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New Zealand(ニュージーランド)   人類(ホモ・サピエンス)

出会う

一人旅
 
2026年(令和8年)
1月5日(月)~20(火)

南半球のニュージーランドは夏真っ盛り
日本では見ることのできない
ミナミオオセグロカモメ
ニュージーランドでは現地語(マオリ語)で「Karoro(カロロ)」と呼ばれ
非常に親しまれているという
 ニュージーランド一人旅の記録

出会う、走る、歌う、そして少しヒヤッとする。
ギターを相棒に、英語は片言のまま、
いまを生きるホモ・サピエンスに出会う旅。
書きながら進む、進行形の旅日記です
目次
■僕の旅(ニュージーランド)
■綱渡りの準備
■さっそくヒヤッとしたこと
■冬服のまま汗だくで走る,オークランド空港
■ラグビー選手が隣席固い筋肉
■スリル満点鍵探し
■利根川楽走会ニュージーランド支部の連帯ウォーク&ラン
■マオリ野外コンサート
スタン・ウォーカー
■乳母車を押しながらのラン・ウォーク
初めて知ったパークラン
■ニュージーランドのバーベキュウ
■ギターの出番
■チャーリー
■巨木との出会い
■ヒヤッとした飛行機の遅延
■思わぬピクニック
■風力発電
■困った!洗濯機のドアが開かない
閉じ込められている
■翻訳アプリを使うリズム
■見送り
■21歳のニュージーランド男性と日本人女性
■いよいよ後半オークランドへ
■着陸したけどなかなか降りれない
我慢の限界が来た
■ドライバーとの話
に大谷翔平が出てきた
■テスラで自動運転

■ステイ先の玄関をでて見上げると!
■ニュージーランド海洋博物館
■正午に爆発音テロ?
■ニコリともしない店員
■保険会社に電話

■スペイン料理店で昼食
■スーパーで買い物

■日本人青年とバスで出会う

■再び海洋博物館
■オークランド動物園
■キーウィ

■前回旅の振り返り
2025年12月30日(火)
 ピアノ全国大会を控え,ピアノピアノで頭がいっぱいの毎日を送りながらも,この旅の準備は少しずつ進めてきた。自分の楽しみ,遊びはどんなに忙しくても進んでいくモノだ。旅はぼくにとって、出発の何か月も前から始まっている楽しみの一つだ。今回のニュージーランド行きは、姉が長年交流してきた友人に会いに行きたいという相談から動き出した。年齢を重ね、一人旅には不安もある。その不安に寄り添うように、私自身の一人旅を重ねることにした。遠方にいるために成田空港に行くのも大変だ。以前から興味のあった国ニュージーランド。科学博物館の日本館2階南に「生き物たちの日本列島」という展示フロアがある。そのフロアを象徴するようなものがその正面に展示されている。イングランド,ニュージーランド,そして日本の島国を比較した展示物だ。俄然面白くなってきた。僕の一人旅は現在を地球で生きる人(ホモ・サピエンス)に出会う一人旅だ。今回どんな人に会えるのか,どんな顔を見ることができるのか。
まだ片言の領域を出ない英語,世界共通語の音楽ツール,ギターを相棒に旅立ちたい!
2013年4月19日(金)マルタ共和国へ旅立ったときと決定的に違うのはガンガン走れなくなっている。すべてに動きが鈍くなっていること。これを自覚して行くことだ。                                   

2026年1月5日(月)
 何度も忘れ物はないかを確かめてやっと我が家の鍵を閉める段階まできた。しばしの別れだ。やさしい弟が迎えに来てくれた。そして走り出した。しばらく言って思い出した。「あっ忘れた!旅程表」黙って弟は引き返してくれた。このやさしさ身にしみる。
一人旅で一番怖いのが「あっ!忘れた」 だ。ごっそり背負っているバックを忘れ必死に空港を駆け回ったこともあった。①スマートフォン・バッテリー②ウエストポーチ③バッグ④スーツケース⑤ギターと番号をつけていつも確認しようとした。
成田国際空港に到着いよいよ出発だ。第1ターミナルへ足を一歩踏み入れた。荷物確認したらなんと①スマートフォンがない!どうしようと一瞬青ざめる。僕の旅には欠かせないもちものだ。後を振り返る,ない!
何と首にかけていたヒモのようなモノが切れていたのだ。何故この瞬間に切れるのだ!探したカートの下に転がっていた。これが海外でしかも気がつかなかったらと考えるとゾッとする。気を取り直して前へ。ニュージーランドで新しいのを手に入れようとしているが未だに手に入らない。周りを見るとそんなものを身につけている人を見かけない。
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2026年1月06日(火)

