
2018年1月13日(土)
・エレベーターでたまたま一緒になったカナダ人男性,明らかに私よりずっと若い。どこから来た?一人旅?そして一緒に夕食しようということになった。そしたらもう一人のカナダ人。旅先で知り合ったという。私を真ん中に二人はべらべらしゃべっている。なんとなくその意味を理解できるときは私も参加する。そし私は質問した「あなた方ベトナム戦争知っている?」知らないという。ありったけの「語学力」で戦争博物館にいった方がよいよ!
二人とも真剣に理解しようとしてくれた。12階の屋上,お客さんは我々とあと二人。チャンスとばかりギターをとりに部屋へ,店員も了解してくれた。サプライズの演奏,ドラムをやるという一人がリズムを入れてくれた。最高の交流の時間でした。カナダの北の方に住んでおられる。カナダにもいきたい!

・さんざん歩いてホテルにたどり着く,そこはオアシスのような場所になっている。静か,スタッフが感じよし,夕食は12階の屋上,夜景を見ながら,メニューも豊富,ビールも美味しい,そして安い。

・早速Mさんが教えてくれた
スーパーマーケットに行くことにした。ベトナム・ホーチミンの人達の生活を見るには一番の場所だ。そしてMさんからそこで売っているコーヒー豆3が大変美味しいということを聞いた。それってお土産に喜ばれるかもとその商品を探すことも楽しみだった。あった!あった1スーパーは活気にあふれ,品物も日本のスーパーと同じそれ以上に品揃えができているように見えた。支払い場所もバーコードでピッピッとスピーディー。カードも使えて日本人とわかると若い店員が「こんにちわ」と声をかけてくれた。・ほんとうに嬉しい!
貴重な時間をMさんからいただいて交流ができた。Mさんが早速メーリングリストに投稿してくれた。
「新年早々、いい日でした。昨日、A組の菊池(亮)くんが台湾東南アジア旅行の途中でわざわざ当方に立ち寄ってくださいました。いや~! 50年ぶりにタイムカプセルを開けた感じでしたね。「朋有り遠方より来たる また楽しからずや」

・ベトナム戦争が終結したとき歴史に残る映像が世界中に配信された。それは南ベトナム政府の大統領府にベトナム解放戦線の戦車が入城。ベトナム人民の歓呼で迎えられた。
その場所を訪問した。ここも欧米の観光客でいっぱいだった。

・今日も体調良好!さあ歩くぞー!昨日のMさんとの貴重な交流で一時的滞在の旅行者が得られないお話しと情報を得ることができた。ほんとうにありがたい!普通あり得ない出会いだ。私たちの世代はメールをやっと使えることが普通だった。そのときにメーリングリストを立ち上げてくれた仲間がいた!そのお陰で50年前の仲間と出会えた!同じ年齢,同じ世代を生きた,同じ高校生活を送った!お互いの人生を語るだけで胸に迫るものがある。

・道路横断のコツと注意点:ランニングどころではない。ホテル周辺の探索といっても道路をスムースに渡れないとなるとやる気が萎んでしまう。自信をもって渡るにはどうすればよいか。じぶんなりに決め方法で試してみた。
①絶対あせらない。安全に渡るまでいつまでも待つゆとり。
②同じ道を渡ろうとしている人がいたらそのそばに行く。特にからだの大きな欧米人の側について歩くのがよい。大きいことは目立つことなのだ。しかしビビっている私の手を引いて渡ってくれた地元のお年寄り(おじいさん,時にはお婆ちゃん)がいた。渡ったら何もいわずに立ち去った。こんなことされるとベトナムの人達を好きになってしまうよね
③決し慌てないで堂々とゆっくりめに歩く。バイクの運転手はみな自分を避けてくれると信じよう。
④立ち止まりはしょうがないが絶対後ろに引き返すことしてはいけない。一度ビビっていきなり引き返そうとしたがもうすでにバイクが通り過ぎようとしていた。声はなかったが「おい危ないぞ!」の目つきでにらまれた。

