つぶやき  

2001年

12月

●31日(月)アメリカのニューハンプシャー大学のマークヘロルド教授は米国によるアフガニスタン空爆での一般市民の犠牲者が少なくとも3767人に上っているとする報告書を発表したと言います。 戦争の世紀だった20世紀から21世紀の1年目 平和の世紀であって欲しいと言う願いに真っ向から挑戦する9月のテロそしてそれへの復讐戦でまた多くの罪のない人々の命が失われました。平和だから歌える 勉強できる そして走ることができる。
 もうすぐ2002年がやってくる。平和のために何かしなければならないと言う思いが強まっている。 明日は,日の出前から動き始める。
●28日(金)昨日 京都から東京駅に帰ってきた。さすがに疲れていたがその足で高石ともや年忘れコンサートに。昨年はそごうが閉店しもう読売ホールも最後 見るからに寂しいビルディングと化していた。ところが昨日同じ場所に1年ぶりに行って驚いた。 全館ビッグカメラ にぎやかな音楽とネオン 何と言ったらいいのでしょう。コンサート前に少し食事をしておこうと思い周辺を歩き回っていると,ある方向に人の流れがある。「何かあるんですか」交通整理をしている人に聞くと「何かイルミネーションがスゴイのをやっているんです」
「なーんだ」  食事場所のあるビルの地下飲食街。入ったところと違う所から出て,ふと顔をあげて驚いた。タダならない光 幻想的なイルミネーションが目に入ったからだ。
「なんだあれは さっきの人の流れはこれか」吸い込まれるように私もそのまっただ中に足を進めた。これが 東京ミレナリオ(TOKYO MILLENARIO)だって!初めて知った。
娘も女房も知っていた。もう3回目だと!!
 高石ともやの60歳記念になるコンサート 1960年代 70年代と高石ともやの生き様とそのとき高石ともやが好きで歌っていたうたを歌った。 きらびやかな「光」を見た後だからか,何故か心にしみた。 いつまでも元気で歌って ランニングして欲しい。
●24日(月)忘年会も終わりもう冬休み気分。娘達は明日も休みで完全冬休みモード。東京は明日終業式だ。2学期も無事終了ということでホッとするひとときだが,26日から修学旅行の実地踏査て京都・奈良へ 生徒が宿泊するホテルを訪問したり昼食場所の選定班行動に必要な情報の収集と時間の限り見聞してくる。まあ仕事だから楽しむところまで行かないが,冬の京都 奈良にふれるだけでもうれしい。
●16日〈日〉ホノルルの一週間が終わりました。まだ余韻が体中に残っています。
12月も後残り少なく,2学期も実質あと一週間。あわただしい年末心の整理がつかないまま走っているようで,今日は久しぶり整理整頓しながらこれからのことを考えました。今日からランニングの再開! 



11月

●11月30日〈金〉古くなった電柱を取り替えるから立ち会わねばならなくなった。
さぞかし大変な労力が費やされるのだろうと思っていた。重量車両が3台きて作業を始める。
電線をはずすのもあっという間に終わりいよいよその電柱を取り出す作業に 1メートルの近くに屋根が接近している。どのように抜くのだろうと興味深く見守る。
 ビックリしましたクレーンのような重機でまっすぐ垂直に抜いてしまったのです。そしてまた新しい電柱をくぎを打つように入れてしまいました。巧みに機械を使っての作業に感心してしまった。  ありがとう御座いました。
11月25日(日)第21回筑波マラソン レポート

    記録 42.195q 4時間36分58秒
                  4109位 5869人中

 不安に思っていたこと@ホノルルマラソンへ行けないようなダメージを受けるのではないか
A最高35qまでは走れたがそれ以降は足の痛みで挫折していた。この痛みは何が原因なのか これを乗り越えられるのか 

ミズノスポーツのペースアドバイザー(5時間完走)の横について15qぐらいまで走ったのが
よかった。いかにペースを保つかが難しい

22q地点で左足に痛みを覚えるが動きは普通  そのころ回りでは歩く人が多く見られた
やはり同じような痛みを感じているのだろう。

36qのラインを越えたときうれしかった。まだ走れる気力とエネルギーがある。路上に座り込み苦しそうなランナーも出始める。

紅葉のすばらしさ  
ウエストポーチをつけて そこには 小銭 補助食品 携帯 ポケットカメラをいれた入れて走ったが全然気にならなかった。
走る仲間,牧さんがいたので心強かった。
走り終わってからのエネルギー補給を考えておくべきだった。

空腹のままバスに乗り 酔ってしまった

翌日の通勤ランニングは止めて 亀有からのウォーキング でも普通に歩けた。
階段の上り下りが少し苦しい

 ゴールは筑波大学陸上競技場  そのトラックに入ったときもう歓喜
最後のラストスパートを出せた 何人も抜いてゴール 

ミズノスポーツのペースアドバイザ そして次々と現れる私の前を気持ちよく走るカッコイイ
ランナーに引っ張られて,一人で走っていたら挫折してしまいそうな困難を乗り越えられた。
マラソンの魅力はこんな所にもあるのだなぁ 個人のスポーツでありながら集団に励まされる