 ギターをフラジャイル(fragile)扱いにしてもらった。荷物受け取りのときになかなか出てこない。通りかかりの係員に聞いたらここから出て来るという。それでも出てこない。他の職員に聞いたら専門の場所を教えてくれた。なんだよ国内線の時刻が迫ってきているのに!文句を言っている場合ではなかった。真冬の服装も真夏の服装に着替えたいそれどころでない。それから国内線へ向かい汗だくで走った,まだ出発していない時刻だったが搭乗締め切り時間を過ぎていて厳しいお顔でNO!と言われた。しかも近い便がなく19:00 台の便のフライトしかないということだ。何とか本日中には到着することで救われた。あーぁ相棒のギターを攻めないで自分の不手際を心に留めることにしよう。これからもギターの旅は続けるのだ。
・暗くなっての現地到着は避けたかった。ウエリントン空港周辺の夜は危ない雰囲気を感じなかった。ありがたい!とりあえず早く宿に入り休みたい。
ただ普通の宿と違う。オーナーから指示された場所を探し鍵を手の入れなければならない。暗い中でのこの作業は不安だった。見つからなかったらどうしようの不安が頭をよぎる。

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2026年1月07日(水)
・姉ニュージーランド雪深い秋田からの海外への旅は苦労する。1時間くらいで空港に行くことができるものにとってその大変さは「想像できる。しかしそれをも乗り越えて友人に会いたいという姉の熱い想いがあった。
・ウエリントン空港へウォーキング 下見

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2026年1月08日(木)
・親族を異国で出迎える!初めての心の高ぶりを感じた。下見しているからここから姉が出てくる場所でウロウロしていた。姉の友人も迎えに来ているということだが姉との再会後にご挨拶するつもりだった。主人公は姉と友人だ。僕はあくまでサポーター。しかしどうも姉の友人らしい方か,じっとこちらを見て目で追ってくる。そして近づいてこられた。「日本人ですか」姉の到着前に姉のオールさんと「初めまして」ということになった。そして二人で待っているとオークランド発NZの乗客が降りてきた。姉がゆっくり近づき二人に気がついた時の驚きと喜ぶ姿,自然と二人は抱擁していた。
・ドライブ
・マオリコンサート 強行スケジュール泊
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2026年1月09日(金)

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2026年1月10日(土)
・楽走会七福神 ニュージーランドの七福神は
・バーベキュー  泊
・Uberで120へ
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2026年1月11日(日)
・Zealandia
・Otari-Wiltons Bush
・巨木Mokoと出会う 
・リムさんと9km歩く

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2026年1月12日(月)
・姉帰国
・リム32年前アメリカからニュージーランドへ

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2026年1月13日(火)

オークランド国際空港に無事到着した。しかしここで大切な経験をした。トイレに行きたいけれども行けない!我慢できない限界が来たら,,この後想像してください。この日に限って準備してきたあるモノを身につけていたのだ。列が動き出しやっとトイレに行くことができた。驚いた漏れていない!スゴイ商品ができている。これからの旅の必需品としよう。
・真夏の太陽が照りつけるオークランド国際空港に降り立った。次のステイ先のオーナーから丁寧なメールが届いている。その部屋に入る手順を詳しく記述している。今回はオーナと対面できる。どんな人だろう