・通貨:1,000ドン4.89円 約5円 10,000ドン約 50円 20,000ドン 約100円
のだいたいの円との関係を覚えた。200,000ドン 約1000円
空港~ホテル220,000ドン 統一会堂入場券40,000ドン 1日ツアー7ドル
ホテル~動物園63,000ドン
・トラブル:トイレが流れない!そうだペーパーを流してはダメなのか。フロント電話すると即対応してくれた。ありがたい。
アルバム⑥2018.01.13
2018年1月12日(金)
・再会;11階にあるというビルのオフィスに静かなワクワクドキドキ感をもってエレベーターに乗った。11階をウロウロしているとMさんが出てこられた。50年ぶりのMさんとの再会だった。思わず硬い握手を交わした。
 bun cha  インフラ 生活 家族 江戸時代 コーヒー 動物園のゾウ

・時間を絶対守らなければならない。バイク車の流れをかいくぐり友人の勤める会社の近くに1時間前に到着。その横のカフェで待つことにした。
・ホーチミン大統領に親しみを感じるのはなぜか。あの優しいお顔と髭が懐かしさを感じる。

ベトナム戦争証跡博物館
真夏の日差しが照りつけるなかナビを頼りに博物館へ。観光客の流れがあった。狭い道に観光バスも止まっていた。観光客は欧米人が圧倒的に多かった。
外にはアメリカ軍がベトナム戦争で使った兵機の数々が展示されていた。今平和の地にこの人殺しの兵器は場違いだ。多くの人を殺す道具をよくもつくったものだ。これもお金で売られたもの,そしてここで利益を上げたもの達がいた。
 重たい気持ちが胸をおおった。そんなとき電子ピアノの軽やかな音楽が流れてきた。人が集まっているところにいき,それを演奏している人を見た顔に目がない青年だった。
枯れ葉剤被害者,レ・ヴァン・オーさんは先天性の盲目だという。この音楽を弾くまでにどれだけの努力をしたことだろう。ベトナム戦争がいかに残酷な戦争であったかを告発している。広島長崎の原爆でで未だにその後遺症で苦しめられている人がいる。そしてその後のベトナム戦争での枯れ葉剤をアメリカ軍は使用した。人を殺すために植物たちが邪魔して見えないから草木を枯れさせようという作戦だという。
 覚悟して展示物をしっかり見ることにした。熱心に食い入るように見ている人が多い。あの青春時代,こんなことがあっていいのかと憤ったことがよみがえる。日本の新聞でも見た写真の数々が展示されていた。その中に処刑される寸前の青年の写真があった。グエンバンチョイ!横に棺桶が用意され銃殺された場面を日本の新聞で見ていた。あまりに惨くて胸が張り裂けそうな思いになったことを思い出した。
 日本人カメラマンが撮った戦争を告発するための命がけの写真の数々。。。
暗澹とした気持ちで戦争博物館をあとにした。バイクであふれかえる道。平和だからいいんだ。活気あふれるホーチミンの平和の象徴に見えてきた。ベトナム戦争,人類が忘れてはいけない,伝えていかなければならない戦争だ。

・台湾を出発前日,「特別な人」に連絡をした。「大歓迎します。」と空港についてからホテルへのアクセスについての詳しい方法と注意点を教えてくれた。これだけでも不安がなくなった。現役で働かれている方の迷惑にならないように自力で指定された場所に行かねばならない。

・「特別な人」とは私の高校時代の同期の仲間だ。つまり同じ年齢で高校時代を共に過ごした人との再会だ!大きな仕事のため長期にベトナムに滞在し時々同期のメーリングリストでベトナム情報とベトナムの歴史などを書いてくれていた人だった。高校時代は話したこともない隣のクラスですれ違っていた。

・今日の大きな目標は「特別な人と会う」ことだった。昨晩の交通事情そして朝から聞こえてくるクラクションの音を聞いて,これはちょっと大変だぞと思った。なぜなら道路を渡ることが容易でないことだ。交通ルールがない「ルール」でみごとに人とバイク,車が接触せずに流れている。これは道路を渡る練習をしなければならない。

・夜のホーチミン入りだったので明るい時間のホーチミンが楽しみだった。日の出の見えるホテルの窓に光が差し込んできた。さあいよいよベトナムホーチミン市をじっくり歩きたい。その前に朝食だ!朝食は12階の屋上でビュフェ形式でメニューも豊富だ。こんな安くてできるのか,あとから高額を請求されたら困る。もう一度ホテルの支払い料金を確かめなければと確認した。間違いがない! トクした気分。
アルバム⑤2011.01.12
2018年1月11日(木)
・どんな宿泊施設か心配だった。ホテルといっても日本円で3千円台だから条件の悪いことは覚悟していた。ところがチェックインしたら荷物は運んでくれるしサービスがよい。
バスタブがありきれいだ。お湯もたっぷり出る。これはありがたい!