牧さんと完走の祝賀夕食   ビールがもう... 
●11月18日(日) 今週はきつかった。土曜日午後から日曜日午前 鬼怒川温泉 日曜午後から夜 と濃密な時間を過ごした。肉体は疲れたが,心は晴れやか。 また新たな和(輪)が広がった気がするのがうれしい。23日のコンサートに向けた練習をやった。同世代の医者 高校教師 中学教師 が音楽でつながった。初対面なのに心が通じてしまう。
 練習を終えて 下町の酉の市に案内された。元気のよいかけ声。 手拍子。
生まれも育ちも浅草の友人の趣のある話が快い。これでも不況で人出が少ないという。
日本の風情 もっともっと盛り上げたい。さて来週はいよいよ筑波マラソン 期末テスト。
●11月11日(日)土曜日雨  このごろランニングランニングと話題がすぐランニングに結びつくので,家族のものに少し呆れ顔をされる。土曜日雨でも走ろうと思ったがあまりに寒々
としている。よーし今日はスポーツセンターで体を動かそう。と車で10分ほどのスポーツセンターへ。卓球大会で盛り上がっている大体育館。その上に一周190メートルのランニングコースがつくられていた。もうすでに年輩のランナーが走っている。速い速いぐるぐる回っている。そこで10キロラン。室内ランもなかなかいい。
秋晴れの日曜日は取手市文化祭。娘がバレエで出演(わずか2分)のために久々ビデオを用意する。イヤ−老人の発表が多く 本格的な照明にうつし出された人々の年輪を感じさせられた。多彩な文化。もっともっと工夫してほしいなぁ と思ったのでした。
●11月4日(日) もう年賀状の話題が聞こえてきている。今年は何枚購入しようか。
ランニングが生活に入り毎日が変わってしまった。娘が受験生で頑張っているのに!
しかし「お父さん頑張って」の気持ちが伝わってくるのがうれしい。

 人の発生の歴史を見ると2本足で歩くことが他の動物との決定的な分かれ道になった。きっと自分たちの食べ物を確保するために,走り回っていたのではないのかなぁ
人類の頭脳の発達のおかげで,私達庶民は大変便利な生活をすることができるようになった。足を動かさなくても移動できる。足を動かさなくても登ることができる。
でもちょっと待てよ,2本の足で歩いたり 走ったりすることはもっとも人らしいことなのではないかなぁ。  今 走る 歩く喜びを知った自分はもっとも人らしい生活をスタートさせたのではないかなぁ  


10月

●10月28日(日)今日は我が人生にとって忘れられない日 手賀沼マラソン参加。学芸展を終えて一区切りしなければならない事態に一つの決断をした。
その次の日のハーフマラソン 大丈夫かと不安だったが また同時にこのストレスをはねのけるために走れば馬鹿力が出るかもしれないと無心に走った。沿道の人の顔もできるだけ見た。可愛い子供が手を振ってくれた。何かうれしくなってドンドンとばした。自分一人で走っているときよりタイムがエラクよい。あれーこの調子だと途中でダウンするかなぁと一瞬不安になったがドンドン背中を押される。遙か遠くを走っている人の列が自分の所まで続いている。壮観 壮観 年寄りも若者も男も女もみんなが一つのゴールに向かって走っている。7623人の一人として走れるのがうれしい。50歳から54歳のエントリーが一番多く男女併せて1180人私達団塊の世代 ゆりかごから墓場まで競争だ何て言われた世代 でもここでは違う お互いに健康で頑張り会える仲間 そんな感じがするのだ。
 途中左足が痛くなったがある時期を越したら痛みが止まりまたとばした。
ゴールを全力で駆けぬけた。この喜び そして 仲間と交わすビールの乾杯
もう 至福の時  また走ろう 10月ももうすぐおしまいかぁ
●10月21日(日)父親の友人夫婦が来てくださった。私が幼い頃からお世話になった。「亮ちゃんが52歳になったの!」時の流れをしみじみと語り合っている
何より健康 父も母も会話をしながら元気になっていくようだ。どんな年を取り方をするのか。考えさせられた。
●10月14日(日)すばらしい秋晴れの日 リリアコール10周年記念コンサート
金町双葉会館に11時前に到着。もうすでにリリアコールの皆さんが生き生きと動いていた。そろいの衣装が決まり本当に晴れやかな姿に心も晴れやか。
10年間の一人一人の思いが込められてアトホームなコンサートになった。
3曲歌わせてもらったがあがってしまった。観客の皆さんの顔を見ながら歌えたのが良かった。5年前の卒業生が来てくれた。そして花束を渡してくれた。 反省会 そしてわざわざ日曜日なのに開店して待て下さった「赤いグラス」のマスターに感謝感謝! すばらしい仲間達のつながりができた。
●10月8日(月)体育の日 平和でなければならない日なのに,朝からアメリカがアフガニスタンへの戦争を開始したという暗いニュースで一色。
21世紀は平和の世紀を願っていたのに戦争でスタートか!?

 どうして民主主義を代表しているような国が仕返しの戦争を始めるのか。
「民間人への被害は最小限にとどめる」攻撃 爆撃? そこには一人二人の命ならどうでも良いという人命軽視の支配者の論理が貫かれている。
 テロリストが次のテロを準備していると全世界で警戒するようにと....
そしてまたそのテロにたいする報復 限りなく殺し合いが続いてしまう。
そして,殺されるのは罪のない人々   戦争を直ちに中止せよ
この声を,大きくしなければならない。マスコミは戦争の評論でなく戦争反対の世論を喚起するための報道をすべきでないのか。私達の世代 そして子供達の世代が平和で暮らせることを願わずにはいられない。