・空港からステイ先はUberを使うことにしている。これを知ったのが東南アジア大旅行でのマレーシアだった。そして日本にまでそれが普及始めた。タクシーを使う時の心配,お金がいくらかかるか,ドライバーの態度,現金のやりとりの面倒くささ,この不安をすべて解消してくれた,そしてドライバとの話も面白い
今回のUberテスラでのお迎えだった
・ウエリントンとちょっと違う
・台湾人の老夫婦が迎えてくれた
・完璧な調理道具
・部屋まで鍵3つ
・玄関を出て見上げると 何だこれは
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2026年1月14日(水)
・ニュージーランド海洋博物館へ
・買い物 トマトキュウリ
・空港行きは断念  
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2026年1月15日(木)
・今日は「日本への道」を確かめる。オークランド国際空港にUberなどを頼らずに行き出発の手順を確認することだ。そしてバスを乗り継いで行くことが楽しみの一つ。バス乗車に特別なチケットは必要はない,カードをタッチするだけ。カードも暗証番号の入力をしなくても良いタッチ式。どんな仕組みなのか安全なのか等知らなくても使える。このホモ・サピエンスの技術に感心してします。
空腹を満たすためマックの自販機の操作をしてすぐに受け取れた。日頃マクドナルドを利用することはないがこれをレパートリーに加えると旅の食事は楽になる。健康に良いのかは二の次になってしまう。
 ハンバーグを食べていると近くに雀が寄ってきた。そして室内を飛び回っている。人を警戒していた雀もえさが容易に得られる人間社会と共生することを覚えたのか。日本でも上野公園の雀が逃げないで近づいてくる。ふと考えた今日本で大騒ぎになっている熊騒動。森にえさがなく人間社会のそばに行けば容易にえさが手に入れられるそれを学んだのだが悲しいかな人に脅威を与える存在は駆逐される。
・帰りもバスで車窓を見ながらの観光バスのようなもの。車内に人乗ってくる人,運転手の対応など興味深い。そして皆顔が違う!
空港近くのバス停からアジア人と思われる青年が乗車してきた。どうも日本人らしい。持っていた袋に成田の表示があり日本人と確信し話しかける。「日本人の方でしょう」「そうです」これで話は弾んでいく。日本語が通じる,日本語で話せる人にこんなところで出会えた。「WhatsAppやっている」「やっています」これで即つながりができた。「飛行機で眠れなかったとあくびをしながらの会話となったが」年齢は30歳くらい,カナダなどでの海外生活3年仕事をしながら探しながらの生活だという。ニュージーランドでも3人の仕事のための滞在の青年に会った。彼も初めてのニュージーランドで1年は働くつもりだという。ビルの高所での仕事などさまざまな仕事をしながらの海外生活だ。私たちの世代では考えられないことだ。決して楽ではないと思うけれども若くなければできないことに挑戦する若者に頑張ってと言いたい。彼が落ち着いたら一緒に夕食の機会をつくり交流をしよう。

2026年1月16日(金)
ニュージーランド11日目の朝。
朝食は、しっかり取れた。タンパクはゆで卵,トマト,こちらの太いキュウリ,バナナ,あと菓子のようなモノ
彩りを添えてちゃんと大皿に盛り付けて食べる。
昨日から新しいゲストとして、若いフランス人カップルが2人、宿に入ってきた。
一人旅の空間に、他者が入ってくると、生活のリズムを自然と考えるようになる。
散らかっている自分の部屋も少しは整えようと思う。トイレ,バスは共用なので相手の動きを音で感じながら
できるだけバッテイングしないようにする。男性とはご挨拶できた。やさしい人の良い顔はすぐ分かる。
二人のカップルのことを考えると,今日は朝食を部屋で食べようか
一瞬そんな考えもよぎったが、やめた。ここは自分の旅。自分が主人公。
キッチンでちゃんと料理をし、テーブルで食べることにした。
もし彼らが来れば、それに対応すればいい。
こちらから引き下がる必要はない。交流を求めるが、追いかけはしない。このスタンスが、今の自分には心地いい。
出発は10時45分。しっかり睡眠が取れ、疲れはない。
快調、快便。体は正直だ。しかし今日は初めて、日本から持参した薬を使った。右足首あたりの虫刺されらしき痒み。幸い軽く収まりそうだ。

今日はまず、ウォーキング10kmを視野に入れつつ、
ニュージーランド海洋博物館へ。
「3万年前の航海プロジェクト」と、この博物館の展示が人類の移動史として深くつながっていることを知った。ニュージーランドという島の成り立ち。人はどうやって、ここへ来たのか。
展示は、ただの船や模型ではなく、問いを投げかけてくる
2回目の訪問,受付では、期限が切れていたかもしれないチケットでも、「OK」と入れてくれた。この柔らかさも、ニュージーランドらしい。

