つぶやき  

2017年(平成29年)

●12月31日(日)NHKの紅白を娘と見ながら書いている。知らない歌手がほとんどだ。 時代の流れを感じる。自分が歌える歌はないか。
・栄光の架け橋をゆずが歌っている。いい歌だ!
●5月21日楽走会練習会の後あたりから体調が狂ってきた。だいたいのどのあたりからおかしくなる。咳が激しくなり24日歯のクリーニングの日に開始とともに咳き込み中断、後日にやってもらうことにした。そして翌日には少し熱も出始めどんどん上がっていく。頭痛もひどくなり一睡もできない状態の翌日タクシーで病院へ。待っている間もきもちわるい。レントゲンも異常なし、マイコプラズマ菌もマイナスということで「風邪です。」と診断された。 いつも元気いっぱいの者がダウンすると途端に弱きが体全体を覆う。そしてヨタヨタしながら夫婦で支えあいながら病院に来ている人たちを見るとよけいに惨めな気持ちになってしまう。病気はするもんじゃない!10年後の大目標に向かって病気をしない体を日常的に意識していこう。
 今回をきっかけに「水でのうがい」を始めることにした。 
●5月6日(日)また一つ年を重ねることができた。娘に手伝ってもらって大方づけをした。まだまだ捨てきれないものがわんさとある。自分一人では手が止まってしまい作業にならない。娘がてきぱきと「これは捨てる。」といってくれるからその勢いでふんぎれる。荷物で埋まっていた畳が見えてきて布団を敷けるまでにスペースができた。しかしまだまだある。自分がからだが動ける間にもっと軽くしなければならない!68年の過去の荷物はもう使うことがないのだ。そして明日にでも人生終わっても不思議でない年齢に達しているのだ。
 たまたまテレビを見たら「武田鉄矢 海援隊」の特集番組をやっていた。武田鉄矢は芸能人で気になる人だ。歌を織り交ぜた人生を振り返っていた。1949年生まれで同じ年、母と同じ九州福岡、そして「金八先生」という番組で大人気となった。当たるはずがないと企画された「中学を舞台にした番組が大当たりした。」その頃自分は奥戸中学校などで中学生の非行の取り組みに必死だった。そのとき「金八先生」に影響された中学生の振る舞いをよくも悪くも感じたものだった。半端でない非行の取り組みで「先生は金八先生みたいだ。」などと親御さんから言われることもあった。褒め言葉として受け取ったけれど、「金八先生は毎週1回ですけれど私たちは毎日子供たちに取り組んでいるんですよ。」とお話ししたものでした。
武田鉄矢の熱演、教師が熱く語らなければ中学生の心をとらえることができないと現場の教師として刺激を受けた人だ。お互いに年をとったなぁと画面の武田鉄矢をみて思う。しかし髪がたくさんあり声が衰えていない。これからも気になる人でいてほしい。
 この68歳を機に走り始めに掲げた大きな目標を具体化した!「78歳になって東京マラソン2028を走る」こと。このホームページに書くことで自分の決意は本気になる。ただならない目標だ。これから世界への旅行も計画している、それより世界や日本の平和な状態が続くのか。毎日の生活で事故災害に遭遇しないで生きていけるか、年とともに病気にかかる割合が高まってくる。こんなことを考えると2028東京マラソンを走るという目標は巨大に見えてくる。
抽選に当たらなければ走れない不確定さを確実に走ることができるエントリーのための準備も今からすればできそうだ。毎日28円の貯金を開始する。  
●3月31日(金)年度末の3月が終わる。現役のときの3月は卒業と別れそして次年度への期待と不安で心がおおわれて過ごしていたことを思い出す。「現役」とはなんと多くの刺激と緊張と感動を与えてくれただろう。今,自分が現役の人達の雰囲気流れに接することができる唯一の場が国立科学博物館でのボランティア活動だ。現役の職員の皆さんの緊張が伝わってくる。少しでも手助けになるように来年度も頑張りたい。 