 雨の中 ランニング。ランニング熱は異常に燃えている。世界平和のためにランニングで何かアピールできないか。
●10月2日(火)振り替え休日 昨日雨 雨上がりの空気は気持ちよい
利根川河川敷 休日でないから 誰もいない 一人ランニング
でも 自分の決めた距離が走れず 挫折  さぁ2ヶ月以上続いたランニング生活
10月もコツコツ頑張ろう

9月

●9月30日(日)授業参観日 終わるとホッとするのは 教師も親も同じではないかなぁ。
私も娘の授業参加日に何度も行ったけれども,親御さんの気持ちがよくわかる。
そんな中十二中学校で初めて本格的にパソコンを使用,プリントアウトまでやれた。初歩的なつまずきをやさしく丁寧に教えた。まだマウス キーボードの操作が手慣れない生徒も多い。
その生徒達を基準においての授業。てきぱきと質問に対応するのは訓練を要する。
普通の授業の何倍もエネルギーを費やすがおもしろい。本気でネットワークの勉強をしょう。
 いよいよ9月もおしまい。通勤ランニングも定着しランニングが益々楽しい。久しぶり上野に買い物に行く。
●9月24日(月) 戦争反対 戦争はまた次のテロを生むだけだ

アメリカ兵が生まれたばかりの子供にキスをして若い妻と別れを惜しんでいる。こんな場面が
新聞に掲載されていた。 あの忌まわしいテロの惨劇から2週間を過ぎようとしているが連日報復戦争の実行の段取りがマスコミの中心的な報道になっている。
 本当にアメリカ市民は怒っているが報復戦争を望んでいるのだろうか。歌手のマドンナが報復戦争反対とコンサートで訴えたという。ニューヨークで大規模なデモがあったという。戦争戦争の大量の報道におかしいなぁと思っている人がたくさんいるはず。また善良な罪のない人々が殺されるのだ! 現にアフガンから医療関係者が撤収したために瀕死の状態になっている子供達がいるという。 戦争戦争と言っている人達は一番安全な所にいる。犠牲になるのは若者。
若いアメリカ兵よ 行ってはダメだ 子供が可愛そうだ!
 昔 日本で戦争反対をいえない雰囲気があったという。今アメリカはそうなのか。
      We call for PEACE and JUSTICE, not revenge.
●9月16日(日)タートルマラソンの開会式で「一人一人の命が大切にされなくては」
という話がありました。9月11日のアメリカで起きた衝撃的なテロによる犠牲者への黙祷を捧げました。9月11日だけでなく理不尽にもあまりに多くの命が失われていく。日本でも世界でも!そしてまた報復という戦争が準備され全く罪のない人々の命が失われてしまう。
 どこがでこの悪循環を断たねばならないのでは!!しかしあの貿易ビルに突入した旅客機
そして,その後のあまりに残酷な場面を見せつけられると「報復は当然」ということになるのだろうか。
 9月15日タートルマラソンで生きている喜びを胸一杯感じることができた。平和だからできる。
●9月9日(日)台風接近中。朝早く起きたら明るい きょうは走れると思って準備したら雨がぽつぽつ 少し迷ったがとにかく利根川河川敷の運動公園に行こう! また雨が上がってもうすでにランニングしている人達がいた。 もう迷うことなくウォームーミングアップ。
 今日は何となく調子よいぞ とやれるだけやろうとゆっくりと長時間長距離のランニングに挑戦!   だんだんと人が多くなってきた。中年男性中心のソフトボール 少年野球 若者のサッカーチーム 土砂降りの雨 と思ったら 雲の切れ間から光り といった調子だが私のマラソンだけは中断せずに続けられた。雨の中のランニングもなかなかいいねぇなんて考えながら....
雲が空を飛び刻々と空の様子が変わっていく。
4.44キロのコース8周走り抜けた 35.52キロ これは初めての経験だ
そして4時間以上走り続けられたのも初めてだ
 
今日は自分の体にとって記録的な日だ。フルマラソンも夢でない。ゆっくり挑戦しょう。  
●9月8日(土) 3日(月)から生活が変わった。何と朝30分も早く家を出て出勤している。
この朝の30分は大きい。そ
●9月1日(土)始業式 生きて会えることがうれしい。本当に,事故 事件をかいくぐって会える。貴重に思えます。今日も朝から新宿歌舞伎町でのビルの火災44名の命が失われたことが大きなニュースとして報じられています。  心配していた生徒の笑顔 2学期は頑張るぞの顔つき
がうれしい。