・目が丸くなるような驚くばかりの光景が目に飛び込んできた。
空港でタクシーチケットを購入25万ドンという。まだ頭の中は通過の切り替えができていないので「ちょっと待ってね。」とスマホアプリで換算すると1200円位。まあいいだろうとお願いする。アオザイ姿の女性の職員がさっさとギターを持ってタクシー乗り場まで案内してくれた。それからが驚きの光景だ。バイクの大群がタクシーの前方をふさぐようにとばしている。逆走してくる女性二人乗りがタクシーの前を横切る。右に左にタクシーの窓からバイクと自動車の流れを追った。タクシーの運転手は落ち着いて黙々と運転している。渋滞もありホテルまでの時間が大分かかった。距離も8kmくらい。日本と比較するとタクシー料金が安い。

・初めてのベトナムに降り立った。時間と共に暑さが伝わってくる
。荷物受け取りのところで冬物上着は脱いだ。

・桃園国際航空行きの地下鉄に乗ることができてまずホッとしたけれど,これからチェックイン,出国手続きなど考えると油断できない。

・何と松山空港でギターが出てこない。荷物はすべて出たという。これは困った。グズグズできないのだ。制服の若い係員にたどたどしい英語で「荷物が出てこない」と預かり票を見せながら話すが彼も自分よりたどたどしい英語で応えようとする。これは喜劇だ。本人達は必死だけれどなかなからちがあかない。「どうも2階にありそうだ」というようなことを言う。「貴方が取ってきてください。」といった。あきれた!チェックインのブースでギターを見つけた。とにかくよかったよかった!さぁ桃園国際空港に急がねばならない。キップを買うのも勝手が違う。とにかく乗り場までひたすら歩く。

・台東空港~松山空港そして松山空港から桃園国際空へ移動だ。この同じ台北市にある空港の移動が少し不安だった。1時間以上かかる。地下鉄が使えるというが乗り換えなくてはならない。荷物4つをもっての移動ことのほか時間がかかる。

・真っ暗な空港:早すぎた!ここは地方の空港だった。でもこのくらいが自分にはいい。油断するといつも時間ギリギリになってしまう。一番でチェックアウトできるとパスポートを渡すと係員が何かぶつぶつ言いながら作業始めたがなかなか終わらない大声で他の職員に聞いているのか相談している。「何かあったのか」と聞くと「大丈夫もう少し待って」という。なぜこんなに時間がかかるのか聞きたい。言葉が通じないことは不快だ!スッキリしないまま進まなければならない。

・今日は早朝から緊張のスタートだ。まだ暗い6時に空港へ向けてホテルを出る予定だ。
タクシーがくるのか不安だった。20分前には待機していた。5分前来ない!あれぇ。フロントに現れたホテルのスタッフが気がついたのか電話をかける仕草をして聞いてきた。
今から電話するというのだ。ハラハラしたけれど2分で到着。胸もはだけたラフな姿の運転手だった。見るからに人がよさそう。安心してお任せした

・一人だけれど一人でない旅だなぁと思う。人生をともに歩み感動を共にできる人(妻)との旅が一番なのだろう。楽しそうに肩を寄せ合い,手をつないでいる夫婦を旅先で見かけると羨ましく思う。だからフェイスブック,ライン,メール。インスタグラム,ホームページなど今の交流ツールは自分の一人旅にはありがたい!一人でも見てくれる人がいると自分は頑張れる。やはり本来目立ちたがりやなのだろう。

通貨 100円だいたい2万ドン
アルバム④2018.01.11
ベトナム 
TPE14:20-SGN16:50 ベトナム航空
TTT8:40ーTSA9:30   マンダリン航空
台湾を終えて
・嫌な思いをしなかった。怖そうなお顔の人も一端声をかけると応えようとしてくれた。
お婆ちゃんが生き生き働いているお店が印象深かった。時々ふっと後ろを振り向いてみる。変な目つきの人がいない!安全な台湾を感じることができた。シェーシェー! 
2018年1月10日(水)
・広大な敷地で大きな噴水がありしゃれたつくりをしていた。お客さんはほとんどいなくて
じっくりと見ることができた。日本の国立科学博物館と比較しながらだから興味深い。学問的成果は世界共通に共有していると思うがその説明,展示の工夫などそれぞれ独特だ。