家族連れが多く、子どもたちの質問が飛び交う。
質問しながら見る展示は、理解が深まる。
これは、科学館・博物館共通の真理だ。
体験展示|船の中に“いる”感覚船底が見えるような空間。
きしむ音、波の音、解説の声。面白いのは、
船内で食事をする様子が再現されていること。
映像を使い、「暮らし」として航海を見せてくれる。
街歩きが楽しい。路上には、ストリート名が刻まれている。
歩きやすく、清潔で、街の輪郭がはっきりしている。 しばし立ち止まり建物に見とれてしまう。東京でも今や地震に強い頑丈さだけでなくどうしてこんな飾りが必要なのかと思う建物もある。ここニュージーランドも地震が多い国だがこんなに高いものを作っていいのか心配になるがホモ・サピエンスの脳はいろんな困難を乗り越えて創造してしまう。

雲の多い空の下、スカイタワーが見える。5km以上離れたところからも確認できる。そのすぐ前が宿泊場所だからGoogleマップは必要ないが終了させることはない。

東京タワー、スカイツリー、そしてオークランドのスカイタワー。高さだけではない。
都市が何を象徴として立てているかの違いを感じる。
次はUberで移動し、オークランド動物園へ。

入口には「Auckland Zoo – World Wide」。
子ども連れがとにかく多い。

真っ先に向かったのは、闇の中で生きるキ-ウィの展示。 想像以上に暗い。足元も見えず、歩くのも慎重になるほど。こんな展示初めてだ。暗さに目が慣れても暗い。それにはちゃんと訳があった。見る人のためでなくキ-ウィの生活条件を良くするためだという。天井の小さな光は、星を表しているのだろうか。
真っ暗な環境で、キ-ウィは生きている。 多くの人がカメラを向けるが、そこに写っているのは――闇の中の命の気配だ。

2026年1月17日(土)

いつもの朝食から始まった。
白い皿に盛ったサラダには、レタスに加えて、初めてキウイも入れてみた。トマト、ゆで卵、野菜を中心にしたこのサラダは、日本での自分流のサラダになっている。
海外での食事は野菜が少ないから体調を整えるためにも必要だ。
食事を終えると、外に出て、いつもの場所からタワーを見上げた。
この角度、この距離感。毎日同じ場所からタワーを撮るのが、いつの間にか自分の習慣になっていた。「さあ、今日もがんばろう」
そう心の中でつぶやきながら、歩き始める。
出発前に、宿泊している建物のまわりを一回りする。自分が滞在している建物を、外からじっくり眺めるのが好きだ。
建物の形、周囲との位置関係、角の曲がり具合を頭に入れておく。そうしておけば、道に迷うことなく、自分の足で宿泊場所に戻ってこられる。一人旅だから旅先での小さな安心を、こうして一つずつ積み重ねていく。
昨日は、博物館と動物園を巡り、展示や生きものを注意深く観察する一日だった。今日は少し気分を変えて、歩き時には走り、そして植物を楽しむことを主な目的にする。服装も、歩きやすく、走ることもできる軽装にした。歩き出すと、街路沿いの植え込みに、鮮やかなオレンジ色の花が咲いていた。厚みのある葉の間から、花がかたまって顔を出している。都会の建物に囲まれた場所でも、植物はきちんと季節を刻んでいるのだと感じる。

さらに進むと、今度は背の高い花に出会った。
淡い紫がかった苞と、白い花が幾重にも重なって、まっすぐ空に向かって伸びている。岩肌を背にしたその姿は、野生の力強さと静けさを同時に感じさせた。今日の歩き方は決めている。
宿泊場所前の大通りを、とにかくまっすぐ行けるところまで行く。
曲がらない。戻らない。その先に何があるのかは、行ってみてからのお楽しみだ。地図よりも、自分の足と目を頼りに、朝の街を進んでいく。
やがて突き当たった場所に、思いがけないものが現れた。
大きな石を、縦に、高く積み重ねたような造形物である。
人の手で意図的に積まれたものだ。何を意味するのだろうか。
説明は見当たらないが、ただ「ここに立っている」という存在感がある。しばらく足を止め、見上げていた。それは入り口を表示するモノでもあった緩やかな坂道を登っていくと、芝生が広がり、古い大砲や像が点在している。
どうやら公園のようだ。人びとが散歩をし、軽く走り、犬を連れて歩いている。観光客らしき姿もあれば、日常の延長としてここを使っている人もいる。昨日は、博物館や動物園で、展示や生きものを注意深く観察していた。今日は、説明も解説もない。ただ、歩きながら、見えたものをそのまま受け取る。
そんな朝の時間が、ここには流れていた。