8月

●8月31日((金))雨の音で目が覚めました。今日は本気で長距離に挑戦するつもりでしたが中止。夏休み最後の日 静かな一日でした。雨もいいもんですね。
●8月25日(土) ホームページ開設3周年
 「ボナハイツ祭り」の大仕事が終わりホッとしています。いよいよ新学期のカウントダウンが始まりました。  
 このホームページも開設して3年がたちました。カウント数も6000回を越えて見てくださる人が少しずつ多くなっているので,励みなっています。
 ブロードバンド 常時接続の時代とかインターネツトの環境もめまぐるしく変わろうとしています。それなのに今度はIT不況が取りだたされこの夏のパソコンの売れ行きが全然のびなかったそうです。それでもインターネットインターネットの言葉は毎日のようにあちらこちらから聞こえてきます。
 この1年間で新たにメールでの交流ができるようになった人がぐっと増え,ホームページを開設している人とのホームページを通じた交流も始まりました。学校もコンピューター室はインターネツトにつながりました。
 この1年は,いろんな催し物を通じての交流にメールと併せて様々な交流が進んだなぁと思います。
 海外にいる人との交流も活発になりました。留学生活を送る教え子からのメールも届きどこにいても心を通じ合わせることができることを実感しています。
これから同窓会ごとにますます広がる和のお手伝い的ホームページ みんなが訪れて懐かしいなぁ 元気が出るなぁといった内容にしていければと考えています。今後とも,よろしくお願いします。
●8月18日〈土〉1月のリリオホールのコンサートに続いて今日人の前で歌わせてもらった。暑い日差しの中,父親を病院に送り重いギターと鞄を持って会場の亀有へ だいぶ遅れて到着。女性コーラスの声が聞こえている会場へ入っていった。
 忙しい合間を縫って集まり合唱を練習している人達 何と10年間も続いているという その生き生きしたお顔を拝見し元気が出てくる。3曲も歌わせてもらった。
詩を理解して頂けるという安心感があって歌いやすいけれども緊張した。拍手がうれしかった。10月のコンサートのイメージが少しずつ湧いてきた。
●8月12日(日)久しぶりの雨もつかの間,水不足が心配されている。下水処理した水が散水用にタダで供給され始めたそうだ。
 娘達 女房がたまたま一緒に家をあけている。私一人の生活が2日続いている。
久しぶりの「独身」生活。この貴重な時間をいかに有効に使うか,寂しいけれども
自由な時間のありがたさを感じているひとときでした。
●8月5日(日)もうすぐで夏休みの前半が終わろうとしている。予期せぬ体調不調で50歳を記念して始めた取手市歩く会主催のナイトウォーク東京から取手までの約40qのウォーキング (11日〜12日)の3度目の挑戦を断念した。もう一度最初からやり直して,9月15日のタートルマラソン(21.0975q)10月28日手賀沼エコマラソンの初挑戦に向けての体力づくりを計画しよう。
●8月1日(水)父が86歳になった。「お父さん86歳になったね 感想は?」と言うと「まだ気持ちは変わらないけれど もう86歳か」とベッドでつぶやいた。
 頭もしっかりして,喜びなどの感情の表現も反応が早く会話が楽しい。そして何よりどんなに年をとっても親は親 私のことをいつも心配してくれている。
目も余り見えなくなっているのに,歩くのも覚束なくなっているのに「亮!大丈夫か」と声をかけてくれる。ありがたい励ましだ。長く長く生きて欲しい。 

7月

●7月29日(日)夏が過ぎていく。この一週間もあわただしかったけれど充実していた。ドッグ入りして健康チェック ナイトウォーク そして新たな目標 9月15日初めてハーフマラソンに出場するという目標を立てたときから少し生活が引き締まった。52歳の
挑戦かな!こういうの好きなんですね!
教え子の高校2年生が高校野球で活躍 都内のテレビに映っていた。アップで映されたその顔を見て,実に生き生きしたよい顔
の長谷部君におもわず頑張れと声を出していた。
 今週は高校野球に注目。携帯電話で高校野球速報を聴いた。1回終わるごとの情報が流されていた。どきどきしてそのアナウンスを聴いた。    
 ちょっと涼しいこのごろ ....
●7月21日(土)夏休みに入った。終業式の日(19日)にうれしい出会いと新しい音楽との出会いがあった。エッこんなところでライブができるのといった雰囲気の店で有名な友川かずきの前座に14年前ギタードラム部の生徒だった稲垣 君が出演すると言うことで奥戸中時代の小十郎さんと出かけた。テクニックはすごい。歌もオリジナルでじっくり聴かせる歌。よかったぁ。
 友川かずき 51歳 独特のライブ 一曲ごとに瓶ビールをラッパ飲み。歌の内容もユニーク 発声もぐぐっと引きつけるものがある。 
 終わって渋谷で稲垣君と飲んで食べた。2万円の下宿にいるというまじめに音楽にこだわっている。地味に演奏活動を続けているという。まっすぐとした目 気持ちのよい青年に育っていた。
頑張れ 頑張れ 頑張れ
●7月15日(日)先週 高石ともやとナターシャセブンで終わった。相変わらずの感動 その中でマイクをはずして 客席に近づき歌った歌特に心に響いた。そしてそのあとの打ち上げでの面白い交流が印象的だった。そこで自分が執筆した本を売っている人がいた。高石ともやコンサートの前座で歌ったときの仲間
白石さんだった。「都会の百姓です。よろしく」1700円(税別)
迷うことなく買った。「こんなところで売れるとは」と本人。
一息に読んでしまった。 また何か新しいことができそうな気がした。 全く未知の「業界」の人との交流は,なかなか興味深い。  梅雨が明けていよいよ本格的な夏の到来
●7月8日(日)梅雨も明けず 暑い暑いの毎日でした。
先週 うれしいメールが届きました。大先輩(元同僚)からHPを見たよと言うメールでした。「検索gooを使ってやっと見つけたよ」ということでした。これからまたお会いしていろいろな交流ができると思うとうれしくなります。
来週は高石ともやさんに会える,また元気をもらえるかな
○亀有駅から職場までの往復ウォーキング汗を流しながらの快感になっています。
●7月1日(日)暑い一日 利根川の川辺 運動公園は夏色でした。さあ今日から7月だ!