・天気が悪い。台湾にきてまだまともに青空を見ることができない。海もきれいなはずなのに灰色だ。それにもめげず今日はいよいよ国立台湾史前史文化博物館の本館にいく。昨日訪問したのはその分館にあたる卑南文化公園にある遺跡博物館だった。
今日はタクシーを使って博物館にいった。寒いぐらいの気温。風もある。タクシーのメーターは5元ごとにあがる。ナビがあるのでタクシーの進む方向をチェックしながらまわりをキョロキョロ。予想した代金で運転手さんも感じよかった。

・台湾最終日になった。明日の準備をまずしなければならない。フライト2時間前空港着を目指してのタクシーの手配が一番大事なところだ。空港からこのホテルまでのタクシーで台湾のタクシーに安心して乗ることができると感じた。フロントの若い女性に正確にタクシーの呼び出しをお願いしなければならない。翻訳ツールで「タクシーお願いします。」などの言葉を翻訳してそれをノートに書いた。漢字ばかりだけれどなんとなく意味が分かるのも日本語で漢字を学んでいるからだろう。メモ用紙を彼女に渡ししっかりと確認した。笑顔がかえってきた。

・寝起き一番にアップロードを試みた。できた!!
今日は楽走会仲間が8:30から手賀沼を走るという。その連帯ランと称し走ることにした。一人旅は精神的に寂しいとか孤独感がつきまとうがこのような仲間を意識した動きができることは嬉しい。驚いた!ホテルを出て小走りに走り始めたら猛然とワンちゃんが泣き追いかけてきた。驚いたけどワンちゃんも驚いたのだろう。昨日からワンちゃんに好印象を持っていたけどやはり驚かすような行動をしたらダメと言うことだ。まわりにワンちゃんがいるいないを確かめていこう!
アルバム③2018.01.10
2018年1月09日(火)
・ネットトラブル:ここでアップロードを試みたけれど「ftpアカウントがちがう。」とか「パスワードが違う。」とかでてアップロードできない。困った!設定を見直したりいろいろやってみたけれど疲れてしまった。前にもこんなことあったよなぁと思いだし,じたばたせずに待つことにした。きっとプロバイダー側に事情があるのだろう。リンクを張っているもう一つのページはアップロードできたのだ。それにしてもこまめにバックアップをしないとこんな時にも焦る

・朝食がたっぷりあったので昼はバナナ1本と少しで大丈夫だった。夕食は昨日と違った近くの一般食堂。きれいではないけれど雰囲気が気に入った。今日は相席にお爺ちゃんとお孫さんかな,次にお婆ちゃんと息子さんの方の頼むメニューを参考にしたけれどやはり今日も水餃子20個。我が家の餃子にちかい味がした。ビールは瓶ビール。

・国立台湾自然文化博物館は広大な敷地の中にあった。人もまばらで落ち着いて見ることができた。日本語のガイドパンフもあった。映像も見せてもらい台湾と日本とのつながりにも思いを馳せた。

・3万年前の航海徹底再現プロジェクトがいよいよ来年2019年に台湾のここ台東の海岸から航海を出発する。このプロジェクトを最後まで見届けたい。そのこともあって今回短期間だけど台湾訪問を計画した。海を見ながらこの台東の地から与那国島まで航海ができるのか?荒れた海を見て大変なことに挑戦するプロジェクトだと再認識した。着々と準備が進められているようだけれど交通の便が悪いところいろんなことで地元台湾の人達の協力なしにはできない。国立台湾自然文化博物館と全面的に協力を受けているという。楽しみだ。

・今日の大きな目標は国立台湾自然文化博物館に行くことだ。タクシーは使わないでバスを利用しようとバス停に向かうけれど1時間に1本。これは頼りにならないと歩き始めた。
国内でも見知らぬ町を歩くのは楽しいが海外での歩きはほんとうに面白い。スマホ,Wi-Fiルータ,デジカメ,バッテリーと電子機器を「装備」しての探索だ。バッテリー切れ,wifiの通信切れが心配だ。全部ダメになってもホテルに戻れるようにまずシンプルな道順を選んだ。まっすぐ行って右に曲がればよい!といった感じだ。歩道がなくて危険な道路をひたすらまっすぐ歩いた。帰りは雨が降り出し風もでて寒かった。歩いた距離約15km。
到着した場所は自然史博物館の付属というか卑南文化公園内の卑南遺跡だった。