公園の中を歩いていると、この場所の「番人」のような存在に何度も出会った。それは人ではなく、木だった。この公園には、随所に巨木が立っている。
ただし、私がこれまで思い浮かべてきた「巨木」とは、少し違う。
まっすぐ天に向かってどっしり立つ一本立ちの木ではないのだ。ここにある木々は、根元のあたりから何本にも枝分かれし、
太く、がっちりとした枝を四方に伸ばしている。
その姿は、静止しているはずなのに、どこか動きがある。
まるで、大地の上で踊っているかのようだ。 枝は低く広がり、幹はねじれ、根は地表に顔を出している。
近づいて見上げると、木の内部を流れてきた長い時間が、
そのまま形になって現れているように感じる。私は何度も足を止め、違う角度から眺め、枝の間をすり抜け幹に手を当ててみた。人びとは、その巨木の間を縫うように歩き、走っている。
散歩する人、ランニングする人、ベンチで休む人。
誰もが、この木々を特別扱いするわけではない。だが確かに、この公園の空気は、
これらの木によって守られ、つくられている。ふと気がつくと、自然に笑顔になっていた。ここは観光地というより、
日常と非日常が静かに重なり合う場所なのだ。

今日は、ウォークとランを組み合わせて、15kmを目標にしていた。
無理に距離を追うのではなく、気持ちよく体を動かすことを大切にする。

この公園の心地よさに背中を押され、同じ道を一周、二周。
さらに、曲がりくねった小径にも足を延ばしてみる。
直線だけでなく、カーブや起伏があることで、景色も気分も変わる。その変化を楽しみながら、自然と距離を稼いでいった。気がつくと、4kmほど進んでいた。ここで次の目的地を意識する。
次は、海洋博物館のあるエリアへ向かうことにした。歩きながら、公園の案内表示に目をやる。
この場所の名前が、**Albert Park**であることを知る。
名前を知ったことで、この朝の時間が、地図の上の一点として、
自分の旅の記録の中にしっかりと刻まれた気がした。

見慣れた New Zealand Maritime Museum 周辺に出ると、土曜日らしく観光客でにぎわっていた。
観光客向けのイベントなのだろうか。
広場には土俵のような円形のステージが設えられ、スタッフが慌ただしく準備を進めている。朝の港町に、少しずつ一日の熱が入り始めていた。ふと顔を上げると、遠くに Sky Tower が見える。
このタワーが視界に入ると、もう迷うことはない。
自分の宿泊場所へ戻れるという確かな安心感がある。
それでも、マップを閉じることはしなかった。
知らない街を歩くときの、この「頼りすぎない」感覚が心地いい。 港に突き出した Hilton Auckland のある桟橋へ向かう。
ここは人通りが少なく、路面の凹凸もほとんどない。足裏に伝わる感触が一定で、走りやすい。観光船が何回も通り過ぎる。帽子をてに思い切り手を振る。遠く気がついた人が手を振ってくれる。ホモ・サピエンスどうしの連帯を感じる。かなりキツくなってきた。昨年以来なかなk練習時間が確保できなかった。「ここでもう一踏ん張りだ」そう思いながら、呼吸を整える。
目標は、少なくとも 8km。海の広がりと空の明るさが、背中を押してくれる。観光地のにぎわいを横目に、私は黙々と前へ進んだ。

走りながら、終わったら何を食べようかと考えるだけで力がわいてくる。さきほど通りがかった素敵なレストランでの食べものを横目に走っていた。ガラス越しに見えた料理の色や盛り付けが、
次第に具体的なイメージとして膨らんでいく。

心地よい汗が全身をめぐり、
体の中がすっかり入れ替わったような感覚になる。脚はきついが、気分は軽い。走ることで、体だけでなく、気持ちも整っていくのがわかる。

レストランに入ると、まだ空席が多く、静かな時間が流れていた。
感じのよい店員さんが応対してくれる。日本から来たことを伝えると、「こんにちは」「どういたしまして」と、覚えたての日本語を次々に繰り出し、とてもフレンドリーに接してくれた。