6月

大事なこと
●6月30日(土) 自分が撮影して掲載しているこのホームページの写真 これを見た人から「自然研究路のヤマツツジ 僕が撮ったのっぽいんですけど,違いますか?」と言われてどうしてそんなこというのだろうと考えた。自分のデジカメから作っているのだが......
 私のデジカメを貸した覚えもないし イヤ 貸したのを
忘れているのかも...このごろ定期をいれてとるのを忘れたり 我ながら恐ろしいほど「あっ...しまった」
のケースが多いので..
 幸いその人とすぐ会えたので事情を聞いてみた。なるほど こういうことだったのか 私とその人(学生)は同じ細い道を列を作って歩いていた。そのきれいなヤマツツジをわたしが撮影した場所で彼も立ち止まり写真をとっていたのだ。彼は自然教室での学習係。与えられたカメラで熱心に撮影していた。そしてそれは学校で回収されまとめて写真屋さんに出されていた。まだ彼には見せられていない,彼は自分が撮ったその写真がてっきり掲載されたのではと思ったのだ。私もデジカメで同じ場所のそのきれいなヤマツツジを撮ってそれをカバー写真に使ったのでした。(彼の撮った写真はデジカメでない写真だからもしパソコンに取り込むとしたらスキャナーを使い画質がもう少し悪くなってしまう。)
 ここはいいなぁと思う場所 みんないいなぁと思うんですね。
 人の撮影した写真を勝手に掲載するのは,おかしい。自分が撮っていない物を掲載するときは相手に了解してもらい自分が撮った物でないことを明示すべきだ と言うことはよくわかっているのだか゛
 
 こんなこともあるんだと..大事なことだ。
ホームページへの写真掲載についてもいろいろな議論がなされている。画像一つ掲載するのにいろいろ考えておかねばならないのですね。 
●6月24日(日)久しぶりに都営三田線に乗った。ホームがすべて転落防止のきれいな壁が作られていた。
そうだよ これをもっと早くやってくれれば.. 
●6月17日(日)梅雨らしい天気が続いています。久しぶりに雨が上がった土曜日の午後 駅から利根川べりの運動公園を巡って1時間30分くらい歩いた。途中何度も足を止め花に目を凝らした。しろつめ草が辺り一面に咲き誇っている中少数だけれどもあかつめ草も所々に咲いていた。きっと植物の世界にも厳しい生き残りをかけての争いがあるのかなぁ。ふと近くをツバメが通り過ぎる、そして近くにツバメの子供らしい姿が草の中に埋もれていた。どうしたんだろうじっと観察していると目をきょろきょろさせて不安そうだ。親が来るのを待っているのか。あるいは傷ついて動けないのか。少しずつ接近してみた。ただならぬ雰囲気を感じてかツバメの子供は羽を動かして少し飛んで移動した。ああ良かった
傷ついていなかった。そして色鮮やかなあじさいの花に思わず「きれいだなぁ」とつぶやいた。梅雨も生き物にとって必要な季節なんだぁ。
こんな光景を見ることができた土曜日の昼下がりだった。
●6月10日(日)昨日の大イベントの余韻からやっと立ち直りました。23歳の教え子達との交流は感動の連続でした。
6月9日(土)昨日は金曜日 部活の日としておそくなること覚悟の日。修学旅行で3年生がいない2年生だけの部活。どうなることかと思ったが,また新しく輝く芽を見たような明るい気分で終わることができた。亀有駅の駅売店の新聞売り場にちょっと目をやると大きな活字が踊っていた。何!学校で殺人! またとんでもない事件が起きた。 しかも一番安全な学校で。学校現場にいる者として何ともやりきれない......

 2001年1月から準備始めた文京五中44回卒業生の同窓会がいよいよ本日の午後6:30 赤坂 Bill’S Barにて開会。メーリングリストメール ホームページを駆使しての集まり。今現在出席できそうです。教え子との久方ぶりの再会 教師としての最高の喜びです!
 そして今 大人も子供も再び生きて会えること
が本当に貴重に思えます
●6月3日(日)ぺージにしたいことがたまっている。
そして来週は 6月9日の同窓会がある。メーリングリスト ホームページ これを利用しての2000年の会を一歩進めたイベント どういうことになるのか。若者達の力に期待しよう。

5月

●5月31 (木)「52歳のプリマ 壮絶な舞台裏」というテレビ番組の紹介記事に注目した。娘がバレエをやっているからバレエについて少しは知るようになった。あの優雅な踊りが大変な練習と訓練によって成り立っている。それを52歳まで続けしかも主役で踊りきる森下洋子さんのドキュメント。52歳を励まし多くの人を励ましてくれる。 
●5月27日(日)塩原の疲れがやっと抜けたかな。雨雨の塩原 だからおもしろいこともあった。空が暗くても
何故か心がだんだん明るくなっていくそんな思いが出来ました。子供達の可愛さ 素直さ 良い場面をいっぱい見ることが出来た。次は中間テストかぁ...
●5月20日(日)天気が気になる。23日から塩原自然教室で那須方面に行く。今日は一日中晴れ。どしゃぶり
雨が一日中続かなければよい。今回は完璧に雨具を用意した。子供たちにも雨具の必要性を教えるためにも途中雨具が必要な天気になってそして茶臼岳山頂付近で晴れ,キャンプファイヤーが終わればどしゃぶりでよい,そんな天気になってほしいなぁ。
●5月13日(日) 今週はうれしい出会いがあった。まず 9日(水)に研修会で足立第一中学校へ久しぶりに行った。初めて教員になって働いた場所。何ともいえない懐かしさ。校舎,教室を吸い付くように見た。キクシマモータース 千住の町 サトミさん  そして12日(土)に奥戸中学校の仲間が勢揃い渡辺咲江先生を囲む会 
つつく
●5月6日(日)あーあ 連休が終わってしまった。やることもやれず惰眠をむさぼってしまった。
イマイチ元気がなかったかな。それでも日帰りの山登りをした。岩登りまでやって転落事故まで経験した男と一緒に奥多摩の安全な山に登る。汗をかいてのあの頂上でのビールの味がなんともいえない。そしてその人から
ここはこの花で有名なんですよと教えてもらったかたくりの花。なんときれいで派手な花。枯れ葉のなかから
踊っているような格好が何ともいえない。ビールとかたくりの花このために登ったようなものだ。
●5月3日(水)寒い。天気が調子悪い。後半の連休少し混雑にまみれてみるかと言う気になっている。走ったり歩いたりするつもりでいたのにどうも調子がでない。 