・ワンちゃんをよく見かけた。しかも首輪なしでうろうろしている。これは脅威だ!近づいてきたらどうする。見かけたら知らないふりしてゆっくり歩く。昨日からようすを見ているとワンちゃんも全然自分を無視しているように見える。みな穏やかな「顔」をしている。野良犬なのにどうしてだろう。ある場面を目撃した。だれもお客さんがいない店先でワンちゃんがしっかり姿勢を正して座っている。店員さんが何やら与えていた。人がいい感じでワンちゃんに接しているのだろう。ほほえましかった。台湾の犬事情

・交通事情が極めて危険だ。バイクが走り回っている。どこから出てくるか分からない。乗っている人を見ると若い女性からお爺ちゃんお婆ちゃんまで,ヘルメットはかぶっているけどサンダル履きとか事故があったら大変だろう。これで接触事故でもあれば言葉は通じないし,とんでもないことになりそうだ。そこで心がけたこと。
バイクの動きが分かるように左側を歩く(車は右),道路横断は左右しっかり確認しヨーイドンで走って渡る。歩きスマホは絶対にやらない。ナビが頼りだけれどナビを扱うときは安全な場所で止まってからにする。車,バイクがすぐ横付けできるように歩道がない。走りたいけど走らない!安全無事を心して歩いた。

・自分の今いる環境を大分認識してきた。このホテルは外国人には全く対応していないということ。フロントにいる若い女性は英語の単語も通じない,他にスタッフもいないこと。しかし笑顔を見せて一生懸命対応しようとしている。それだけで十分だ。

・疲れをとるため寝るだけ寝た。朝食が7時からということだが8時過ぎに行っても食堂には誰もいなかった。調理をしていたおばさんが定食を運んでくれた。ニーハオと声をかけると何やらしゃべってきた。そうだとばかり翻訳ツールを立ち上げおばさんにマイクにしゃべってもらった「ケチャップはいるかい?」だった。これは使える!

アルバム②2108.01.09
2018年1月08日(月)出発
・いつもやること。宿に着いたら周辺の探索ラン。今年初のランニングがやっとできた!ホテルから1kmが海岸だ

・台東空港に飛ぶために松山空港での待合ロビーで昼食:食文化を感じた。食材とそのお客さんへの提供の仕方。今回の旅行は時に食にこだわることにする。

・松山空港の名前が紛らわしい。最初は愛媛県の松山を連想した。TSA (IATA 3レターコード)で覚えることにした。
タイペイショウザンクウコウ

・機内食は楽しみだ。航空会社の違いがあらわれるところだ。

・チャイナエアラインのチェックインからスタートした。受付の女性の笑顔とちょっとした会話でスムーズにパスすることができた。そして出国手続きも早々とできた。
飛行機の中はガラガラで座って自分の視界に見える人は一人。着陸態勢に入ってからの揺れが大きくまわりに人がいないので恐怖を感じた。これで人生終了かと思った。飛行機事故は離陸,着陸で起きている確率が高い。

・モノレールの始発(4:59)に乗ることができた。時間的にゆとりがあることは旅には重要なことだ。

・いびきも聞こえた。簡易施設だからしょうがない。でもしっかり眠れた。そして4:00に起きることができた。
通貨 TWD 台湾ドル 100円だいたい26元 TWD
アルバム①2018.01.08
台湾1月8日~
TSA13:20-TTT14:20 ユニ航空
HND7:25-TSA10:20 チャイナエアライン223
2018年1月07日
・こんな宿泊施設があったのか!4年前から営業しているという。これも使えそう。旅行だけでなくランニングにも使える。ファーストキャビン秋葉原。海外へのフライトは明るい時間での到着(午後2時くらいまで)を目指して決めていくとどうしても日本発を早くしなければならないことがある。取手からだと絶対に間に合わない便を前泊すれば使える。これはありがたいことだ。

・洗濯,掃除,ゴミ処理など進めながらの準備だ。寒い寒いところから暑い暑いところへ行く。どんな服装か,どこで着替えるかとにかく準備が終わらない!もういいや,何とかなるとスーツケースのふたを閉めた。いよいよ自宅から秋葉原の宿泊施設へ移動のため自宅をでた。優しい弟が駅まで送ってくれた。