メニューを見せてもらい、スマホの機能で瞬時にメニューが日本語かされ中身の検討がつく。今までは適当に日本で食べていたものに近いのを選んで注文し全くイメージと違ったものが出てきたという経験をしていた。料理の内容を理解して注文する、
これは、この旅で初めての経験だった。言葉の不安が消え、
「分かって選ぶ」という感覚が、旅の自由度を一段上げてくれた気がする。

今回の旅では、チピタと話すことで大いに刺激を受けた。ただ情報を得るというのではなく、「なぜだろう」と考えるきっかけを、何度ももらった気がする。

公園で出会った巨木もそうだ。
樹木の名前まで特定し、
しかも同じ種でありながら、
なぜニュージーランドの木々は、
あれほど自由に、踊るように枝を伸ばしているのか。気候、土壌、風、光、そして人との関わり方――
一つの答えではなく、いくつもの要因が重なっているのだろう。
そんなふうに考える時間そのものが、この旅の豊かさになっていた。 レストランを出たあと、次の公園()へ向かい、そこでも何周か歩き、走った。
気がつけば距離は10kmを超えていた。
そこから宿泊場所へ戻り、
この日のウォーク・ランは12km
目標にしていた15kmには届かなかった。
けれど、ニュージーランドに来て
初めて10kmを超えたウォーク・ランだった。

数字以上に、
「この土地で体を動かし、この景色の中を走った」
という実感が、心に残った。


帰宅するとオーナーの息子(台湾)とその友人(ベネズエラ)が話していた。簡単な挨拶で終わると思ったら延々の交流となった。 翻訳アプリ大活躍 ランニングについて熱がこもる
 翻訳アプリがつないだ会話
昨日は、台湾出身の青年と、彼の友人であるベネズエラの青年と、長い時間語り合った。彼らの父母が、ちょうど僕と同じ年代だということもあり、「同じ年代の人が、こうして一人旅をしている」という事実に、強い関心を示してくれた。遊びの名刺を渡すと、そこに書かれたランニングの話題にも食いついてきた。質問が次々と飛んでくる。理解が追いつかないところでは、翻訳アプリの登場だ。単なる短文のやり取りではなく、台湾の青年がかなり長く話し、それをまとめて翻訳して見せてくれたことだ。こちらも日本語で、できるだけテンポよく話す。気づいたのは、
「ゆっくり話さなくても、ちゃんと伝わる」
――翻訳アプリが、そこまで進化しているという事実だった。お互いがアプリを使いながら、会話のリズムが途切れない。
これは、これまでにない新しいコミュニケーション体験だった。日常的な短文でのやりとりでなく心の中までもお互いに理解しようとする会話も可能であると実感した。アプリが間に入るからゆっくりお考えながら話すために理解が深まると感じた。もちろんアプリなしで通じ合えるような会話をめざしたい。
ベネズエラの青年にトランプの話題を出してみた。「複雑なんだ」と返ってきた。その話題は止めることにした。
2026年1月18日(日)

帰国モード、そして最後の挑戦へ
今日から気持ちは帰国モードに入った。
荷物を整理し、忘れ物がないか一つ一つ確認する。そんな中で、最後の挑戦を決めた。
路上ライブだ。 チピタに相談すると、適切な場所をいくつか教えてくれた。もしそこで「栄光の架橋」を歌えたら――それは、この旅の最高の締めくくりになるだろう。
ホモ・サピエンスと出会う旅。音楽で人とつながる旅。これは、なかなかできる経験ではない。いよいよ路上ライブの現場へ向かう。
海外で歌う、第2弾。
しかも、これまでとは違う条件だ。