4月

●4月30日(月)田に水が入り田植えの準備 蛙の合唱が少しずつボリュームを上げている。鯉のぼりも翻り 柏餅も店先に並び ああぁ大好きな5月がまた巡ってきました。この日本的風情が何ともいえない。先週は離任式 歓送迎会と懐かしい先生たちと遅くまで別れを惜しみました。
●4月29日(日)連休にはいり2日目 何かと忙しい。この連休であれもこれもと計画していたがまだその一つもやり終えていない。でもその半分以上が仕事。ゆっくり眠ってゆっくり過ごす。これが出来れば
良しとすればいいんですよね。今日は77歳の母の買い物にお供しました。腰が曲がって自由にならない体のお婆ちゃんですが開店したばかりのお店に連れて行くと顔も生き生きしてきたみたいです。
100円ショップのダイソーに行ったらこの店の特売日だと思ったらしく何でも買おうとするから,今日だけでなくいつも100円だから安心してと言うとホッとした表情。それにしてもどのフロアーよりもお客さんが多く,お客さんが喜々として買い物している。そして自分もいつの間にか7品目買い物してしまいました。不況の中で思いっきり買い物したい庶民の心をダイソーがしっかりつかんでいるのですね。
●4月22日(日) 昨日新しい経験をした。高校のPTAの集まりに行った。高校からは8名の先生方が参加。各地域ごとに開かれているという。教頭先生が約1時間熱弁をふるった。歯切れのよい確信を持った話に気合いが入っているなぁと思った。私立高校としての教育方針などなかなかおもしろい。
 懇親会そして2次会と最後までつきあわせてもらった。高校野球優勝校になっての様々な反響プラスマイナスの話がなかなか興味深い。でも昨日までテレビで活躍を伝えられていた生徒が,教室でどんな態度で待っているか心配していたら,普通の学生として振る舞っていたのがうれしかった。という高校の先生の話を聞いてよい話だと思った。謙虚さと誠実さこれが大切だ。
 明日から那須 塩原方面に出張。
●4月15日(日)この10日間は濃密だった。小学校の入学式(校長代理として) 中学校の入学式 そして初めて親として高校の入学式。3つの入学式 それぞれにおもしろかった。それぞれの年齢に見合った真剣な顔。若者たちの真剣な顔。美しい!それにしても「高校の入学式約800名を一人一人呼名。声が小さいと2度呼ぶ。」には驚いた。先生たちのやる気を感じた。2時間30分かかった。
●4月4日(水)手に汗握る好試合 高校野球の決勝戦 応援していたところが優勝した 負けた高校の生徒の顔が美しかった。こんなに一生懸命みたのも初めてだ。いままでとちがって選手の表情まで克明にとらえたカメラワークでなかなかおもしろい表情がいっぱいあった。カメラの前で舌を出したり緊張感のない顔は余りみたくないねぇ。さていよいよ我々の「試合」も明日からスタート 少しずつ緊張してきた。
●4月3日(火)久しぶりに亀有駅から職場まで歩いた。桜がたとえようもなく美しい。いいなぁ。職場の仲間と話を交わすうちにだんだんと仕事が見えてきた。少しずつ緊張してきた。
 高校野球準決勝 すばらしかった  明日の決勝が面白い
●4月2日(月)高校野球の準々決勝 延長戦まで見てしまった。 