・熟睡できてスッキリ。ランニングが全然できない。ラジオ体操をやるのがやっとだ。海外旅行となると緊張感が違う。今回は5カ国もある。頭の中はフル回転している。 

・さあいよいよ今日自宅を出発する。
二人分を一人で,思い切り「旅」をしよう。亡き妻がよく言っていた。「京都を旅するなら1日1寺」のような旅。建物より人との交流,裏通りの生活感漂う場所を見てみたい。

・お寺の96歳になるご住職に新年のご挨拶をした。住職から「旅」について質問された。しっかりと覚えてくれていた!!ご住職の「旅をしなさい」の言葉が背中を押してくれたことを思いだした。
2018年1月06日(土)
・wifiルーターが届いた。ホッとした。

・Kさんと最終打ち合わせ。新宿。自分たちで旅のすべてを計画する。もうこれだけで旅気分だ!楽しかった!Kさん勤務の高層ビル地下のレストラン,パソコンを持ち込んでの打ち合わせとなった。とにかく彼は打ち込みも速い!まずはカンボジアでの詳細情報を元に話が進んだ。Kさんが10年前学生として訪れたカンボジアがどのように変わっているのか。 貴重な休暇での弾丸ツアーで共にできる時間は貴重だ。夕食を3回共にできる。Kさんより2日早くカンボジア入りする私の役割は3回の夕食場所の下調べということになった。Kさん帰国後の私の訪問場所についても貴重なアドバイスをいただいた。不安が大分小さくなった!よし!今回は食に少しこだわってみよう。
2018年1月04日(木)05日(金)初仕事(科博ボランティア) 月2回以上「勤務」しなければならない。
2018年1月03日(水)
・娘の助言がありがたい。荷物の取捨選択。だんだん整ってきた。特に衣服をどうするが難しい。 
2018年1月01日(月)
・インド,カンボジアへの経験のある娘が「蚊」への対策しっかりしておいた方がよいといった。

・一部屋にスーツケースを広げ毎日のように少しずつ必要なモノを整えている。面倒だから1回で揃えてしまえばすむことだけれども,とにかく忘れ物をしないための苦肉の手間である。何度も確かめながらの調達。

・さぁいよいよ年が明けた。1週間後の旅立ちに向けて準備を加速しよう。
初めての東南アジア旅行 自分ですべてを手配する旅行としては訪問する国の数が5つと多い。
【やらねばならないこと】
・事前学習:資料を集めている
・パスポート確認:OK
・ビザの取得 カンボジア 完了11月29日 Evisaセンターで取得
・通信Wifiルーターの手配 イモトのWifi:申し込み完了12月08日 :1月6日に届く。
・通貨の両替:外貨両替ドルユーロを利用:12月26日申し込み完了:12月29日午前書留で届く,助かるね!
・郵便配達止め:1月4日完了
・新聞配達止め:1月6日完了
・海外旅行保険;1月7日完了 ネットで。
・危険情報の学習
・持ち物の準備: 衣服 蚊取り虫除け
2017年12月27日
・旅の準備も平行してやらねばならない。ネットの時代,何もかも自宅でできてしまう。これは助かる!今回特に訪問国が多いから各国の通貨を学習して,やはり少額を事前に用意しておきたい。調達の仕方もいろいろあることを知ったけれども,これだ!というネットでの購入サイトを見つけた。電話でも確認し確かなようだ。

・年末も押し迫ってきた。恒例の餃子づくりを本日やり終えた具をつくり,強力粉を練り上げ完全手作りの157個。娘たちが腹一杯食べても十分な量だ。これで落ち着く。あと正月料理(おせち)を買って迎えることにしよう。
2017年12月2日(土)
Kさんと打ち合わせ,北の丸公園を走り,打ち合わせ 鉄道を使う旅の方法など ,東京駅のイルミネーションがきれいだった。1月6日最終打ち合わせ
2017年10月21日(土)Kさんと新宿で打ち会わせ。 
2017年09月18日(月)
Kさんと旅程の打ち合わせ,カンボジアでの宿泊ホテル決定し その場で予約。 
Bayyon Boutique Hotel
2017年9月11日(火)
「朗報です!嫁の説得&業務調整がつきそうです。」ライン友のKさんから連絡があった。ここからこの旅の計画が始まった。仲間といっても娘と同じ世代で若くて,現役バリバリのKさんとは2015年マルタ旅行で知り合いマルタからイタリア・シチリア島への旅行をともにした旅仲間である。そしてランニング仲間であり英語を勉強した仲間だ。シチリア島での旅行はとんでもない旅であった。その共通経験が信頼の絆にもなっている。