何が起きるかわからない。
だからこそ、注意深く。
財布や貴重品は必ず身につけてからスタートする。写真も撮る予定だが、どうなるだろう

白いピアノと「エリーゼのために」

駅構内に入ると、白いピアノが置かれていた。思わず座り、「エリーゼのために」を弾いてみる。 全国大会以来、初めての演奏。正直、なかなか思うようにはいかなかった。
それでも、とにかく最後まで弾き切った。
長い間ピアノから離れていたのに、
曲が体に残っていることを、はっきりと感じた。
音楽が、自分の中に入っている。ただし、立ち止まって聴いてもらえる演奏には、まだほど遠い
もっと音楽的に、もっと深く――課題ははっきりしている。
ス構内のタッフの方に、
「ここでギターの音を出してもいいですか?」
と尋ねると、
「もちろんいいですよ」とニコニコと実に気持ちの良い返事が返ってきた。日本で言えば東京駅のような雰囲気の駅だ・
この場所は、電車を待つ人たちの待合室のような、開かれた空間だった。
人前で弾くということ「その場しのぎで弾けばいいや」
そんな気持ちも、どこかにあった。それでも僕の演奏にサウジアラビアの親子が近づいて拍手をしてくれた。子供がギターに興味を示した。日本も一度来たことがあるという。「I love JAPAN」といってくれた。
人の前で演奏するには、やはり準備が必要だ。旅先では、どうしても見るもの・体験するものに力が入る。それでも、僕の旅は、ギターやピアノは人と出会うための大切な道具だ。まず自分で練習し、そして本番に臨む。
その姿勢は、やはり大切だと感じた。チューニングして「ふるさと」を歌い出したら感じが全然違う。しばらく歌わなかった歌なら尚更準備が必要だ。宿泊場所での音出しはできない。必ず公園などで声だし練習して「路上会場に向かう」これからの教訓にしよう。
結局「栄光の架け橋」は歌えなかった。
弾く前には、演奏会やコンクール前と同じような緊張感があった。これもまた、一つの経験だ。
2026年1月19日(月)
 毎日徒歩5分の近くで眺めていたスカイタワーに登るか正直、少し迷った。映像で見られる時代に、わざわざ登る必要があるのか。けれど、スカイタワーの展望デッキに立った瞬間、その迷いは消えた。オークランドの全市街が一望できる。
そして何より、いま自分がお世話になっている場所が、街の中でどこにあるのかを、この目で確かめることができた。これは映像では得られない感覚だ。曇り空で、空や海の青さが沈んで見えるのは少し残念だったが、それでもこの体験には十分すぎる価値があった。
海に囲まれ、入り組んだ湾と湾を橋でつないでいるオークランドの地形が大体理解できた。上から眺める街は、全体像がつかみにくいのに、なぜか魅力的だ。
複雑で、入り組んでいて、建物一つ一つも個性的。
都市として、とても面白い。
アルバート公園で歌いたい何故か思い切り声を出したかった。巨木のあるアルバート公園にいこう。 ここでギターを弾き、歌う。人に聴いてもうを目的にしないただ声を出す時間を持つのも快い。
その後はとんぼ返りで宿へ戻る予定。
なかなかハードなスケジュールだが、最終日を無駄なく使っている実感がある。
携帯や持ち物の管理だけは最後まで油断しない。
ポケットに無造作に入れず、ひとつひとつ確認しながら行動する。 日本人青年との会食夕方、日本人青年との会食へ。
オークランドは今日も風がある。ニュージーランドに来て強く感じたことがある。日差しは確かに強いが、風のおかげで体感温度はとても涼しい。過ごしやすい。フードコートのベトナム料理店が待ち合わせ場所へ、日本食も含めて多様な料理が並ぶ。
「最初から知っていれば、もっと通ったのに」と思わせる場所だった。ニュージーランドの食環境は、総じて居心地がいい。

博物館で、戦争と向き合う、
オークランド戦争記念博物館へ。 木を多用した壁の建物は、重厚で、どこか落ち着きがある。
展示では、ニュージーランドが第二次世界大戦で何を経験したのかが、
映像を通して強く伝わってくる。展示量は膨大で、日本の国立科学博物館と同じく、
とても一日では見きれない。だが、解説は非常に参考になり、
これから改めて学び直したいテーマがいくつも見つかった。

特別に工夫された映像を多用した展示、意欲的な建築、
そしてニュージーランドが見せてくれる歴史と自然。この一日は、
観る・感じる・表現する・学ぶが、きれいにつながった一日だった。
迷いながらも選び、動き、確かめた一日だった。
帰国も度に入った!

時系列は上から下に並んでいます。