3月

●3月31日(土)何と雪が降っている大きなフワフワした雪。桜も満開したのに...。昨日高石ともやコンサートに行った。そしてその後ともやさんとスタッフと飲んだ。12月に60歳になるという。ますます元気。フォークソングの心をしみじみと語ってくれた。昨年このコンサートの前座で歌わせてもらってから自分の歌への取り組み方が変わった。そして1月のコンサートで歌えた。コンサートのことをつたえると喜んでくれた。 農業をやりながらギターで歌ったいる人等 音楽仲間と気持ちよい交流ができた。そしてまた会場で声をかけられた。「12中の先生では」「エッ」「あなたは...」またうれしい出会いがありました。さあいよいよ明日から4月だ。 
●3月27日(火)久しぶり車で行った。校庭の桜は後もう少しで満開。桜を見ると春を感じる。4月からの新しい生活の準備が着々と進んでいる。別れと新しい出会いの季節。いいなぁいいなぁ めぐる季節 流れる時 人生のそれぞれに 終わりがあり 始めがあり そして別れがある この季節にぴったりの歌だ。この歌を授業の終わり5分で歌った。 これからどんなドラマがあるのだろう ワクワクする新学期だ。
卒業式
●3月19日(月)卒業式だった。17日の土曜日の卒業ライブに三年生の生徒も参加し自分もそこで尾崎豊の「卒業」を歌い19日の卒業に向けての先生としてのメッセージを送った。先生達の気持ちも考えて欲しい。 卒業式はパフォーマンスをする場ではない。普通に堂々とやって欲しいという願いを込めていた。もし何かやるとしたらギター&ドラム部 目立ちたがり屋が集まっているから。  学年の先生達の思い 全教職員の思いが様々に伝えられたようだ。 正々堂々と心に響く卒業式になった。「よかったよかった」 うれしさの余り2次会までお邪魔し直ぐ帰る予定が歌までうたわせてもらっていい気分になりました。
卒業万歳!
●3月12日(月) 3月というのにハラハラと雪が舞っていた寒い一日。初めて中学生の親としての卒業式に参列した。中学入学をしたと思ったらもう卒業式だ。東京の卒業式と少し勝手が違う。校旗を先頭に入場してくるのが卒業式も入学式も同じ。ビデオを撮影しながら我が子の成長にハラハラと込みはげてくるものがあった。特に出産に立ち会って生まれた子供なのであの瞬間から15年の過程が思い出されて感無量であった。家族みんなで祝いたかったけれども,妻が祝う会の世話で夜遅く帰りクタクタ。卒業式の日は親も早く帰って子供との時間を過ごした方がよいなぁ と思いました。 中学校の教師としての卒業式は仕事。それでも数々の忘れられない卒業式があった。近頃 成人式に見られるように卒業式も今まで通りにならない部分も出てきている。
●3月11日(日) 昨日(土)新聞記者をしている教え子と連絡を取り合うことがあった。
「今どこにいるんだ」「外務省に張り付いています」「へぇーカッコイイネェ 外務省か」「かっこなんか良くありませんよ。休みだったのに松尾室長逮捕があると言うことで外務省に」 といった携帯でのやりとりだった。
夕刊のトップに「松尾元室長を逮捕」の見出し。
●3月7日(水)会議が長引いた。子供一人一人を理解するための話し合い。真剣で率直。勤務時間をこえても
続けられる。終わった時のすがすがしさ 。さすが教育のプロだなんて自己満足。
●3月3日(土)warabiza music performance band を娘達をつれて見に行った。身内の綾ちゃんが出るので応援のつもりで久しぶりの都営三田線で高島平まで行った。偉容にそそり立つ高島平のマンション郡の一角でコンサートが催された。感動した!綾ちゃんのパフォーマンス 「響」のパフォーマンスがすばらしくパワーアップしていた。どこのバンドも真似できないものを持っている。若者達に大いにすすめたい内容だった。この夜は充実した気持ちになった。

2月

●2月27日(火)都立高校合格発表の日。学年末テストの採点に集中 。何とか終了した。これからが一仕事だ。春もうすぐそこに来ている。
●2月25日(日)呆れてしまうこと 身の回りでよく見かけること でも日本を代表する総理大臣 首相が言うことやることに呆れてしまうのは不幸なことだ。その人が教育改革を叫んでいる。「ふざけないでよ」 
 一刻も早く 森は辞めてほしい。つぶやきでなく日本中からわき起こっている叫びだ!   
●2月20日(火)少し春めいた一日でした。桜の木のつやがまし,つぼみの膨らみがはっきり見えるようになりました。学年末テストづくりで忙しい。
 ヘビースモーカーの友人が体調を崩ししばし入院 血圧 心臓とかなり危ない状況にあると言うことだった。「たばこ止めたよ」とキッパリ。元気を取り戻してきた.よかったぁー 何より健康,もう我々も無茶ができない年齢にさしかかつてきたのかなぁ
●2月18日(日)来週21日都立の一般入試日 そして続いて学年末テスト。卒業式まで後何日。
●2月13日(火)再び東京芸術劇場へ。元奥戸の仲間がわらび座を見に多数来てくれると言うので行った。
2回見ても見応えのある演目 ジェームス三木も挨拶してわらび座の演技を賞賛した。あの静かな長い拍手心からわき出る拍手も初めてだ。久しぶりに舞台に感動した。みんなで池袋で飲む。快い時間だった。
●2月12日(月)東京芸術劇場にいった。いっしょに働いた仲間と会えた。「菜の花の沖」ジワッと涙を溢れさせる舞台。なにか豊かな気持ちになれた。
●2月11日(日)うれしい電話があった。わらび座公演の誘い。旧知の仲間とまた会える。コンサートの話も知っていた。
●2月4日(日) 85歳の父が早く暖かくならないかなぁとつぶやいた。 早く春よこい!
2月になってやはり少し春の気配を感じる。少し梅の芽が膨らみ始めた。明日の月曜日は都立高校の推薦受験の合格発表日。受験もいよいよという時期に入ってきた。