●2月15日(水)科学,英語の勉強に力を入れている。中学校から始めた英語の勉強時間はそうとうなものだと思うけれども会話ができない!もう諦めるかと弱気になるときがある。しかし今まで勉強してきた事が少しでも会話につながるように努力は続けようと思う。昨日学習指導要領が改訂されることがニュースになっていた。その大きな柱が英語教育の充実だという。語学は確かにできるだけ早い時期から学べば効果的かもしれないが,果たしてそのような事が効果的にできる環境が作れるのか。現場の先生達がたいへんだろうと心配だ。 
●2月1日(水)
・東京の名所:愛宕神社の86階の階段!出世の階段だという。その近くにNHK博物館入場無料で見応えあり。海外旅行もいいがこの世界都市東京をじっくり見ることはどの国より贅沢な観光に思えてきた。
・もう1月も過ぎてしまった。毎日の食事をどうするかから始まって自分にとって必要な日程を入れていくと毎日のように外に出て行くことになった。
●1月8日(日)
・餃子づくりの「実験」:不思議だ。餃子をつくるというと皮を買ってきて具を入れることが普通かもしれないけれど自分は強力小麦粉を捏ねるところから始める。けっこう面倒な作業だけれど全然苦にならない。我が家の伝統の食事として小さい頃からことあるごとに父母がつくってくれた。手伝いができる年齢になるとリョウは並べる係,弟は丸める係,姉は伸ばす係りと分担して丸いテーブルを囲んで皆でつくった。つくりながら家族での話が楽しく作り終えてからのその達成感と何より美味しいゆでたての水餃子の味は家族の味だ。今は一人暮らしだけれど餃子づくりをするとき家族とつながっているような気持になる。本当にありがたい食べ物だ。ただ娘たちが帰ってくる正月とか餃子というと100以上つくるとなると一人では少し重くなってきた。そこでこの年末に一人分をできるだけ速く作るにはどのようにすればよいか小麦粉100gの量で何回も作る練習をした。そして牛豚合挽肉とねぎと白菜の量をいろいろ調整したり,そして最後に肉だけの餃子はどうなるかもやってみた!うん!これでも食べられるけれどやはり味が単純になり美味しさが落ちる。この1年餃子を日常のメニューに加えることができるというだけでうれしいことだ。この餃子とビールがあれば大満足してしまう。食生活が豊かになる!!
・もう1週間経ってしまった。娘たちも引き上げてわずかなのに人と長いこと話していないような気がする。自分にとっての仕事始めは明日からか。明日は成人式だけれど遠い昔のモノ語り。1月も結構忙しく多くの人とお会いすることができる。楽しみだ。 
●1月1日(日)
・新しい楽しみ:大量の過去の記録ビデオは一人で見ることをためらっていた。亡き妻,父母の姿を見ると悲しみがよみがえると思った。娘達と保育園,幼稚園の運動会の記録を見た。ほとんど父が撮ったもので孫への思いが伝わってくる。そしてチラチラと若き妻の溌剌とした姿そして髪の毛がふさふさ真っ黒の自分の姿に娘たちがワイワイ。妻にまた会えたような気分何とも言えない懐かしさがこみ上げてくる。長時間にもかかわらず見ることができた。
・お墓参り。忘れ物で往復。
・始まった!
●2016年12月31日(土)
・家族で紅白を見ながら書いています。自分に興味のある場面だけ目を向ける。
・2006年からブログに移ったけれど,どうもブログで書くことが落ち着かない。まわりに目障りな広告がキラキラしている。自分本来のつぶやきの場所に戻ってきたようだ。「ふるさとに」に帰ってきた気分。 

ブログ (blog) は、狭義にはWorld Wide Web上のウェブページのURLとともに覚え書きや論評などを加えログ(記録)しているウェブサイトの一種である。「WebをLogする」という意味でWeblog(ウェブログ)と名付けられ、それが略されてBlog(ブログ)と呼ばれるようになった。ブログの執筆者はブロガー (blogger)、ブログの個別記事はブログエントリーと呼ばれる。(ウィキペディア)