1月

●1月31日(水)コンサートの余韻が残っている。多くの人が大雪の中をわざわざ聴きに来てくれた。
本当に胸が熱くなる。229名以上この数は重い。
●1月21日(日)昨日の夕方より東京に雪が積もる。コンサートのための練習に朝から車を出さねばならなかった。ツルツルの道路ヒヤヒヤだった。コンサートもかなりヒヤヒヤものだが面白くなりそうな気配がする。
体調を整えて全力をつくそう。自分が受験生だった頃の緊張と同じ緊張を感じ始めた。「失敗したらどうしよう。」
●1月14日(日)ちょっとの期間なのに中学生の顔が少し成長したように思う。とにかく生きて会えることが貴重に思える。世の中 一家4人殺し とか 病院の点滴にとんでもない薬品を混入させるとか 殺伐とした事件が多すぎる。
●1月8日(月)あーあ 冬休みが終わってしまった。 
皇居の堀からの国会を見る
●1月4日(木)初めての体験。ちょっとはずかしいかな。歌舞伎を国立劇場に見に行く。席は一番前でかなりよい席。イヤーまた一つ楽しみが増えた。歌舞伎おもしろーい。テープの早送りのような毎日の生活に対して何とゆったりとした世界。人の情がたっぷりと表現される独特の様式。実に興味深い。そして幕間のお客さんがきれい。今年はじめて和服の娘さんを見た。やっぱりいいよなぁ 日本的風情。腰の曲がったお年寄りもきていた。 ただ物語はイヤホンガイドを聴きながら何とか理解できた。ただ見せ場のあでやかなこと。これは日本が誇れる文化だ。  いい気分で外に出ると目の前に皇居の堀 送りのバスに乗り込む人がほとんどだったが こんな気持ちよい気分で歩けるのがうれしくて 有楽町まで歩く。皇居の堀にはゴミ一つ浮いていない。いつもきれいに保たれている。皇居だけでなく庶民の住む環境もきれいに保たれると言いなぁ何て考えながら歩いた。右側を片側4車線で車が大量に通りすぎるが不思議と気にならない。ゆったりと街路樹が植えられ歩くにもイイねえそんなとき小走りに走っている人が追い抜かしていった。ジョギングにもイイねえ。私の遊びのスポットがまた一つ増えた。
●1月3日(水)今日は父の透析日。協同病院の入り口にはしめ飾り。でも透析室の前は患者さんが集まり体重を量る順番を待っている。看護婦さんもあわただしく働いている。体重を100グラム単位で調整しなければならない。大きな針が二カ所に刺され血液が外に行ったんだされて器械の中を通過してまた体に入っていく。約4時間。 その間に何度も看護婦さんが様子をチェックしてくれている。   
 看護婦さんに薬のことで質問すると優しく丁寧に答えてくれる。協同病院の看護婦さん特に透析室の看護婦さんの献身的な働きぶりと優しさにはいつも感謝している。父が唯一社会と接する場所になっている。
 掲示板には患者からの質問や意見 苦情に丁寧に答えた内容が掲示されている。患者の声に耳を傾け少しでも改善しようとする姿勢が貴重に思う。 
●1月1日(月) やりましたよ「21世紀幕開け記念行動。まず家族と紅白を見て年を越し床についたのが午前1時過ぎ。そしてパット目が覚めたのが午前5時42分 そして勇気を持って床から抜け出したのが6時ちよっと過ぎ。(ここまでかなりエライと思う)そして自分で作ったのと女房のお助けの弁当を詰めて,いざ利根川の土手へ。冷たい風がビュービュー。でももう人が出ていた。そして車を止めて外に出ようとしたら今まであった車のキーが見あたらないもうすぐ日の出だというのにポケットを探すがない,不思議だなぁとしばし車の中でごそごそ。全く今手にしていたのがナイ。マジックをやっている場合ではない。まさかと思いきや リユックの中を全部出して見たら一番奥にあった。あーあーヤレヤレ。さて車の外に出てデジカメを持って構えたらちよっとおかしい。いつもより軽い。あーあー電池を入れるのを忘れていた。まだ雲が出ているから太陽が姿を見せるのに時間があると判断。わが家に戻って電池を確保。全くドジの2連発で21世紀はスタート。大丈夫かよ。昨年からこの初日の出を見る喜びを知ったのだが今回は初日の出を見ながら朝食をとってコーヒーを飲もうとシャレこもうと思ったが寒くて風邪が強くて....でも意地になってポータブルガスボンベでお湯を湧かすがなかなか湧かない。時間切れでみそ汁を飲んでおしまい。  
 さて今回のメインは品川駅に行くこと。2年前の1月1日に東京を出発した伊能ウオークが日本を歩いて1周して今日1月1日にゴールするのだ。それを出迎えて一緒に品川から日比谷公園野外音楽堂(約10q)まで歩こうと言う企画に参加。 元旦に都心に出るというのも若いとき以来だ。
 品川駅も久しぶり。立派になっていた。驚いた,人の数 リュックを背負った伊能ウオーク参加者が地面からわき出たようにわんさかいたのだ。高齢者も含め私より年上が多い。自分はまだ老人色には染まりたくないと思っているがきっと外から見ると同じようなおじさん色なんだろうなぁ。でもこの元気さは若者を圧倒するのではないかな。    ユリカモメの下を歩き 東京湾を眺め 元日の東京都心を約3000人が歩いた。
巨人の優勝パレードでも通さなかった晴海通りでは車道をパレード 朝日新聞社の前では歓迎の大拍手と車の少ない静かな都心を歩くのは気持ちよかった。でも信号で待たされ延々と続く人の列はデモ行進ならうれしいが歩くためには余り風情がない。
 超寒い中での日比谷野外音楽堂の記念式典にも一番前の席をとって積極的に参加。  
アキラという歌手がテーマソングを歌う。野外用のすごいPAで気持ちよさそうに歌い,いい音が響いていた。ああ自分のコンサートでは音の響きは大丈夫かなと一瞬頭をかすめる。
 俳優の加藤剛さんの挨拶に共感。「自然との共生のためのウオーク」..そのとおり
お汁粉と 甘酒を頂いて帰路についた。かなり疲れているはずなのに元気でわが家へ。年賀状がたくさん届いていた。ああ今日は元日なんだ... 2001年まずまずのスタートかな。

2001年1月1日初日の出